私の好きなエンディング

 酸素の再充填が完了し第二射を分裂体に向かって発射する。触手の雨を避けながらであるため狙いは定まらず想定の下に弾丸が着弾し3本の触手が吹き飛ぶ。有効射程距離100mは真実であった、届くのだろうが誤射しかねない。スキル《射撃:Apollyon兵装》があるのにこのざまだ。



 その音に紛れるように、しかし隠しきれない破裂音を響かせレイナは消えた。何十メートルにも及ぶ触手がUK-08によりはじけ飛び、皆の視線が集まる中彼女は一瞬でその隙間を通り過ぎ触手の雨を突破、分裂体の爬虫類的な鱗に包まれた後ろ脚に到達する。そして背中の触手を鱗に叩きつけた。5メートルに及ぶブレード、俺の背中にあるものとほぼ同一の武装が触手の先には付いている。



 これが分裂体の能力、周囲のものを取り込むというものなのだろう。ただしブレードが思ったより細いのは彼女が摂取していた液体の分量までしか変化させられないからだと思われる。



 そしてレイナは生えたブレードを分裂体の鱗に挿し込み、義手ではない右手を添えそれを引き千切る。



 数メートル四方の、UK-08でようやく突破できた装甲はあっさりと宙に舞う。レイナはそれを見届けることすらせずに肉を削り取るべく突貫、中に見える銀色の繊維を引き千切っていった。



 流石の分裂体も危機を感じたのか触手を地面に半分ほど固定し後ろ脚を上げる。最低でも振り落とす、あわよくばそのまま踏み潰そうとしているのだろう。



「砲身冷却終了、酸素充填完了!第三射!」


「触手が止まったぞ、関節部に攻撃だ!!!」


「火力班はできるだけ装甲の剥がれた部分に攻撃を!」


「レアドロお待ちしてます!」


「ダウンを取って殴る、これゲームの基本な」



 そこを見逃すプレイヤー達ではない。後ろ脚を上げるために頭を下げた分裂体は俺たちの格好の餌である。



 俺の第三射が分裂体の脳天を掠め、体を大きく仰け反らせる。近接型のプレイヤーは動きの止まった触手に、遠距離型は装甲の穴に向かって一斉に射撃を始める。頭蓋骨らしき金属板がさらに露出していたが超能力と射撃の雨がそれを破片に変えていった。



 痛みに耐えかねた分裂体は叫び声と体の破片を撒き散らしながら全身を振り回す。一体何千トンなのか想像もつかない重量が津波のように大地を跳ね、しかしそれを回避したプレイヤー達はさらなる攻撃を加えてゆく。

 


 プレイヤーは初めの半分以下になってしまってはいるが触手は2/3が機能不全に、左脳に大損害を与えることができている。  



 このまま勝てるか……と思ったその矢先であった。分裂体が大きく身震いをし、全身から泡を出し始める。その泡は直ぐに弾けどろりとした体液がこぼれ落ちるがそこから覗く硬質な針に見覚えがあった。サイズの差によりそうみえたが、それはまさしく。



「UK-08……!?」



 分裂体は道具を転写する。





 俺が急いで地面に落ちていた分裂体の触手の影に飛び込むと共に爆音が鳴り響く。俺が間近で何度も聞いたあの音が、一斉に。世界が爆ぜ、プレイヤー達の体が吹き飛んでいくのが見える。俺のAPもいくつか装甲に破片が突き刺さりエラーが騒がしく俺を包んだ。

 


 恐る恐る外を見上げるとプレイヤーは一瞬にて8割が肉片となり沈黙していた。肉の焦げた匂いと凄惨な見た目、そのリアルさに悲鳴が至る所から上がっている。戦いの狂った熱量に押し流されて消えていた感情が強大な暴力により無理やり引き戻されたのである。どこまでいっても集まったプレイヤーは一般人でしかない、恐怖は伝染し嬉々として死兵のような立ち回りをしていた者達すらも青ざめた顔をしていた。そして肝心の分裂体は全身から生えた無数の砲身を開きおそらく酸素を集めている。つまり第2射が近いうちにある。



