戦闘開始!

 当日。旧大阪市の東側は異様な熱気に包まれていた。集まるのは無数のプレイヤー。そしてその一番前にAPが一台置かれている。勿論俺のものだ。そろそろこいつにも機体名を付けてやらねばならないが残念ながらそれをする前にやる事がありそうだ。



 隣にはレイナが無言で佇んでいる。仮面と変声機を付けた状態でだ。彼女が言うには素顔をあまり見せたくない、と。それならいつも仮面をつけてろよとも思うが、何かするのだろうか?



 時刻は夕方18時。太陽は沈み始めているが戦闘に影響がでるほど暗くはならないだろう。そして夕日の反対側にその姿は見えていた。



「あれが分裂体……」

「サイズでかすぎるだろ……」

「俺たちの攻撃は届くのか?」



 不気味な姿が夜闇を纏ってこちらに進んでくる。速度は車より遅い程度だろうか、あと1時間もしないうちにここにたどり着き街を破壊しつくすだろう。そうなれば酸素が供給できなくなり人々は死ぬ。



 特におっさんが死ぬのは避けたい。もっと教えて欲しいことも手伝ってほしいことも無限大にあるのだ。何があっても生還させる必要があるだろう。



 紅葉はこの場にいない。後方から指示出しを行うとの事である。少し見渡すとこちらと目が合いひらひらと手を振る姿が見えた。



「……時刻だ」



 予定の時間となると共にプレイヤーたちの上に映像が投影される。このためだけに引っ張り出してきた骨董品だ。そこに映ったオレンジ、つまり俺は全体に向かって語り掛ける。



「良く集まってくれた皆。まずはこの街を潰そうとする分裂体を討伐する本作戦に参加してくれることに感謝を述べたい」



 実に上から目線であるが録画したときの紅葉の異様な強い押しに負けてしまった。皆に嫌われてないかな、あ、今あの人眉をひそめた。ごめんなさい。



 俺の内心の謝罪は届かず演説は続く。原稿は勿論紅葉によるもので俺は何一つ考えていない。



「結論から言おう、本作戦は72%の確率で失敗するのが俺には見えている」



 あたりはざわつき、一部は動揺した目で俺を見る。勿論俺も動揺している。なんせ言わされただけでこんなの嘘っぱちにもほどがあるからだ。予言者でもないかぎりこんなことを自信満々には言えないだろう。というか言われても困る。



「だが皆が力を合わせれば乗り越えられる可能性がある。ここを超えれば更なる場所にたどり着けるだろう。そして何より癪じゃないか?運営の用意したクソイベで負けるなんて」



 そうだそうだ、とぼつぼつと声が上がる。でもオレンジはイベント独り占めしすぎだろ、という声も。でも皆知らないだけで俺みたいな奴はもっといると思うんだ、うん。だから妬まないで下さいましてやヒニル君のようにリスキルだけは勘弁してください。



「だから勝とう。俺達には『鋼光社製融合型Apollyon用燃焼兵器UK-08』と量産型Apollyonがついている!大丈夫だ、恐怖を抑え現実を見れば怖いものなんてない!さあ、勝つぞ!」



 俺が大きく手を広げるとついには大きな歓声が上がる。それだけ運営のクソっぷりにストレスが溜まっていたのだろう。因みに服はオレンジ色のもので統一している。曰く他プレイヤーとの差をつけるための飾りらしい。そして画面が消えると共に俺は量産型Apollyonに乗り込み立ち上がった。5mはあるその体長は全てのプレイヤーの視線を集める。そして俺は全員に背中を向け歩き出す。



 この街はドーム状になっているだけのことはあり出入口は基本封鎖されている。酸素の浪費を防ぐためであるが今はそこが開きっぱなしとなっていた。本来交差点があるはずの場所には外界と内部を隔てる金属製の門があるが、今や内部と外部どちらが荒れているのか分かったものではない。



 門には警備隊のNPCが二人いた。彼らは俺たちを見ると脇にずれて頭を深く下げる。そして消えそうな声で呟いた。



「……勝ってください」



 その言葉はApollyonの壁ごしであるが俺にきちんと伝わる。無言で俺は手を挙げ、街の外に歩み出す。俺に導かれるようその後ろには無数のプレイヤーが続いていた。



 歩く。どんどんと分裂体が近づいてくる。



 歩く。本来の大きさを遥かに超えているかのように錯覚する。



 歩く。おっさんの言っていた言葉が現実になるような気がして身震いする。



 歩く。それでもこのクソゲーには勝たなければならなかった。何故なら



「お前を倒せば分裂体も量産型Apollyonで倒せることが証明できる……!」



 大地はもはや見慣れた鈍い色をしていて周囲には機械獣の姿はない。旧大阪市に機械獣が攻めてこないのは恐らく他の分裂体の死骸が残っていてその匂いを危険と理解しているからなのだろう。だがこの分裂体にはそれは効かない。倒すしかない。



 残り120m。俺たちの矮小な姿を見て奴は見向きもしない。だからこそその顔を叩き壊す。マイナス質量物質により軽量化された機体は足を運ぼうとすると圧倒的な機動力を持って前に進んだ。



「くらえ!」



『鋼光社製融合型Apollyon用燃焼兵器UK-08』を組み立て引き金を引く。瞬間俺の体をあの時以上の衝撃が包み10mは吹き飛ばされる。銃口は圧倒的な反動により20°は跳ね上がるが近づいていたおかげで奴の体に着弾した。



「hjwqecnuijkmicixkdwfnruwvbpuqc!」



 言葉にできない音をかき鳴らす。分裂体は凄まじい悲鳴を上げると共に俺たちの方を初めて敵として認識する。だがもう遅い、奴の左肩は鱗を貫通して装甲に穴が開いている。俺は外に向けてスピーカーを鳴らした。



「装甲に穴を開けた!全軍突撃!」





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