クエスト発生!

 鋼光社は古くからある主に製薬で稼いでいた会社である。だが2025年のVR技術の発展、初めて脳と外部のコンピューターを直接つなぐことに成功した。その技術を生かして国内初のパワードスーツ並びに義肢の製造に鋼光社の主要事業は移行してゆくこととなる。



 ……というのは知っていたがゲームではかなり進歩しているようで改造人間やAPにまで関わっているらしい。運営は鋼光社に許可を取ったのだろうか。改造人間の製作会社って扱われたら社のイメージダウンしない?



「ふむふむ、やっぱり2055年の時のやつですね。しかしこれを修理するくらいなら分解してパワードスーツに仕立て直したほうがいいと思いますよ。社長」


「うーん、でも勘次君の頼みやから」


「そんなにAPの性能って悪いんですか?」



 プライベートエリアから引っ張り出してきた俺のAPを見てもらう。APの整備をやっていたこともあるらしいNPCのおっさんは固定具を外しながら内部の様子を見ていた。NPCだからといって適当に扱うと大変らしいので敬語もしっかり。いや再現がすごすぎるだろこのゲーム、AI技術だけで信じられないくらい稼げるのではなかろうか。



 おっさんはうーんと髭を触ってから苦々し気な顔で答える。



「初めは戦闘に使えると期待されていたのは事実だ。しかし蓋を開けてみるとあまりにも不要だったんだよ」


「というと?」


「機械獣を倒すなら改造人間や能力者で十分。それより強い分裂体を倒そうとするならこいつみたいな量産型APじゃなくて巨大な、何十メートルもある特別製のAPを使ったんだ。こいつは区別するために融合型Apollyon、と呼ばれている。融合型とは文字通り、機械獣を分解し組みなおすことで作られている」



 そこから一息おいておっさんは「つまり居場所がないんだよ。そいつが分裂体を倒せるならともかく機械獣しか倒せないのならパワードスーツや能力者の方が安上がりだ」と言い、背中を向けて修理を始める。



 ふむ。なるほど。つまりおっさんが言いたいのは「分裂体を倒せれば量産型APの有用性を認めてやるよ」ということなのか。できるならば俺も融合型とやらに乗ってみたいが全く見当たらない以上そちらを優先するべきだろう。



 でも分裂体って何なんだろうね。普通公式が情報ださないこういう部分?



「量産型APに搭載できる武器って何があるんですか?」


「ブレードとか戦車砲を流用したものとかくらいだ。わざわざ量産型AP用の装備を作る会社なんてそうそうねえよ」



 おっさんの話によると量産型APはやはり輸送機としては最適なマシンだったらしい。単体で戦える上に洪鱗現象で歪んだ大地の上も踏破できる。そのため空輸部隊とは別に陸路で兵士や融合型Apollyonの輸送を担ったらしい。



 それと洪鱗現象とは大地の大きな変動のことである、とも教えてくれた。なんでも鱗状になるように大地が盛り上がったり逆に吸い込まれたりして数多のインフラが酸素と共に消え去ってしまったと。確かに至る所に丘と谷が急に出現したらそりゃ大変である。水道管や道路の類は全て寸断されるし挟まれたら生きて帰れないし多数の建物が崩壊するわけで。



 むしろそんな状況なのに原型を保っているこの街は本当に何だろう一体。不思議である。



 おっさんは口を動かしつつスルスルと部品を取り換えてゆく。こいつ自体が鋼光社製だったこともあり手際は圧倒的だ。俺のやっていた応急処置とは違いみるみる機体がよみがえってゆくのがわかる。それを見て少しずつ前のめりになる俺の体を引き戻したのは紅葉だった。



「ここは撮影禁止やで」


「え、ダメなのか!?」


「うん。技術流出はうちらも避けたいからな。他の会社のやつなら全然大丈夫やねんけど」



 つまりオレンジ文書のことを過剰に意識する株主が技術流出について心配しないように、ということだな!と一人納得する。その横でレイナは紅葉の耳に口をあて「あれだけの事やっといて本当に理解してないんだよ彼」「嘘やろ!」と話している。紅葉は驚きの余り少し飛び跳ねていたくらいだ。いやわかってるよ、株主との関係でしょ?



「いや……まあ純粋に楽しめなくなったらかわいそうやしそれでええかぁ。うん、代わりに今度一緒にホライゾン社あたりの機密を引っこ抜きにいこう、それで勘弁してや」


「なんだその含みのある言い方は。包んで中身を隠してもいいのはアンパンくらいだぞ」


「カレーパンとか肉まんとか色々あるのに適当言うよね君。ちなみに私はこしあん派」


「やっぱ敵やな、うちは粒あん派や。あと他にはシュークリームとかもあるで」


「駅前の店はクリーム外から見えるけどね。あそこおいしいんだよね」


「あ、そこ受験の時にうちも見に行ったわ~。確かあの白い外装のとこやろ?」

「そうそう」


「……さっきの雰囲気はどこ行った」


「「スイーツ情報は大事!」や」



 ……はい。まあ少し共通点ができたようでなによりである。確かにスイーツの店って高いから気軽に入れないし、味の情報共有は大事だよね。この二人にそんな金銭的な心配があるのかは知らないけど。



 二人は少し和らいだ様子で全く関係のないスイーツの話を続ける。悪い雰囲気でしゃべり続けるわけにもいかないと思っていたのだろう、共通の喧嘩しない話題ができたのは良いことである。どうして初対面であそこまでいくのか分からないが。というかよく考えたら紅葉の態度も久しぶりにしてはすごい積極的だったよね。よくわからん。



 視線を修理中のAPに戻すとおっさんはコクピット周りを弄って、何かに気が付いた瞬間不快をあらわにする。一体何があったんだ、とAPの後ろに回り込むとそこにはガソリンがこぼれて回路内に侵入した跡があった。燃料の一部が漏れたのだ。ちなみにAPは燃焼兵器と同じくガソリン+専用の液体で稼働しているため、あれだけの被害をうけたらそりゃこうなるだろう。



「精密機械っつーもんは簡単に壊れる。もし隙間にガソリンが入って引火でもしてみろ、一撃で終わりだ。修理には時間がかかるから3日はよこせ」



 まあそういう事情なら仕方がない、と背後を振り返ると視線をこちらにではなく手元に向けたうえで女性陣二人は困惑していた。互いにウィンドウを開いたままその文字列に見入っているのを見てその真剣さに俺もシステムウィンドウを慌てて開く。



『Emergency!!! 緊急クエスト『UYK46式始原分裂体を討伐せよ』発生!!!』



 ……まだ修理終わってませんよ、あの。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る