閑話:振り回される者たちの話

 とあるビルの一室。何も細工されないよう意図的に物を減らした部屋に男はいた。



「はい、前回と同様に始原分裂体が襲来しています。プレイヤー側の装備は未だに整っていません。何せ3日目ですから」


「それはそうね。で、今回の件はどうなると思う?」



 電話からは若い女の声が聞こえてくる。男が40を超えたスーツをぴしりと着こなした人物であるのにその態度。だがそうしなければいけない実力が彼女にはあった。公安六課の長である彼女は本『HAO』における監視を担当しているのだから。



 男は一瞬ためらい、思考を巡らせてから言葉を形にする。



「……無理だと思います。ログイン制限が一度は解除されたのが救いですがそれ以外プラスの要素がありません。46式が変換しきっていないとはいえ、融合型が存在しないから無理というのは我々の挑戦で確認済みです」


「そうよね、だから民間の人間をこれに参加できるようにしたんだし。」


「最も成果を上げたのが我々と協力関係にあったRE社にダメージを与える内容だったのは酷い話ですが」


「オレンジね。私たちが2年かけて6回だったのを1日で行うのは流石に想定外だったわ」



 電話先の女もまた艶っぽいため息を吐く。男はこの女が仕事と称して『HAO』で娼婦として遊びまわるのに夢中であるのは知っていたし事実それで一度変化させることに成功しているため不満はない。だがそういったことを想像してしまい頭を振り払うのに苦労するのは思わぬ頭痛の種だった。



 データファイルを開く。ここ数日でオレンジこと未島勘次の本名までたどり着いた勢力。ロシア、アメリカ、中国、そして鋼光社。これは各勢力とも未島勘次に直接目を付けていたわけではない。むしろ彼らが目を付けていたのは白犬レイナとその母である。彼女らを監視していたデータとオレンジの顔のマスクに隠されていない部分が一致し判明したという順序だ。



「どこも直接接触はかけていない?」


「まだ傍観でしょう。なんせどの勢力なのか不明、動向を聞く限りではただの運のよいプレイヤーですが、他にいくつか候補があります」


「……能力者である可能性ね」



 未確認の能力者。能力者特有の反応を発しない者たち。ここ2年で彼らの存在が明るみになり問題視されはじめている。なんといったって識別不能、国の管理から漏れてしまうわけで。もし能力者の実在がネットで拡散でもしてしまったら大きな混乱を招くこととなってしまう。



 彼ら未確認の能力者は奇妙なことに能力が一致しており「あるタイミングまで意識はそのまま時間だけが遡る」ものであるという。念力、発火能力などさまざまな種類がある中で複数人の能力が被るのは明確な異常事態だ。勿論未島勘次は未確認の能力者などではないがそんなことは知る由もない。



 そしてそんな未確認の能力者たちを最近集めているのがHereafter社、つまり『HAO』運営である。



 男はネクタイを緩め、足を遊ばせながら語る。



「もし未確認の能力者でHereafter社の管轄となれば、手を出した際の被害は甚大です。本計画から主犯の国だけ排除される危険があります」


「周囲にあの獣人2人がいて、更に鋼光社の御令嬢まで近づいてきてる。ただの一般人の周りがこれだけ豪華なのは異常よ。やはり何かある、という線が濃厚かしらね」


「私も同意見です」



 他の線としては他国のプロパガンダ、というものがある。日本のトッププレイヤーを自国の息のかかったものにすることにより日本サーバーで得た情報を独占、流出させるというもの。また鋼光社の配下であり自社の宣伝の為に用意された改造人間という可能性もある。



 彼らの思考はありもしない未島勘次の虚像に囚われてゆく。話の規模が大きいだけにまさか当の本人が勘違いを続けているとは思うこともできないのだ。



「それで、他の勢力は?」


「はい、日本サーバーにはアメリカのFBI捜査官が一人見つかっています。ただし彼は完全に顔もそのままで『HAO』にログインしています。こちらのデータベースにも登録されている、『見せ』の人員ですね」


「私たちに隠す必要がないものね。それに何かするにもわざわざ他国のサーバーではなく自国でやればいい」


「その他は未だ尻尾を出しておりません。なんせキャラクターメイキングで顔を変えることが出来ますから、識別は困難です」


「そこは悩みどころよね。国外からのアクセスを調べようにも一般人と区別つかないし。間違いなくオレンジの件で一人くらいは情報収集の要員を送っているはずだけど、ここからどうなるやら。また何かやらかしたら日本サーバーがお祭り騒ぎになるわよ」



