君と言葉を、最期に

「ふいー、凄まじい火力だなあれ。しかし流石装甲型だ、まだ耐えられてる」


「大丈夫やんね!?」


「えーっと機体の異常検知プログラム起動……異常なし、動く分には問題ない、と。直撃するとここまでえぐいのか……『UYKウューカ』やばいな」


「逆や、月の『UYK』は転写する物質が無かったからこの程度の火力しかないねん。それにあの触手は再生に年かかる、やから弾を撃てんという問題もあんのよ。五年前はこのコロニーを覆い尽くすほどの砲弾が降り注いだんやから」



 だから防御力も貧弱や、あの日届かなかった弾も今なら当たるかもしれへん、と紅葉は言う。そういう情報は事前に出せよ……という愚痴は言い飽きたので置いておくとして。もう一度身を起こすとあの蛾は地平線の向こうにほとんど隠れ羽が残るだけとなっている。だが救われたわけではない。次に奴が顔を出した時に俺の死が確定する、と直感が囁いていた。



 ここで負けてよいのだろうか?よくわからんイベントに一人で突っ込まされて数十万人の前で敗北させられて、そんなことがあってたまるか。一回こっきりのイベントで失敗とか掲示板で晒し者待ったなしだぞ。クエスト失敗の隠語がオレンジになるぞ。ただでさえ無駄に悪名がデカくなってるのにさらに増えるのだけはやめて欲しいのだ。



 状況的には絶望の状態から起死回生、仇を討つという熱い展開のはずなのに『HAO』がクソゲー過ぎてそんなことしか頭に浮かばない。タッチパネルを操作し砲台の状態をチェックする。



「『鋼光社製融合型Apollyon用燃焼兵器UK-02』……これが砲台の名前か、根元が破損してて旋回不能、銃弾装填部の弾詰まり、反動制御装置がひび割れ。ボロボロだな」


「5年前の戦いから一切修理しとらへんからな、むしろよくそれだけ持ったもんや」


「それで、俺は何をすればいい?」


「……まだ戦う気なんか?別にこのまま終わってもアプデは起こると思うで」


「……理由はどうでもいいだろ、俺は何をすればいい?」



 クソゲーすぎて腹が立った、という本心を飲み込んでそう言うと「まあ腹立つわな、こんな状況」と見透かしたように紅葉は返事を返す。そしてこちらに幾つかのファイルを送信してきた。



「確かジョブで『整備士』あげたやろ、これもApollyonの装備やから対象なんよ。だから普通より上手く修理できるはずやで」


「ボーナスあるの!?」


「見えへんけどな。じゃあまず砲台の下部を取り外して。それ旋回のための装置でしかないから大丈夫や。そうやって一周するまでに修理を終わらせて奴が出てきた瞬間に弾丸を叩き込む」


「太陽以外に地平線から登ってきて憂鬱になるものがあるとは思ってなかったな」


「ちなみになんで?」


「学校始まるから」


「そんな時間までゲームしたらあかんやん……」



 くだらない話はさておき砲台、燃焼兵器UK-02とやらを取り外す。背中にあるAP修理用のセットを取り出すとなるほど、規格が同じだ。酸素が無い状態で俺が外に出れないためどうしようか、そう思っていると今砲台と接続しているアタッチメントにドライバーと接続する部分があるのを見つける。



 電動ドライバーと小型のロボットアームを接続、それを動かして一つずつネジを外してゆく。第一層は通常のねじ止め、第二層以降は内部に信号を出すと外れて第三層は完全に接合してるからブレードでこじ開けないといけない、と。



『《整備:Apollyon兵装》《改造:Apollyon兵装》を取得しました』



 苦戦しながら砲台を分解していく。スキル取得表示が出ると共に俺の手は精密に動くようになる。まるで初めからそうであったかのように砲台を外し終わり、次に弾詰まりを直すべく弾倉を引き抜く。