 勝てない。



 俺の思考がそう叫ぶ。そもそもであるが分裂体はUK-08を触ってすらいない。砲弾を受けただけだ。にもかかわらずこの武器を体に生やすことができている。ということは新たなものを取り入れるのも同様、ということである。



 まだ進化途中でこの強さ。もう無理だと思ったところで頭に言葉がよぎる。



「世界の破滅が回避されないのは情報共有の無さ、そこから引き起こされる過剰な恐怖」



 ああ、そうだ、その通りだ。意を決して奴の砲塔を観測するとなんということだろう、冗談のような弱点が確かに見えてくるじゃないか。



 ならばこんなところで止まっているべきではない。共有し、挑戦しなければならない。



「奴の砲撃には旋回性能がない!狙いをつけられない、ただの虚仮威しだ!」



 巻き上げられた結晶が舞い散る空間でスピーカー越しに叫ぶ。そうだ、奴はあくまでUK-08を真似したに過ぎないのだ。



 奴の身体には確かに無数の『鋼光社製融合型Apollyon用燃焼兵器UK-08』らしきものがある。だがそれらは身体には埋め込まれているだけでこちらを照準する様子はない。つまり当てずっぽうで撃っていて、しかも予めどこに撃つか予告しているテレフォンパンチのようなものなのだ。



 さらに笑えるのが誤射で自身の触手を多数吹き飛ばしているところ。もう残りはあと3本しかない。あれだけあったはずなのに。それこそがこの分裂体最大の武器であり、機動性と防御力と火力の全てが揃った最強兵装なのに。



 あーあー、人類の技術を赤ん坊がモノマネするからそうなるんだよ、と一人呟きながらApollyonを動作させ前に進ませる。



『脚部装甲破損』 

『腕部反動制御装置破損』

『バランサー不調、再構築を開始します』

『右胸部破片貫通、燃料効率の大幅悪化』

 


 あれだけ軽快だった操作が重く感じる。だがそれよりも俺の心は高揚感と笑いに包まれていた。目の前には無数の砲台がある。しかしその中で俺の方向を向いているものは数台、さらにそれは狙いを定められない。



「運ゲーの始まりだ!あークソゲークソゲー!」



 他のプレイヤーは誰も動かない。恐怖に竦んでいるのか、諦めているのか、クソゲーっぷりに呆れているのか。まあどうでもいい、俺とレイナがいればこの程度の雑魚、勝てる。多分。



 分裂体の第二射が空を舐め、大地を軋ませる。プレイヤーの声が遠くなる中俺は前に進む。反動制御装置が破壊された今より近づかなければまた肉を斬るだけになってしまう。先程破壊した頭蓋骨もジリジリと再生を始めている以上、短期決着させる必要があった。



 故にまずは触手を狙い、砲台をまともに撃てなくする。



「第四射……!」

  


 残り60メートルまで近づきもはや上半身を支えることしかできなくなった触手に砲弾が突き刺さる。すると奴は面白いくらいに姿勢を崩し頭から地面に衝突する。砲が衝撃により文字通り半壊、半数が破損する。



 残り30メートル。地面を這いながら分裂体は最期の触手を伸ばしてくる。がそれらは背後から現れたレイナの攻撃で根本から切断された。姿勢を崩す、ではなく完全に倒れ込んだ分裂体の最後の射撃を前転して躱し、ついに辿り着く。



 残り0メートル。分裂体の目玉から心臓までを一気に貫くようにUK-08の引き金を引く。一発だけではなく、何度も何度も叩きつけるように。全ての弾を撃ち尽くした後には分裂体の頭は上半分が無くなり心臓部はズタボロにはじけ飛んでいた。銀色の体液が地面を濡らす。



