RE社、さようなら

 目覚めたのは昼の13時くらいだった。カーテンの隙間から貫通してくる日光のせいでかなり寝覚めが悪かったがまあそれはいい。大事なのは昨日の結果である。



 翻訳ソフトを起動しながら掲示板を開くとお祭り騒ぎが発生していた。



【どうなってんのこのゲーム】HAO攻略本スレpart58【リアル訴訟?】


234 名無しのプレイヤー

今朝のオレンジ文書、テレビでも話題になってるな。なんで機密情報がゲーム内に入ってんだよ意味不明すぎるだろ



235 名無しのプレイヤー

というかRE社気が付くのはええな。公開してから数時間経ってないぞ



236 名無しのプレイヤー

>>235 社内でしか使われていないワードがHAO攻略スレから自動検知されまくったかららしい。



237 名無しのプレイヤー

運営から公式声明発表されたぞ!

『RE社はAPアポリュオンについて制作中の段階であるはずだ。しかし我々の持つデータは完成後の物である。この点についてどう説明するのか。またRE社のAP技術独占の行きつく先こそが2055年であると考えているのだがその点についてはどう思われるのか聞いてみたいところである』

……???



238 名無しのプレイヤー

話がわからん。

・ゲームのデータに海外企業の機密情報が混ざっていた←?

・だけどゲーム内のデータの方が機密情報より完成している←???

・というか発言的に機密情報が含まれている事を認めている←?????

・そもそも2055年is何



239 名無しのプレイヤー

ホラーか何かか?



240 名無しのプレイヤー

>>238 2055年はゲーム内で何かデカいイベントがあったという設定らしい。それをリアルに持ち出すのはかなり気持ち悪いな



241 名無しのプレイヤー

オレンジ君やっぱ被害者では




 ……よくわからないことになっているようである。慌ててネットニュースを調べるとオレンジの名前がRE社と共に至る所に出てきている。なんならRE社の株価は5%下がっている状態だ。



 とはいっても恐らく情報伝達漏れか何かだろう、と俺は思った。当たり前だがゲームに機密情報が全部入っているなんてあり得るわけがない。ならばこれは将来的にRE社とコラボレーションしてグッズか何かを出す予定だったのにデータが混入してしまったという類なのだろう。それを機密情報がどうこうと発表することで逆に世間の注目を集める、いわば炎上商法に違いない!これならばよくわからない言い回しの説明もつく。RE社に回答しているのではなく世界観の説明をしているのだ、これは。



 となれば俺のやるべきことはただ一つ、この流れに乗る事である。折角注目が集まっている、このタイミングを逃さずゲームの作り込みの凄さ、不親切さ、そして何より巨大ロボットの魅力を世界に伝えるのだ!


 

 布団から起き上がる。地元が田舎過ぎてまともに通える高校がなかった、という事情で俺は一人暮らしを早い段階から始めていた。だからこの部屋にいるのは俺一人である。散らかった足元に置かれていた菓子パンを口に放り込みVR機器を起動する。



 Miclosoft社の製作したVR専用機器をちょこちょこ弄り配信設定を行う。続いて動画投稿サイトY0utubeにアクセス、配信用アカウントを取得して直ぐにログインした。



「うわーまたこの路地裏か」



 どうやらここがプレイヤーの初期マイルームらしい。汚い路地裏、崩壊した左右のマンション、間に何故か収まっている巨大ロボット。路地裏なのにAPアポリュオンが入るとかデカすぎやしないか、と思いきややはりそのようで『プライベートエリア:容積過剰』と出ている。少し確認してみるとこれ以上物を入れられなくなるだけらしく今のところは問題なさそうだ。



 口元に手をやるとマスクが当たる。ゴツゴツした触り心地に触覚機能完璧だ、と思いながら落ちているガラスの破片を通して自分の今の姿を見る。



 中肉中背の少年、日本人としては少し珍しい茶髪でそれ以外は凡庸だ。因みに髪は地毛だ、染める勇気はない。その男は作業着の上から金属の籠手や手袋を装着していた。なんというか落ちぶれた兵士みたいな恰好である。そして最も特徴的なのは先ほど触ったマスクで威圧感のあるカッコいい品物でその端からはチューブが伸びている。



『酸素マスク:2050年以降『洪鱗現象』の影響で大気中の酸素は激減した。改造人間や獣人は問題ないが能力者、旧人についてはこれを用いて酸素を補給しなければならない。2050年では酸素不足により多数の死者が出たが現在は供給方法が確立されており価格は安定している』