 空を見上げると獣はいなくなり太陽も片方は隠れてしまった。黒い空に浮遊する破片とミイラが静かに俺たちを見下ろしている。通信機の向こうから落ち着く関西弁の声がする。



「私、燃焼兵器UK-02の修復と保全を田中さんにお願いしておいてな。上手くいけば2060年にそれが存在するようになるはずや」


「……?」



「あとオレンジ君、配信の音声切ってもらってもいい?」



 凄まじいメタ発言だった。NPCが言っていいセリフではないぞそれ。まあ断る理由もないので懇願するコメント欄を無視しミュート状態、俺たちの声が配信に乗らないようにする。これで完全に沈黙の世界は俺と紅葉だけのものとなった。静かに、しかしいつも見たことがないような哀愁とも悲嘆とも喜びともつかない、絡み合った感情をのせて彼女は語り始める。ゆったり動く空の下で言葉だけが交わされ最後の一時間が終わっていく。



「どう?ゲームは楽しい?」


「クソゲー」


「言うと思ったわ」


「そりゃ言うだろ。まあでもお陰でお前と再会できたというのはあるな」


「うちな、大学入ってから声かけるつもりやったねん、勘次君に」


「……?いやお前、俺があの大学入るの知ってたのか?」


「勿論や。だって初恋の人の行先やで、しかも恋は現在進行形」


「開発は一回怒られるべきだろ、他人の感情を勝手に曲解してこんなことにするなんて」


「うちは開発に感謝せなあかんな。こんな形で、ただの引用情報になってしまうとしてももう一度会えたんやから」


「で、なんで初恋なんだ?そんな素振り見たことがなかったけど」


「うちもそういう意識なかったよ。ただな、高校生2年の時にクラスメイトに告白されたねん」


「それがクラス1のイケメンで金持ちで性格良い奴やったんよ。でも欠片も心動かなくてそのまま断っちゃった」


「もったいないことしたな」


「友人からも散々言われたよ。でもなんとなく、理由なく気が乗らんくて。なんでやろって思ったら君がいた。大事にしている写真にも、なんとなく残していたノートにも君が残ってた」


「……」


「大きなきっかけもなく気が付けばうちの初恋は始まって、終わってなかった。だから引きずり続けたそれに決着をつけるべく受験勉強を初めて――破滅に向き合うことになった。高校3年生の春、うちが改造人間になったのもその時期や」


「『SOD』の残党からの襲撃でな、超能力の類で一撃。それで改造人間として脊髄や四肢を置換した。それと共に父さんから破滅関連の情報が回ってきた。今の君の状態みたいに繋がらない情報と足りない因果と結末だけが提示された」


「そりゃ絶望やで。2050年に世界が終わる事だけが確定してる。こんな状態で仮に恋が実ってしまったら。破滅の時まで楽しむ、なんてできるほどうちは能天気やなかった」


「……」


「初恋は消えずに永久に引き延ばされ続けて、そして2050年が来た。うちが力づくで君をこの虚重副太陽を周回する人工惑星に乗り込ませることはできた。だけど月の『UYK』が出てきて勘次君は死んだ」


