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なんでも器用にできる紗奈に、私の努力が分かるの?
いつも誰かが助けてくれる紗奈に、一人で耐える辛さの何が分かるの?
「お姉ちゃんだから、妹にカッコつけたいのは分かるよ。カッコ悪いところを、みっともないところを見せたくないのも分かる。でも、それは姉の独りよがりかもしれないじゃない。日葵と話した? 真っ直ぐに顔を合わせて」
最後に、紗奈と顔を合わせて話したのは何時だっただろう。思い出せない。
私は日葵に優しく微笑みかける。
日葵は小さく、ゆっくりと頷いた。
「お姉ちゃんっ」
自身の姉が居るであろう、何もない空中をまっすぐに見据えて、日葵は叫んだ。雨音にも、濁流にもかき消されない、よく通る力強い声。
「あたしはお姉ちゃんに生きていて欲しかった。裏切り者でも、なんて呼ばれてても、私のお姉ちゃんには変わりないから、生きてて欲しかったんだよっ。どうして、あたしに何も言ってくれなかったの? あたしはどうすれば良かったの? 死んでから寂しいなんて言うなら、生きてる間に何か言ってよ。お姉ちゃんのバカっ。バカっ……バカだよ……」
そこから先は言葉になっていなかった。嗚咽を漏らしながら、日葵は何度も「お姉ちゃん」と呼んでいた。
私は日葵の頭を軽く撫でてから、日葵の姉が居るであろう空中へと向き直る。
「結局、嫌なもの全部から、妹からも逃げて。逃げて。何処までも。逃げて。立ち向かわない。ズルいんだよ。あなたは」
……私も。
日葵に何も告げなかったのは、これは自分の問題であり、妹に迷惑をかけたくないという姉なりの優しさもあったのだろう。でも、それで余計に妹から心配されてたら意味がない。
姉が妹を想うように、妹も姉を想っているんだよ。だって、ずっと一緒に居る姉妹なんだから。
日葵に巻き付いていた見えない力が、ふっと抜けた。
川の流れは変わらず強かったけれど、なんとか日葵を強く抱きしめながら、這いずるように川岸へとたどり着いた。そこで力尽きた。
二人並んで大の字に、砂利の河原に倒れ込む。背中に尖った石がぶつかって、ゴツゴツと痛い。
「日葵、大丈夫?」
息絶え絶えに、私は尋ねる。
「……うん。何とか」
同じように、日葵も息絶え絶えに答えた。
疲れきった身体は怠くて、もう指先すら動かしたくない。身体はびしょびしょで、背中はゴツゴツして痛いけど、目を瞑ったらそのまま眠ってしまいそう。
私は何度か深呼吸をする。
荒い呼吸が整う頃には、雨が止んでいた。散り散りになった雲の間から、星空が見える。私の住んでいる街の何倍も星が輝く空。
時間を確認するために、ポケットの中のスマートフォンを取り出す。画面にはいくつものヒビが入っていて、何度電源ボタンを押しても画面は真っ暗のまま。一緒にポケットに入っていた財布も、当然びしょ濡れ。
スマートフォンを壊したなんて、帰ったらお母さんに怒られるな。財布の中のお札は大丈夫かな? 破れてないよね。などと心配になったけど、今は体の怠さのほうが勝っていて動きたくない。
『ごめんね。日葵』
雨音に混じって、少女の声が確かに聞こえた。日葵に似ているけれど、大人びた優しい声。
謝るくらいだったら、最初から妹に迷惑かけるなっての……。
心のなかで悪態をつく。
自分は妹に謝ることすら、出来ていないくせに。
「お姉、ちゃん。あたしこそ。ごめん。大好きだよ。お姉ちゃん。お姉、ちゃんっ」
涙を流しながら、日葵は何度も大声で姉を呼んだ。
私は怠い身体を引きずるように動かし、日葵を抱きしめる。なんと言葉をかけて良いのか、やっぱり分からないので、何も言わずに日葵を抱きしめ続けた。嗚咽が止まるまで、ずっと。
「あっ」
まどろみかけていた私の腕の中で、日葵が声を上げた。いつの間にか、泣き止んでいたらしい。一日で何度も泣き叫んだから、声は枯れきってガラガラだ。
「お姉さん、お守りは?」
言われて、私は日葵からお守りを奪い取った右腕を確認する。何も持っていない。勢いをつけて何とか上半身だけ起こして、辺りを見回す。暗くてよく見えないけど、お守りらしきものは見当たらない。
「あー、流されちゃったかも」
「流されたって……どうするのさ?」
疲労困憊で声を出すのも億劫な私に対して、日葵は慌てながら立ち上がって、周囲を探し回っている。元気な子。
お守り自体は迷信だからと信じていないが、姉の時と同じように、周囲の大人の態度が変わって、龍神様の川にお守りを流されたのだから、姉妹揃って龍神様の花嫁になるべきだと言われるのを恐れているのだろう。
疲労から考えが纏まらず、ぼんやりと寝転がったままで私は考える。
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