生産職になったオレンジと冒険者ギルド
このゲームにクエストがあるなどという話を初めて聞いた。そもそもドロップアイテムすら自分ではぎ取る必要があるゲームだ、本来システム化するべきなのにあえて自分の手でやるように作り込まれている部分は多い。
なのにクエストと出ている。つまりそれはそれだけ重要ということらしいが……そもそも分裂体って何だ?
「分裂体……タイミングが良すぎるね。恐らく偶然じゃなくて先行者たちはここで詰んだんだろうね。だから民間に開放したんだ」
「そこらへんはうちも断片的にしか知らんなぁ。動員数に限界があったって話は聞いたけど」
「……あーβテストの話ね。そっかこれかなり難易度高いのか」
レイナの無駄に格好つけた話し方はスルー。しかしこれどうすりゃいいんだ一体。おっさんは分裂体の話を聞いて明確に顔を青ざめていて、足は震え修理の手も止まっている。いやそれは動かしてほしいです。イベント戦闘の敗北よりもAPは大事!
「終わりだ……。社長や他の方が命を捨てて得たのがたった五年なのかよ……」
おっさんは頭を抱え丸くなる。ああ、2060年が今で2055年になにか失敗したって設定だったな。なるほどおっさんというかこの街の人々は皆生き残りなわけだ。でゲーム内の紅葉は死んで代わりに実際の紅葉が出てきたから記憶喪失に見えてると。運営に勝手に人を使うなと文句を言ってもいいレベルだろう。
……ん?ってことはまともな防備とか残ってないんじゃないか?
レイナはさてどうするか、という表情で思案している。一方紅葉は俺を見てどうする?と目で問いかける。考え込んでいて耳をくるくる動かしているレイナに聞く。
「なあこれ、負けたらどうなるんだ?」
「……多分ゲーム開始前に巻き戻して再開。でも完全に同タイミングにはできないって聞いてるから、襲ってくる2日前とか1日前からだね。最悪の場合入った瞬間に襲ってるかもしれない」
「それ負ければ負けるほどクエストクリア率が下がらないか?」
「下がるね。だから怖い、今回と次回で決めないと詰む」
「クソゲーすぎるだろ……サービス終了一直線だな」
「せやねぇ。でも何事も判断に必要なのは情報やね。この分裂体がいつくるんか、どんな性能なのかにもよるやろ?融合型が無かったら詰みなのか、それともプレイヤー全員で特攻すればどうにかなるんか」
確かに紅葉の言う通りである。対策も、何か打開策があるのかも調べずに悩み続けるのは得策ではない。この街のどこかに切り札が眠っているのかもしれないのだから。
「因みに方針としてオレンジ君はどう動くんだい?」
「俺か。うーん、クソゲーに負けて終わるのは腹立たしいし折角AP修理できそうだからなんとかクリアしたいな。もっと武装を換装してロボット同士で戦うとかそういった所まで行きたいし。もし量産型APで倒せたら、という期待もある」
「欲望全開やね。まあここで終わってもらうと困るのは同意や。」
「じゃあ方針は決まったね。なら情報の集まる拠点に行こう」
「拠点?ってそっか、お前ジョブを取得してたんだったか!」
すっかり忘れていた。というか自分も生産職を取得しようとしていたのにすっかり忘れている。ブラックリストと紅葉ショックめ……。そう思っていると紅葉がちょいまち、と言いウィンドウを操作する。すると俺の方にクエストの上に重なるようウィンドウが新しく出現した。
『ジョブ『Apollyon整備士』を取得できます。装備しますか?』
驚愕に俺の表情が固まる。え、どういう事と思っていると紅葉は体を俺に近づけウィンドウを見せてくる。プレイヤーネーム、Kureha。ジョブ、『鋼光社社長』。
「任命権あんのよ」
「うそだろ!」
こんな格差があっていいのだろうか。ジョブは取得するというよりは認められる、あるいは勧誘されるものだと聞いたことはある。確かにAPを扱っている会社なら社員の任命権があるんだろうけど、これは酷い。ジョブの任命権をプレイヤーが持っているという事実。まあ状況的に他の会社も似たようなことできるんだろうけどさ。
確かにここの整備員からすれば5年の時をかけて帰ってきた自分たちの長なのだろうけど、ここまでリアルの生まれに影響されるのは酷過ぎやしないだろうか。
複雑な思いで承認ボタンを押す。
『Apollyon整備士になりました。ジョブ限定のスキルを習得できるようになりました。』