「もうここには誰もおらへん。私だけや。全員滅びて、それでも勘次君に伝えたい事があって5年待ち続けた」


「やからここで言うわ。勘次君、好きや、付き合ってください」


「月の『UYK』を倒せたらな」


「冗談やなくて?」


「この状況で冗談言うかよ。俺はまだ……恋したことねえけど今その姿を想像したら悪いものではないように思えたからさ」


「恥ずかしがってるん?」


「……うん」


「その反応見れただけで満足やわ。……あと半分や。人工惑星が半回転したで」


「こっちは反動制御装置が修理できた。応急処置だけどしばらくはもちそうだ」


「電力全部そっちに回すから予備の電源ケーブルも接続お願いな」


「OK」


「なあ、これ終わったらどこ行きたい?」


「どこか行ける場所あるのか?」


「言い方悪かったわ。もし2040年、うちと付き合ってたらどこ行きたかった?」


「うーん、こうみ」


「絶対鋼光こうみつ社本社って言おうとしたやろ」


「おっしゃる通りです」


「まあ興味ないとこ付き合わせるのもアレやしな。それ以外ならどこがある?」


「低めの山に登山に行くとか、釣りとか?」


「ええなぁそれ。うち的には釣りが花丸や」


「逆に紅葉はどこ行きたいんだ?」


「うーん、まずは動物カフェ、次に遊園地やな」


「王道」


「特に遊園地やね、絶叫マシンに乗せ続けて涙目になってるところをヨシヨシしたいんよ」


「性癖」


「漢字二文字しか喋れへんのかい、というかそれ開発したの君やで。運動会で結構すりむいて涙目なっとったやんか」


「原因!?」



「……あと1/4、あっという間に終わりやね」


「……予備弾倉装填、これで7発は撃てる。でもこれで勝てるのか?」


「言うとるやん、あれは弱体化に弱体化を重ねた『UYK』や。同じものでも分裂体程度の脅威しかない」


「ということはあいつを倒せばAPの有用性が示せるんだな」


「やっぱそっちに目が行くんやね。ふふっ、しっかり倒してや」


「おう。あ、狙撃終わったら会いに行きたいんだがどこにいる?」


「さあな?」


「おい、付き合う約束だろうが」


「倒せたら教えてあげられるかも?」


「言ったな」


「……あんまり見ても気味のええもんやないで」


「そうか」


「……せや」


「まあ探しに行くけどな。でないと今度は俺が引きずることになる」


「そっか。じゃあデータ転送しておくわ、終わったらおいでや」


「ありがとう」


「あとこのデータスクショとって向こうの私に渡してあげてや。上手く使ってくれるはずや」


「『Rejuvenation若返り……』ダメだ、読めん。まあやっとくわ」


「お願いな」



「……あと5分や」


「……照準OK。異常なし」


「以降はこちらから連絡はできへん、全電力をそっちに回すからな。最後に言っておくことある?」


「……終わったら遊園地だぞ?」


「……OK、任せとき。じゃあいくで、電力切り替え開始!」



 その言葉と共に二人だけの静かな世界が終わる。異常に地面が振動するとともに電力が燃焼兵器YK-02に集中する。過剰な電流が水を分解し大量の酸素を生成、それを冷却装置がトラップし液体酸素として弾倉にチャージされる。このサイズになると液体燃料を燃焼させるための薬剤を用意するより酸素を直接導入したほうが安価なのだ。



 酸素の生成と冷却で砲台周辺の装置が加熱されてゆく。反動制御装置で砲の前方を通常のライフルの三脚のように固定する。ブレードでむしり取った部分を引きずるように抱えて、予測される地点に向ける。



「5、4、3」



 反動を抑え込むように体を耐えさせる。本来の運用法はこれを10個束ねてガトリング砲として使うらしいのだから恐ろしい。このサイズの燃焼兵器を発射すればそりゃ分裂体でも装甲を貫けるのだろう。量産型だと持つのが精いっぱいだというのに。



 そして7発で逃げられる前に仕留めなければならない。レイナが言っていた分裂体の恐ろしい特徴、それが逃げることが出来るというものだ。RPGの敵ではない、ダメージを追ったら逃げて回復する。だからこそ『洪鱗現象』の起きた大地で追撃できる機動力と倒せる火力を持った融合型Apollyonこそが最強で、量産型はあくまで運び屋でしかなかったのだ。



 だがここで倒せれば。前例を作れれば。



「2、1」



 心臓が静かになってゆく。想定距離は約12km。地球の人工衛星を考えると低い高度だが、裏を返せばそれだけ相手もこちらを狙いやすい。弱気になる心を叩く。やるぞ。



「0!」



 そして羽が出た瞬間、引き金を引く。液体酸素が爆発的に、しかし触媒により均一に燃焼しUK-02の砲に高圧力が生まれ虚重金属合金の対『UYK』弾が爆音と共に空を駆ける。装甲を貫く騒音に耳をしかめながら着弾を見守る。初速3000m/sを記録する、レールガンを超える速度を誇るそれはしかし月の『UYK』の回避により失敗に終わる。