『Congratulations!!! 緊急クエスト『UYK46式始原分裂体を討伐せよ』は達成されました!!!』



 再生し始めていた肉の鼓動が消え、光を失っていくのを見て俺は終わりを実感した。そうか、なんとか勝利できたのか、と。



 周囲を見渡すと分裂体の体液と剥がれ落ちた装甲と肉、プレイヤーの死体、ちぎれた触手と盛りだくさんだ。通信を起動するも紅葉からの応答はなく、代わりにレイナからの返事があった。



「こっちこっち。……いやー、無理するもんじゃないね」


「……その体」


「あの弾丸を至近距離で一発喰らっちゃってさ。まあ最期に会えてよかったよ、勘次」



 発信源に辿り着く。そこにいたレイナの左腹部は無くなっていた。本来多数の重要な臓器があるはずのその空洞を埋めるかのように血が垂れ流され、再生する様子はない。分裂体であるならばどうにかなるはずなのに。彼女は苦しそうな表情をするでもなく遠くを眺めながら呟いた。



「2055年が終わってから、水が飲めなかったんだ。雨が降らなかったからね。それで仕方なく虚重金属に侵された水を飲んだ。そう、北にある湖みたいな。そのせいで体の一部が故障して再生機能は働かなくなってしまったんだ。この左手みたいにね」



 そういってレイナは義手をガチャガチャと動かす。彼女の全身には戦闘時にあった金属の鱗などはなく完全にいつも通りのようだった。マスクを着けてAPから降り、レイナの隣に座る。彼女の命はあと幾ばくも無いだろう。あの時と同じ、最期の二人だけの時間が流れていく。



「私はさ、未来に絶望していたんだ」


「何の話だ?」


「君に会う前の話。研究所の中でだけ生きる人生。初めは良かったさ、人より優れた力と頭脳。いつでもここを脱出し好きに生きられる力。でもある日研究員たちの話を聞いたんだ。この私たちがいても人類は破滅するって」


「最悪だった。万能だと思っていた自分、そして1と2がいてもなお破滅するという結末。恐らく私たちの未来は分裂体としての力を見込まれて何らかの戦いを挑み、そして無残に死ぬのがわかっているのだから。そこからはもう無、だった」


「無、って。確か第二世代獣人はどっかで脱走したんだっけ」


「うん、実際に私たちは脱走した。問題を隠したいロシアは各国政府に第二世代も機械獣の力を与えただけだと説明したおかげで複数の監視はあるけれど人並みの生活を行うことができたんだ。でも何をやっても2050年には全て終わるんだ」


「しかも楽しいことも少ない。漫画だけは唯一の救いだったけれど大体の娯楽は飽きるし対戦ゲームなんて100回やって100回勝てる。私はもう何年も破滅までの時間つぶしだけをしていたんだ。そこに君がきた」


「まああんなふざけた勝率の奴に挑まないわけがないからな」


「それで実際に勝つから凄いんじゃないか。そう、そこで久しぶりに私は破滅のことを忘れて遊んだ。本当に、本当に久しぶりだったんだ」


「だから君が他のゲームに移った時に何としても聞き出すべく情報網を使ってリアルで接触を試みたんだよ」


「嘘だろお前、まさかのストーカーかよ」


「何なら住む場所もね。まあこっちはママの勧めだったけどさ。あなたみたいな可愛い娘に迫られて嫌な男はいないんだからアタックしなさいって」


「絶対それ勘違いしてるぞ。というか住む場所にいたってはあの人の仕業か、まあ漫画借りやすいから感謝だけれど」


「花より団子だね、ほんと」


「自分が花だと?」


「そりゃそうじゃないか、可愛いだろう?」


「……今何歳かわかってる?」


「……年齢は関係ない」


「はいはい、で、何を話したいんだ?最期だぞ」


「そうだね。私の話したいことは一つ、エンディングさ。例えば今のところの私のエンディングは好きな男に看取られて死ぬ、ってところ」


「漫画脳すぎるだろ、死に方とか別の表現なかったのか?」


「違う違う、まあ続きを聞いてよ。私はバッドエンドやTrueエンドってやつがたまらなく嫌いなんだ。それはそういうものだから仕方がない、って割り切って不幸を飲み込んで進んでいく人々を見るのがさ」