 日本サーバーに各国、各組織の能力者、改造人間、獣人やシンプルに実力のある旧人が集まる光景を思い浮かべると寒気がする男であった。仕事が無限に増えるので早い所帰って欲しいところであるがその願いが潰されるのはもう数日後の事である。





 ヒニルと名乗る配信者がいる。



「やっぱこいつクズだよな!オンゲで放置切断自慢はあかんぞ、ほらSNSに挙げてる画像から調べると……やっぱ神奈川か、このまま本名特定して晒すぞwwwww正義の鉄槌だwwwww」


「うわ、ビビッて謝ってる。中学生?んなもん知りませんなぁ、皆こいつの学校に電話かけまくって家にも品物送り付けるぞwwwww」


「うんこ送り付けたん!?wwwww」


「100件以上いたずら来てるって、んなもん知らんまだまだ正義の鉄槌喰らえwwwww」



 ヒニルはFPS『BCD』のプレイヤーであり悪い意味で有名な配信者だ。初めは真面目にゲームを遊んでいた普通の実況者だがある時を境に彼は変わってしまった。



『放置プレイヤーに正義の鉄槌を下す!』



 そう題してゲーム内での放置行為という規約違反を行っているプレイヤーのSNSを突き止め投稿している写真から住所を特定。半ば脅しじみたメッセージを送り謝罪させるといったものである。



 この動画の再生数が通常の1000倍にも達した、これがヒニルの本当の始まりだった。以降悪質プレイヤーを見つけては断罪してゆく動画を上げ続けていくヒニル。しかし一方で本来見て欲しかったゲーム実況の再生数は相も変わらず3000にも届かないままで。



 断罪に飽きた視聴者を出さないために、あるいはそれもただの言い訳なのか。ヒニルの行動はどんどん過激化しついには視聴者を巻き込み直接的な私刑を行う男となってしまっていた。



「よし、10個いたずら配達送ったお前、今回のMVPだ、褒めて遣わす」



 高級マンションの一室、それがヒニルの王国だ。自分が相手できそうな人物だけを晒しあげ嫌がらせを続けた結果がこの部屋である。内装は落ち着いていて部屋は汚れていない。週に一度来るハウスキーパーがこの部屋の清掃を担当している。机やベッドがごく普通の木製のものであるのに対してパソコンやモニターだけ高級なものを使っていて、高そうなクローゼットの中にはユニク口で買った普通の服ばかりが並んでいた。



 再生数は順調。もうまともにゲーム実況などしておらず、『断罪動画』と呼ばれるものばかりが彼の収入を支えていた。



 が。



「……ちっ、今日は再生数こんだけか」



『BCD』そのものに寿命が来てしまっていた。ヒニルは椅子を後ろに倒しイラつきながら指先で自身の髭を抜く。



 オンラインゲームの寿命は様々だ。1年続かないものもあれば10年以上続くものもある。だが『BCD』は競合のゲームが多く流行を他のFPSゲームに取られてしまっていた。それに加え過激化したヒニルを見て離れていった視聴者も多く今や再生数は最盛期の10分の1にまで落ち込んでいたのだ。



 このマンションは最盛期に入居している。故にその時の収入を前提としておりこのまま再生数が下がるとヒニルは家賃を払えない可能性もあり、それは本人のプライドが許さなかった。



「何かないか、叩いても許される奴。皆で嫌がらせをしてもいい奴は。……!?」



 明るい部屋の中、ビル街を見下ろしながらヒニルは顔を歪め検索を続ける。そしてついに見つけた。まさに今日起きた、『BCD』外ではあるものの機密情報漏洩によりRE社に大損害を与えたプレイヤーがいるという、最悪の事件。



 ヒニルにとって都合が良いことばかりだった。まずこの事件は有名で再生数が稼げること。次に機密漏洩に関わった悪人を断罪するという、わかりやすい形が取れること。そして何より『BCD』から離れ拠点を移す良い機会だったからだ。



「いける、これならヒニル復活だ!!!」



 顔を上げてパソコンにヒニルは文字を打ちこみ始める。生涯最高の笑顔を浮かべながらこのプレイヤー、オレンジを全世界の前で土下座させるために視聴者に連絡を飛ばす。だから当然知るわけもなかった。そもそも情報漏洩の責がオレンジにはないという事も、『HAO』の真実も。そしてなにより未島勘次という人間を。

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