 ……情報ウィンドウが長い。とりあえず思わぬ落とし穴、マスクを外すと死亡というクソゲーポイントを発見してしまった。それはさておき顔バレの心配は薄いようで、口元は隠れてるから知り合い以外はわからないだろう。顔をばちんと叩くと痛覚が俺の神経を叩き意識が引き締まる。俺はゲーム内コマンドの『配信』を選択しY0utubeを開き、ライブ開始を押した。タイトルは『オレンジによる実際にAPを分解してみる配信』。さっき作ったばかりであるから登録者は0……のはずなのにリアルタイム視聴者が既に30人いる。『HAO』の人気には驚くばかりである。



「見えてますかー。どうも、オレンジです。えーえー、とりあえず説明書とにらめっこしながらこのAPアポリュオンで遊んでみようと思います。えー」



 配信なんてしたことがないからまともに喋るのも難しい。恥ずかしさから逃れる為にコメント欄の表示されるウィンドウから背を背けコクピットに乗り込む。



「えーと、まずは昨日スレの人が調べてくれた通りに発電機を動かして操作プログラムを動かしてみようと思います。こいつをこうして、え?」



 足元にあった油まみれの箱を取り出し開けると何やらつまみやらワイヤーのついたグリップのついた箱が出てくる。俺も見たことのある発電機であるが使ったことなんてあるわけがない。戸惑っているとコメント欄を表示しているウィンドウからの音が耳に入った。



『それ右上のつまみを回して、スイッチをまずオンにすればいいらしい』

『引火するかもしれないから周囲の油は吸い取っておけよ』



 ……コメント欄が有能すぎる。本当にありがたい、と思いながら言われた通りに手を動かすとブルン、と装置全体が揺れた。電流を送るためのコードをぴったりはまるところに繋ぎ一気に起動するとコクピット内が光り輝いた。



 キャノピー部分に情報が投影される。


『RE社製Apollyonアポリュオン mass product量産型 type 起動』

『破損:両腕部、両脚部並びに全関節部』

『内部操縦プログラムは正常、神経接続により起動可能です』



 嘘だろまともに動かねえじゃんこれ……。絶望する俺に救いをくれたのはまたしてもコメント欄だった。



『オレンジ配信してるの草』

『p125見てみろ。背中に予備パーツ入ってるっぽい』

『これが今アメリカのパワードスーツ市場を荒らしている男ですか』

『腕の整備はp146からだね、このあたりに応急修理系の話は乗ってる。p300からは基礎原理や工場での修理、世界観の話だから無視してOK』

『関節部は修理しやすいよう部品が切断されます。修復は溶接で容易です翻訳なので間違いあるすみません』

『オレンジ文書は主に量産型APの整備、製造法が書かれているな。PVに出てるあの巨大なやつについてはさらに上位の機密らしい』



 素晴らしい連携である。いや上から目線で言っちゃだめだけれど。手元に説明書を出し図を見ながらコメント欄の情報と見比べ修理を始める。いつの間にか視聴者は2000人を超え海外の人のコメントも多くなっていた。



 指示通りに工具で関節部をこじ開け回路を露出させる。そこにカメラを寄せながら工具を向けて俺は叫んだ。



「いける、2000人の力を合わせればこのクソゲーでAPを修理することが!あと運営はまともなチュートリアルを実装しろ!」



 その日RE社の株価はマイナス20%を記録、時価総額にして6千億の損失を負うことになる。理由はオレンジと呼ばれる『HAO』プレイヤーによる機密情報『オレンジ文書』の実地検証であった。内部回路の様子や構造を5時間に渡り調べ全世界に配信したことにより他社による技術模倣が容易となったからであり、RE社によるパワードスーツ市場独占が崩れることを株主たちが危惧したのである。この一か月後程から各国からパワードスーツ、APの模倣品が発表される事がRE社による独占の終わりを示していた。以上が『第一次オレンジ恐慌』と呼ばれる一連の株価暴落事件である。



 同日18時、最終的に50万人が視聴したオレンジの配信がRE社による動画サイト本体への抗議により強制終了させられる。その後に『HAO』は12時間のメンテナンスに突入した。



『Ver1.07のアップデート内容

 ・RE社によるApollyon独占が崩壊しました。

 ・4タイプの量産型Apollyonが選択可能になります。

 ・既存の量産型Apollyonは使用不可能になります。その際新たに機体を選択しなおすことが出来ます。

 ・Apollyonの戦力増強により都市2つが全滅を免れました。マップと市場が更新されます。

 ・2050年の破滅は回避できていません。

 ・2055年の作戦は成功率0%を継続しています。』

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