「……じゃあどんなのがいいんだ?」


「目が腐るようなハッピーエンド。10年後に同窓会とか言って集まってさ、各々真っすぐ成長した姿でいるわけ。そこまでの物語で描かれた問題は全て解決されて、もうすべては過去の話なんだ。商業的に上手くまとめる為に無理やり残った問題を数コマで解決してしまうし、主人公には子供がいるんだけれど複数いる女性キャラから誰かを選ぶと読者に批判されるから曖昧に誤魔化して、皆楽しそうに笑顔で終わるんだ」


「好きなのか嫌いなのかわからない表現だな」


「でも実際に起こるのならばそうであって欲しいんだ」


「目が腐るほどの、くだらない結末。それが、それこそが。私が人生で求め続けたものなんだ。2050年という絶望の蓋が取れて、色んなものを初めて楽しむことが出来るようになる世界が。……このあたりが一緒だから紅葉とは微妙な同族嫌悪と親近感を感じるんだろうけどね」


「お前本当に楽しさを求めているよな」


「そこが紅葉と違うところさ。グッ……でなきゃ私じゃあない」


「……大丈夫か?」


「……そろそろだね。もう一人の私と紅葉によろしく、あとこれは意趣返しだ。もし紅葉を遊園地に連れてゆくのならば私も連れて行ってやってくれ。きっと嫌がるだろう」


「最期の最期にそれかよ」


「それから……んっ」


「!?」


「じゃあね。くだらない結末を楽しみにしているよ」



 レイナは体を近づけ、酸素マスクを持ち上げ俺の唇を奪う。彼女は舌を絡めとりたっぷり弄んだあと体を離し、目を閉じた。唾液の橋がなまめかしく残るがその先にいるレイナの呼吸は既に止まっていた。



 目頭が熱くなる。遺体をせめて葬ろうと体を持ち上げ……疑問を持った。今鼓動なかった?あ、止まった。でもこれって死んだというよりは無理やり止めたっぽくね?



 遺体を睨む。表情は変わらない。腹に穴は開いたままで再生する様子はない。確かめる術はないか……と考えたところで必殺の一手を思いつく。遺体を床に置き手をワキワキ動かしてレイナの胸に向かって近づける。20cm、10cm。そうしたときに遺体の顔が赤らむのを俺は見逃さなかった。



「……」

「……」



 気まずい無言が漂う。俺は『獣殺し』を引き抜き迷わず脳天に向かって叩き込む。瞬間遺体だったはずのものが残像を残して消えてその隣に立っていた。うん、普通に生きている。



「なんで生きてるんだよその傷で!」


「傷が治らないのは事実だからさ!あと3か月も持たずに死ぬから近似したら真実ってことで!」


「3か月!?」


「ごめんサバ読んだ、1年しか持たない」


「逆に増えてるんですけど!?」



 感情を返せ!実際レイナは腹に穴が開いた状態でいつも通り歩き回っている。というかあのUK-08、ゼロ距離なら回避余裕なはずなのだ。銃身より内側に居れば弾丸が当たる事なんてないんだから。つまりあの傷もわざわざ自分から喰らった可能性濃厚である。



 ばつが悪そうな表情で「ドッキリ失敗かー」とレイナは言う。まさか自分の死すらもネタに使うとは。



「うーん、やっぱり悲しい感じで引用情報になるくらいなら身を張って一発芸しようとしたんだけれど……」


「一発芸にしては悪質だな」


「よし、じゃあ方針変更!別のところから皆にもう一泡吹かせよう!」



 そういってレイナは体を翻す。実に彼女らしい、楽しそうな笑顔だった。



「ホライゾン社とガリゾーン社に強盗に行こう!」

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