久しぶり
二つの太陽が世界を照らしている。片方はよく知っている太陽系の中心、地球を照らす光源だ。だがもう一つを俺は未だかつて見たことが無かった。
半壊した衛星、と言えば良いのだろうか。何かが齧られたというか何かが出ていったというか。抜け殻のような形をしたそれは太陽に負けないくらいの勢いで光を放っていた。その周囲には人工物らしいレールの残骸が無気力に浮遊している。
そして月は存在しなかった。地球の向こう側にある、月の裏側を見ているだけなどの説はあるが奇妙な気分だった。空を見上げる俺の周りを浮遊するミイラの群れが囲っていた。何も知らないプレイヤーがログインしては即座に死亡するのを繰り返しているのだ。
「ここは……宇宙ステーション、じゃないな。それにしては大きい。ってかなんだこりゃ、完全に滅んでるだろ。分裂体と戦う前に詰むのは勘弁してくれよ」
俺が操縦しているAPの周囲は金属床で覆われていた。あの旧大阪市とは違う所はそれだけではなく以前よりさらに寂れている点だ。周囲は小型のドームがいくつも並んでいるがその全てに穴が開いている。俺達プレイヤーのリスポーン地点もよく見ればかつてドームだったものだった。真空で死なないように外気から守っていたのだろうが平地と見間違うくらいの様相を見せているのも少なくはない。
完全に無音だった。その中で配信だけが未だに人とのつながりを残している。
『なんでオレンジだけ活動出来てんだよ、アプデで宇宙仕様の装備になるべきだろ』
『えっぐ、何この光景』
『あの燃えてるのが月じゃね?』
『まーたオレンジがやってるよ』
『トレンド1位おめでとうございます!』
『これ前より酷くなってないか?どうなっているんだ』
『スペースイグニッション社の株価wwwwww』
配信の同時接続数は38万という数を維持し続けている。『HAO』は技術面やニュースでかなり有名になったとはいえこんな数が稼げるはずがないのだが……そうか、炎上商法にまだ皆騙されているのか!それで超有名人が人気ゲームをしているのと同じ感じになっているのだろうと一人納得する。
なら視聴者を冷めさせてはいけないだろう。ひとまずは新情報を提供すべく無言で歩を進める。こういうものは何か下手に喋らないほうが良い、俺こういう配信とか得意じゃないし。
酸素量が気になって見るが残り活動時間は4時間ほどと出てくる。酸素が漏れている様子はなく、機能に異常もない。重力が弱く妙な感じではあるがより動きやすく走り回れるのはメリットだろう。
沈黙の黒い海を走る。瓦礫と死体をかき分けながら手近なドームに進むとそこもまた廃墟であった。かつて人が生存していたであろう広場が残っていた。
何かないか、と広場を漁る。こういう場所を探せば何かは見つかる物なのだ。そうしていると見つかるものはなかったが見つからないものはあった。
武装だ。旧大阪市ならば機関銃を持った警備はいるし最低でも拳銃くらいは保有している。にもかかわらず警棒やスタンガン以上のまともな兵装が見当たらなかった。そしてもう一つ、貧しそうな身なりの人間もまた見当たらない。さらに言うなら争った様子がない。何かが襲ってきて、一息で滅ぼされたようなそんな雰囲気。
ちぎれた腕や死体はグロテスクではあるもののゲームである、という一点で耐えられる。だがそれは俺や一部だけのようでこの光景を淡々と映しているだけで視聴者が万単位で減ってゆく。
そしてそれらはかなり劣化していてぼろぼろと触ると崩れる。今時珍しい機械時計は2055年8月24日の7時25分を指したまま固まっていた。
『あーこれ5年放置されてるのか』
『吐きそうになってきたので離脱します』
『原因早く教えてくれ』
『スペースイグニッション社のあれ、ガチっぽくて草。記者会見するらしい』
『ログイン制限解除マダー?』
『ヒニルも即死したらしくて草』
そしてわかることがもう一つ。この攻撃は空から来た、ということだ。この比較的損傷の少ないドームでは上にしか穴がない。空からマシンガンでも撃たれたのか?と思わざるをえないが。
しかし全て置き去りにしてしまったものだ。あの分裂体の話とかヒニル君とかどこ行ったんだろう。この全て終わった空間の中では何もかもが停滞してしまっているような、そんな気持ちになってしまう。
空を見る。先ほどと太陽の位置が変わっている。正確には半壊した太陽の位置はそのままでもう一つの方が移動している。地球の位置も変わっているのを見ると異常なのは半壊した方の月であろう。
そして回転速度が異常だ。先ほどと比べると30度以上回転している。計算すると30分に一度回転しているような状態、目に見えて変化が分かった。この今いる場所が水平線の感じからするにかなり狭い星(?)なのは間違いなさそうだが、これほど早く回転するものだろうか?
人の気配を求めてこのドームを離れる。先ほど来た道をさらに真っすぐ進んでゆくも、相も変わらず無機質で、そして破壊されつくしたドームの群ればかりだ。そして前方200メートル、その辺りにようやく変化を見つける。
破壊し尽された大地だった。無数の砲撃を受けたのかあちらこちらに大穴が開いている。だがここはもともと軍事施設だったのだろう。砲門らしきものやミサイルの発射口の残骸は辛うじて姿を残していた。そしてAPのコクピットにある端末から音がする。
「……っ……て…」
「ん?誰だ、まだ生きてるのか!?」
「……っ………て……!」
「何言っている、聞こえない!もう一度頼む!」
沈黙を破るその声が聞こえた瞬間俺は端末に怒鳴りつける。だが声はずっと途切れ途切れのままだ。聞き取るべく施設に近づきながら叫び続けると異変に気が付く。
――足元が暗く、自身ではない何かの影により覆われている。
「上から攻撃やっ、避けて!」
咄嗟にAPの脚部にエネルギーを集中させ右に全速力で転がる。その無様な回避は先ほどいた空間に金属塊が突き刺さり衝撃波と破片が飛び散ることで報われる。今のはこの装甲型でも一撃死だった……!
上を見るといつの間にか巨大な蛾が浮いている。羽と触覚、顔は蛾であるものの足は触手で胴体は鱗のような金属に覆われた機械生命体。だがそれを観察するより先に俺は叫んだ。通信機から聞こえたその声は聞き覚えがあるものだった。ここ数日何度も聞いた声。落ち着いた、しかし自分が知っているよりは随分と大人びた声だった。
「紅葉!?」
「そうや。久しぶりやね、5年ぶり、いやその年齢のか……オレンジ君と会うのは20年ぶりや。――ああ、本当にもう一度会えたんや」
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