1-2章『Ver-1.00』20年先から君へ
同盟交渉
「で、あれについて何か知ってるかい?」
「レイナ、いや白犬さん?は知らんのやな、意外やわ」
「レイナでいいよ。私が知ってるのはあくまでver1.00の開発段階の部分。実際の運用やその後の展開は予想にすぎない、今は傭兵としてしか裏とは関わっていないからね」
「なるほどなぁ。うちの方は過去の話はさっぱりなんやけど最近のについては改造人間絡みで結構情報降りてくるんよ。例えばあの旧大阪市、造るのには国だけではどうしようにもないから絶対漏れるわけや」
「しかしまさかあの一冊で宇宙にまでたどり着くとはとんでもないな……」
「まあマイナス質量物質は実用化や大量生産とか言う前の段階、基礎の合成の段階で難航しとったから。あの本で一番ネックな部分についての記載があったんやろうなぁ。今回アップデートが異常に早いから中身の精査もできとらへんけどね」
約束の時間になるまで待機していた二人が唐突のアップデートに驚き、原因について話すべく集まったのがつい先程である。
勿論勘次にも連絡を入れているが配信を続行し続けている。というかアップデートが来た時点で作戦等と言っていられる状態ではないのだ。この時点で各組織は大騒ぎ、では済まない状態となっているのだから。
彼女達の目の前で真空により水分を奪われ干乾びるプレイヤー達、それを見て無言になる勘次が映っていた。
『ログインした瞬間即死したんだが!』
『同じく。ログイン制限解除した意味とは』
『ゲーム変わってるじゃねえかどうなってんだよ!広告にあったのは地上だけだっただろ!』
『バグ修正はよしろや、〇すぞ』
コメント欄は阿鼻叫喚。それはそうだ、ログインした瞬間即死したゲームなんて数えるほどしかない。
「真空か……安全地帯か宇宙服の場所が分かればどうにかなるかな」
「なるかい、真空の意味わかっとる?生身で行けば酸素不足が第一、次に水分が沸騰して体から逃げてくねんよ。仮に息を止めても水分の沸騰で血管ちぎれたり肺が破裂したりするらしいで。その結末があのミイラや」
「まあ活動時間は30分が限界だね。それ以上は支障や治らない傷ができるかもしれない」
「いや逆に30分ならノーダメージで活動できるんかい!」
第二世代獣人、存在するという噂は聞いていたがここまでの理不尽だとは聞いていないと紅葉は呆れる。しかもこの30分とは獣人としての身体能力をフルに使える時間である。
紅葉は足を組んでお茶を飲む。今二人がいる場所はレイナ達の家の近くのファミレスである。
直接会ってみたかった理由は情報共有、ではない。それなら画面越しでいい。確認したかったのは互いの体である。深くかぶられたレイナの帽子と真っ黒な手袋とタイツに覆われた紅葉の四肢。一応直接目で確かめる必要があると思っていた部分である。
「4つ全部かい?」
「いや、5つや。脊髄部含めてやから」
「そっか」
レイナも手元のコーヒーを啜る。別にカフェインが効くことはないがこの状況で甘いものは違う、と思っていたのだ。少しの沈黙が漂う。周囲は時間が時間とはいえ学生がちらほら集まり騒いでいるためその沈黙は埋もれることが出来ていた。
レイナが憂鬱そうに、しかしどこか嬉しさの滲む声で言った。
「2回目は無いと思ったんだけどね。というかこの件については日本が真っ先に情報収集を終えていると思っていた」
「それはアプデのせいやね。あの駅、本来あんな場所ないはずなんよ。少なくとも初日に部隊がいった時には完全に沈没していたみたいや。やけどAPの強化で街の被害が減ってあの場所が生き延びたんやろうね」
「結構知ってるじゃん。さっきの話はどこに行ったんだい?」
「建前と実際は別やで」
「……そろそろ探り合いはやめておくか、面倒だし」
「せやね。で、レイナの目的は何なん?」
紅葉がそう言うとレイナが一瞬固まる。彼女たちが相談する理由、それは情報共有というよりは相互理解と同盟成立、という方が目的としては近かった。
そもそもオレンジこと未島勘次は本当に何のバックグラウンドもない、ただの一般人である。それは紅葉もレイナも重々承知していた。しかし世界を変える情報を二度も流布したとなると話は変わってくる。少なくとも他からは何かある、と見えてしまうのだ。
一番恐ろしいのはオレンジにより被害を受けた者たちによる報復。物理的なものであればレイナがなんとかできるだろうが社会的なものであれば彼自身の今後の人生が危うくなる。まあ失うような未来は既に破滅しているが、あの好奇心にあふれたイキイキとした顔が暗く沈むのを二人とも見たくはなかった。
次に他組織による取り込み。何らかの能力を持つ優秀な探索家としてバックアップの代わりに情報を独占しようとするところが出てくることである。これがまともな組織であればどうにでもなるが万一犯罪組織が出てきてしまえば話にならない。『基底崩壊』による能力者たちの国への不信感は独自の組織を作るに至らせている。国の管理が追い付いていないそういった組織が出てくれば最悪獣人の感覚を通り過ぎて誘拐されてしまうかもしれないのだから。
そのために新しく貸した漫画には盗聴器を仕込んでいたりするのだが。警戒の為に盗聴している勘次の寝息を聞いていると変な扉を開きそうになっているレイナであった。
他にも祭り上げられるなど様々な懸念点があるものの総じて勘次の身が危うくなっているのは事実だった。勿論第二世代獣人を前に実力行使などまともな組織はしないが、残念ながらそれを理解できず、そして針の糸を通してしまう馬鹿者が現れるのは何としても防ぎたかった。
そこで紅葉の鋼光社という盾とレイナという暴力の出番である。この二つがあれば少なくとも即座に身に危険が迫るということは避けられる。レイナはとぼけたふりをして聞き返した。
「目的、というと勘次を守る、じゃなくて?」
「それはわかりきっとるよ。今のままやと日本政府に預けても利権でまともに動けなくなりそうやし、二回目が起きた以上今まで通り勘次君が生きるにはその選択肢しかない。ほら見てみ、航空関係の株が一気に下がってるで。第二次オレンジ恐慌や」
「流石だなぁ、彼は。それで私の理由か、まあ大したことじゃないよ。彼といる今が楽しいからさ。2055年の死が見えていてなお、ね」
紅葉がお茶を飲む手を止める。耐用年数の話かと一瞬勘違いしそうになったがそれは第三世代のみの話だったと彼女は記憶している。ならば2055年の死とは作戦とやらに他ならない。楽しいから、という言葉にはそれ以上の親愛が込められているようにも感じたが少なくともそういう段階ではなかったようだ、と紅葉は一人胸をなでおろした。
紅葉のその様子に何故かレイナは動揺を覚える。が、その感情を上手く言語化できずおうむ返しのように紅葉に聞くことしかできなかった。
「……じゃあ紅葉の目的は何なんだい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます