鋼光紅葉
「そういや大学は決まったのかな?」
なんてことのない様子でレイナが聞いてくる。かなり意外だった。近所付き合いがあるとはいえレイナ自身が学校に行っていないこともありこの部分はタブーなのかと思っていたからだ。
「ああ、近くの国立に補欠合格でそのまま滑り込めた。ほら駅の向こうにあるじゃん」
「あそこか、結構頑張ったね。そっか、ふーん」
何やら言いたそうな様子でレイナは口をもごもごさせる。発言というよりはそれ自体を実行するかどうかを迷っているような様子だ。耳がクルクル捻っては戻るのを繰り返し続ける。
「うーん、実はさ、私もあそこに受かったんだよ」
「まじか、じゃあ同級生か!!」
口ごもったことには気になるがそれより今この事実の方が大事だ。高校の友人は他の大学に行ったり落ちたりして実は入学前の友人が0人という状況だったのである。しかしレイナがいるなら心強い。
「ところで何学部なんだ、レイナは」
「え、えっと君のほうはどうなんだい」
「何急に慌ててるんだよ。俺は工学部の機械だな」
「そう、私もそこなんだよ、うん!すごい偶然だ、これはありがたい話だね。4年間よろしく!」
「? おう、こちらこそよろしく」
レイナのよくわからない態度はさておき大学の友人となるわけである。宿題の答えを聞ける相手GET!、とはいっても彼女がどこまで賢いのかはあまり知らないが。
曲がり角を進む。道の端には物乞いや何かわからない汚れた部品を売る露店が並ぶ。その流れを断つように一つの店舗が構えられていた。なるほど、ここに集まっている人々はここにくる人のおこぼれが欲しいという事らしい。確かに武器屋にこれる人間であれば多少金があるし変な部品に需要があるかもしれないだろう。
今度こそブラックリスト入りしてないよな……?と思いつつ扉を開ける。店内は外装とは裏腹に明るく、樹脂でコーティングされた黒い机の上に商品が立ち並んでいた。左手にはカウンターが立ち並んでおりメンテナンスか何かをしていて、俺たちの方を見ると「いらっしゃいませ!」とあいさつをしてくる。店内に俺たち以外の客はおらず、ブザーもならない。少し安心する。
どうすればよいだろう、と戸惑っているとトコトコと作業着を着た少女がこちらに向かって歩いてきた。
「いらっしゃいませ。御用はなんですか~?、ってあ!」
「社長、それは我々の仕事です!まだ記憶も戻っておられないのですから安静にしていてください!」
え、こんな格差があっていいのだろうか。隣のレイナは表情を変えないが耳をピンと立てている。俺たちの前に要件を聞きに来た少女、社長と呼ばれた娘は――プレイヤーであったのだから。
俺NPCにあんな扱いされたのにこの娘は社長扱いなの???何この違いは。
カウンター前の椅子に座る。隣にはレイナ、向こうには社長と呼ばれていた少女がいる。黒髪のおっとりした美少女である。The日本人という容姿であり和服でも着ていればさらに似合ったのだろうがプレイヤーの初期装備である作業服とその体に走る刺繡のような線、改造人間の証がその印象を打ち消していた。何か見覚えがあるな、と思いながら俺は口を開く。
「『社長』ってスキルありましたっけ?」
「ないよ。そんなもんあったらここ一帯社長だらけやしね~。自己紹介しとくわ、プレイヤー名はクレハ。久しぶりやね勘次君」
「久しぶり……?ってあ、クレハってことはパワードスーツの!!!」
「やっぱそこだけおぼえてるんやなぁ。ほんと好きやったもんね」
本名を言われて一瞬ドキッとするも、その名前と顔立ちでかなり昔の記憶が思い出されて思わず立ち上がる。紅葉は俺が思い出したのを見て頬を緩めほにゃりと笑った。
同時になんとなく鋼光社に縁を感じた理由を思いだす。
そして紅葉側がここにいるもの当然だ。鋼光社の御令嬢である彼女だ。この前のブラックリストのように現実世界でやったことがゲーム内に反映されるならば彼女の将来社長になる、という立場が引き継がれてもおかしくないだろう。いやリアルのこういうところが反映されるの、クソゲー過ぎるが。
「……か、勘次。知り合いなのかな?」
「何動揺してんだよ。昔の同級生。いつぞや話した気がするけどほら、借り物競争でパワードスーツ着たオッサンが娘抱えて運動場全力疾走した事件。その子」
「あれは恥ずかしかったわ……」
レイナ、何故名前で呼ぶ。一体何に対抗しているんだお前は。
それはそうとあれは凄まじい光景だった。試作品らしきパワードスーツを身に纏ったオッサンが車を超える速度で運動場を走る姿。あの時の人工筋肉の動きに魅せられたのが俺のロボット道の導入であり、そこからゲームやアニメを得て巨大な方がカッコいいという結論にたどり着いたのである。それ言ったらオッサンに凄い睨まれたが。
紅葉は顔を乗り出し俺の手の上に自身の手を載せる。揉み込むように俺の手を触りながら彼女はレイナを視界から外したまま俺に話しかけた。
「そういや時期的には今度大学やんね。受かった?」
「受かったよ。ほら、大阪のちょい北にある国立大学。あそこの機械」
「ほんとに!?うちと同じやん!!!」
「マジか!!!奇跡だ、これは嬉しいぞ」
「……今答え知ってて聞かなかったかい、クレハさん?」
「なんのこと~?」
レイナが訝しげに聞き返すが紅葉は表情を変えずに答える。雰囲気悪いけど何かあったのかこの二人。友人+旧友がこんな状態で同じ大学とか考えたくないところである。仲直り計画のような何かを検討する必要がありそうだ。
まあそんな話はさておいて。さておけてしまうのが俺の性である。
「欲しいものがあるんだがここには置いてるか?」
「何や、欲しいもんなら全部買ったるで~」
「ママかお前は。紅葉ママ~、って呼んだらホントに全部買ってくれる説ありそうだな」
「流石に気持ち悪いなそれは……。久しぶりに会った旧友がママと呼んでくるのはホラーじゃないかな」
「……ええなぁそれ」
「「しみじみ言うなっ!」」
本気で期待する顔をしないで欲しい。母性スイッチ的な何かでも押してしまったのか俺は。昔はそんなでも、と思ったけど昔から世話焼きなタイプだったこいつは。変わっていないだけ……にしては変な方向に進んでいるようである。同級生にママと呼ばれる趣味、高度だ。
とりあえず要求としてAPの部品とパワードスーツ、あと拳銃をお願いする。紅葉が意気揚々と後ろの職人のオジサンに指示を出したかと思うとその数分後、カウンターは見本市のような状態となっていた。
まず机の上には4丁の拳銃とAPのカタログ。そして奥には3種類のパワードスーツ。そしてそれらは明らかに磨き上げられていてそこらで買えるようなものではなかった。他プレイヤーがつけているのはこれの数段下の中古品とかではなかっただろうか?
「まず手近な銃から説明するで~。なんでアサルトライフルじゃなくて拳銃なのかはよく知らんけどこの4つがここで扱ってるものや。右に行くにつれて口径が大きくなっていく代わりに反動と装弾数が減ってくんよ」
「なんか手慣れてるな」
「ここら辺は設計見たことあるねん。そして問題なのが銃弾や。勘二君は燃焼兵器って設定知っとる?」
「なんか説明書にあった気がするけど忘れた」
燃焼兵器。あるいは液体火薬とも呼ばれている。この世界では通常の火薬では機械獣とかいう敵に勝てないということでより火力の高い銃を作った。それが燃焼兵器、つまり個体の火薬の代わりにガソリンの類を使って弾を飛ばすというものだ。
ガソリンと専用の薬品がトリガーを引くことで急激に混ざり反応が進行し、通常の弾丸の倍以上の初速を発揮することができるわけである。では何故わざわざ燃焼兵器などと呼ぶかと言えば昔はその専用の薬品が無かったらしく酸素を装置から生み出してそれを武器に注入して使っていたかららしい。それで通常の火薬武器と区別して扱われたわけである。
因みに戦車や砲台に使われるのは古いのを除いて全て燃焼兵器である。
「今は酸素注入はいらんから楽やね。それで燃焼兵器の弱点やけど一発一発の反動が大きいねん」
「あー普通よりもか」
「うん。やから対機械獣なら小型の拳銃型燃焼兵器にすべきやし対人なら火薬式でも十分やと思う」
「まあそれなら最大口径の火薬式にしとこうかな。火力は欲しいけど反動ありすぎるとどうしようにもないしな」
「よしOK、単発式や」
無言が二人の間を包み視線が行き来した後、いえーいとハイタッチを交わす。流石紅葉、よくわかっている。
次にパワードスーツの説明をしてもらおうとしたんだが……それにはレイナがNOを出した。
「脳と連携させる関係上パワードスーツ付けるとAP操縦は出来ない仕様だよ」
となると俺は一生レイナにパワーで勝てないのか。APで踏みつぶすしか勝利ルートはないのか。俺の膝が地に落ちる。ゴツンと音がした、痛い。
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