「そりゃそうだよな避けるよな!次弾装填!」



 月の『UYK』の表情などわかるはずはなかった。だが花の蜜を吸うためにある細長い口が本来あるはずなのにそこには獰猛に笑う獣の口が付いている。蛾の複眼と合わさり邪悪な笑みを浮かべた奴は装填済みの触手の質量弾を投下してくる。



 向こうの弾丸はこちらと比べると数段遅く、しかも飛翔しながらであるため狙いも粗い。それでも一撃当たれば終わりだ。



「砲身冷却終了、第二射!」



 再び衝撃と音が機体の中の俺を揺さぶる。だが羽にかするだけで、宇宙空間をそこらの野原のように飛び回る月の『UYK』には当たらない。そして次の瞬間、奴の質量弾が俺の周囲に着弾する。



 知ったことか。どうせ逃げられないのだ、怯えている暇があるなら弾を撃てば良いのだ。奴の攻撃を無視し3発目を撃つ。



『《射撃:狙撃》《射撃:Apollyon兵装》を習得しました』



 メッセージを突き破るように第四射と第五射が放たれる。同時に質量弾が体をかすりAPの左腕が消し飛んだ。俺のAPが姿勢を崩す。月の『UYK』はニヤニヤした笑いを抑えられないようで、天を舞い続ける。



 そして月の『UYK』はとどめと言わんばかりに大量の質量弾を落とす。津波のように空から降り注ぐそれを見て、ようやく俺は笑うことが出来た。第六射が命中する。



 呆然とした表情で笑みを消した月の『UYK』に聞こえてないだろうが告げる。



「やはり。最後は確実にとどめを刺すために静止して撃つと思っていた。わざわざ姿勢を崩したふりをして誘い込んだかいがあったぜ。受け取れ、最後の弾だ」



 痛みに悶える月の『UYK』に向けて最後の虚重金属合金弾を発射する。移動する余裕を失った奴の頭に弾は見事に命中し、獣のものとも虫のものとも言えない甲高い叫びをあげて動きを止める。それを見届けることなく俺は地下に走り込む。次の瞬間質量弾がこの人工惑星を廃棄した。




 残りの酸素残量は多くない。周囲の電灯は完全に消えておりAPのサーチライトを付けるしかなかった。



『緊急アップデートが20時より実行されます。メンテナンス時間は40分ほどです』



 システムメッセージを無視しもう完全に崩壊した通路をかき分けて歩く。目的は言うまでもなく、そしてナビゲートがあったため容易にたどり着いた。



 そこは病室のような、大量の装置がある部屋だった。サイズ的にAPがギリギリ入れるくらいの大きさだった。そこには多くのミイラがあるなか一つだけ異様なものがある。巨大な棺桶だ。恐る恐る覗き込むと想定通りのものがあった。



 ――かつて鋼光紅葉だったものだ。



 見た目は俺が知っている紅葉の年齢を少し上げた程度である。だが両手両足が失われている上心臓近くまで腐っており脳が開頭され様々なコードが繋がっている。そしてその先の装置の電源は落ちていた。生命維持装置は電力を食う、だから切らざるを得なかったのだ。知っていた。2055年にこんなことが起きていて無傷で5年も生きられるわけがないと。だけど、それでもこれは。



「……?」



 俺がAPで無理やり入った風圧で一枚の紙が宙を舞う。彼女の生命維持装置に繋がれたロボットアームで書かれたものだった。



『馬鹿。遊園地はもう一人の私に任せた、お幸せにな』



 NPCのはずだった。ゲームの中の1キャラクターで、実際にいる人間を都合よく改変した悪趣味な存在のはずだった。でもそこに彼女はいたのだ、感情を抱え続け5年の時を待ち続けた人が。俺の初めての恋人が。



 世界が崩壊してゆく。強制ログアウトの表示が無慈悲に画面を覆う。

 こうして俺の短い恋が終わった。



『Ver1.08にアップデートされました。

 ・イギリスと日本は宇宙への脱出を中止しました。

 ・旧大阪市にて対『UYK』兵装の準備が整っています。

 ・マイナス質量物質の安定供給により資源供給が改善しました。

 ・2050年の破滅は回避されていません。

 ・2055年の作戦は成功率0%です』 

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