……以上。スキル習得の話とかもない。いや、マジでこれだけなのかこのジョブシステム。ほら他のゲームじゃあるでしょ、メカニックに転職したらいきなり銃作れるようになったりするじゃん。まあこのクソゲーなので期待していなかったけど。
ジョブというものは立場としての側面が強いらしい。素のプレイヤーだと無職住所不定なのでサービスやイベントを受けられない。例えば警備隊の《捕縛術》とかを習得する講座は警備隊に入隊しなければ入れない。つまり同じことが俺にも言えるのだ。ここからApollyonを扱うものとしてスキル習得を頑張らねばならないわけである。
「終わりだ……」
この調子ならだめかもしらん。おっさんにとってその分裂体とやらは本当にトラウマだったのだろう。どうしたものかと思っているとまたしても紅葉が動く。おっさんに近づき肩をポンと叩いて言う。
「田中さん、今回こそ勝つときやで。そのためにはこのAPの修理は必要や。直すのと武装何か探す、ないならでっちあげれるよね?」
「でも、でも……!」
「大丈夫や、うちも生きて帰ってきたやろ。案外どうにかなんねん。ほら、シャキッとしいや」
柔らかい言葉でおっさんを励ます。しかしよく扱いを心得ている、本当に社長みたいである。しばらく涙をこぼしていたおっさんは黙って立ち上がり俺たちの方に一礼をして背中を向ける。自分の戦場で戦うのだ。
紅葉がこちらに戻ってきて少し胸を張る。いや大きくないか、大人でもそのサイズはそうそうないんじゃないかという下世話な感想は抑え込み
「どや!」
「お見事」
短く言葉を交わし、本題のために戻る。一先ず生産職スキルは習得でき無さそうだがAPの修理はどうにかなる。なら情報だ、とちょっと不機嫌そうなレイナを見た。こちらに視線を戻したのを理解し尻尾を揺らす。
「さて、私のジョブの話に戻るよ。冒険者、つまり外にいる機械獣を狩るジョブだ。そのためにいくつか装置が残っていて、例えば長距離レーダーだとか過去のログだとか。そもそも役目の関係上分裂体についての情報は集め始めているだろうね」
「まあそうだろうな。ってことはそこに進むってことでOK?」
「OKやで」
「よし、案内するよ。冒険者ギルド本部に入るには一人以上冒険者が必要だからね」
「ちなみにジョブの取得条件は?」
「機械獣の撃破。私は一人で12体倒したから超有望株として見られているよ。まあ見とくといい」
「ムキになるなよ……」
紅葉の社長とかいうチートジョブになんとか対抗したいようである。喋るレイナと足並みを揃えて鋼光社から俺たちは出たのであった。
「あ、支払い!」
「奢るっていうたやろ?社長権限でただでええよ、勿論今後も」
ごめんレイナ、お前がいくら頑張ってもこのチートには勝て無さそうだ。
◇
「さて、ここが冒険者ギルドだ」
「名前はファンタジーっぽいのに中身はやっぱりSFやな。機械獣の買い取りサービス、武器購入のための特別融資、色々やっとるで~」
「俺にはあまり縁は無さそうだけどな……。APの使い方講習とかないのか?」
「APの破壊講座はあるなぁ。」
「壊すなよ!」
「あとAPの分解、売れる部位の解説講座」
「嫌われてるのかAP……?」
まあ現時点では、だ。俺が必ずAPの戦闘面における実用性を示すのだ。そう思いながらレイナに続いて歩く。冒険者ギルドは街の地下通路を迷路の如く進んだ先にあった。ひび割れとかを利用していたし明らかに本来の経路ではないが、俺たちは地下3階に降り冒険者ギルドに入ったわけである。
ブラックリストで追い出されたりしなかった……とほっとしながら冒険者ギルドを見る。本来ビルの地下まるまる1フロアだった場所なのだろう。そのうち倒壊していない半分くらいの敷地面積を使って至る所で機械獣の処分をしていた。
機械獣。設定資料で見た、本作におけるエネミー。大体が2種の獣と何らかの武装や道具と合体したような見た目である。例えば俺たちが今いる入り口の右斜め前で解体されているのは犬とムカデ、あと鉄条網の2メートルほどの機械獣だ。後ろの半身は犬でそれより前は全てムカデのような機械、そして体の全てを鉄条網のようなものが覆っている。全身が機械で構成されているため硬そうに見えるが職員は手慣れた様子で装甲を外し中から筋肉のような線を取り出す。
そう、この機械獣は筋肉を持っているのだ。まあ何の機構もなく2メートル以上のマシンが動くわけがない。その仕組みが金属でできた筋肉繊維と何に使っているのかさっぱりわからない鋼の臓器である。こいつらが何を食べているのか、エネルギー源が何なのかは書かれていなかったが特定のエネルギー源が外部に存在しているのは明らかだ。
「こっちおいで二人とも」
レイナがこちらに向かって手招きする。周囲には今回のクエストを聞きつけたのであろうプレイヤーが20人ほど集まって各々情報収集や交換をしている。このプレイヤーたちはおそらくかなりの実力者であろう、なんせこの段階で機械獣を倒しているのだから。うん、機械獣と戦ったことないからどのくらい強いのか分からないけどね。
周囲のプレイヤーは俺が通り過ぎると「オレンジだ……」「実力も一級品なのか」「あのスキル構成でどうやって機械獣を……」などと好き勝手言っている。倒してません、ただの付き添いです。
「ここが観測システム。私はまだ金だから全ては使えないけど現存のプレイヤーでは一番上だと思う」
「なんだその自信。金でそれってことは上があるのか?」
「アダマンタイトやミスリルなどの虚重金属群だね。こっちは実金属だからランクが下なんだよ。銅、銀、金って順」
「アダマンタイト?」
「質量12+2iの炭素原子がダイヤモンドとは少し異なる構造で結晶化してるんだよ」
「日本語喋ってくれよ」
「むずかしかったでちゅね、おべんきょうだいがくにはいってからがんばろうね!」
「腹立つなお前!」
「大丈夫や、うちがオレンジ君を最強にしたる。テストの点数が3レイナくらい取れるかもしれんで!」
「どうあがいてもあいつが33点を下回る未来が見えないのとしれっとレイナを単位にしたな」
「紅葉君、1レイナを切っても自分を責めるんじゃないよ。差がありすぎるんだから」
「こういうのはしばらく経ってから気づくんよね、どうして自分が単位にされたんか」
「煽るなぁ!!!」
仲がいいのか悪いのかわからない二人である。本名じゃなくてプレイヤーネームで呼んでくれた紅葉に感謝しつつレイナのもつパネルを見ると街周辺のマップが表示されていた。円形になっているのがこの街で周辺には森がある。結晶樹の先に何があるかを人類は未だ確認できていないが周辺数kmを探知することはできていて、赤いアイコンが機械獣の反応を示していた。そして東側には大きな赤い丸がマップの端に存在していた。
「距離は不明。方角だけわかっているのは確認方法が目視だからだよ。ただ進行速度を見る限り今日明日に攻めてくるわけではない」
「AP間に合いそうか、それはよかった」
「身体的特徴は……虫の体に蜥蜴の頭、全身から触手を生やした機械獣。ありゃ、道具の性質はないんやね」
「外見に現れていないだけもしれないけど分裂体は『UYK』の影響が強すぎて道具の性質は反映されないことが多い。勿論とんでもないものを取り込んだら話は別だけどさ」
「で、こいつはどれだけ強いんだ?」
俺が聞くとレイナはタッチパネルを操作し動画データを引っ張り出してくる。30秒ほどの動画で、再生されるとすぐに映った。地獄が。
どこかの分裂体との戦闘を写したものだった。画面に収まりきらない機械の体と、それにむかって突撃してゆく獣人たち。空からはミサイルの雨が降り注ぎその隙間を突くように砲弾が叩き込まれる。が、分裂体は無傷だった。ミサイルの半数を触手ではたき落としその破片が獣人に飛び込み肉片を生み出す。砲弾は直撃するものの分裂体の装甲にへこみがついただけですぐに再生する。死線を超えた獣人が手にもつ装置で装甲をこじ開けようとするが背後からの触手により肉片へ変わり、そしてカメラの映像が途絶える。
うーん、R18Gは伊達じゃない、モザイク一切無しのグロ映像を見ながらそう思う。というか分裂体強すぎる、砲撃を無効化できる再生する装甲を持ってて異様な火力の触手アタックも可能であると。
「……これ昔はどうやって倒してたんだ?」
「融合型の特殊兵装で装甲ごと叩き壊していたみたいだね。例えばここだとパイルバンカーを叩き込んで装甲を砕いてそこにミサイルを撃ち込んだとある」
「でも今はないわけやろ?」
「ないね。私たちは今生身で戦車を倒そうとしている状態なわけだ。このままだとどうやっても勝てないよ?」
うん、無理ゲーである。プレイヤーいくら集めたところで勝ち目が無さそうだ。この街を放棄してアップデートで増えたとかいう2都市に行った方が良い気もするが、負けた気になるので腹が立つ。
となればやるべきことは情報収集その2、我らが掲示板様にて現状を確認するしかない。頼むなんか来て打開策……!
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