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「んー、私に盗られたことにすれば? 誰かに盗られたなら、龍神様の花嫁にならなくて済むでしょ。もう裏切り者だの余所者だの呼ばれてるから、今更、泥棒とか追加されても気にしないよ」
「でも……」
「神様の孫の言うことが信じられないの? それとも、お守りを盗られた相手のとこに行かなきゃいけないなら、本当に家に来る?」
なんだか大層なことを言った気がしないでもないが、寝起きのようにぼんやりとした頭では考えが纏まらず判断ができない。
「……それも、良いかもね」
ふっと笑ってから安堵の息をついて、日葵は再び私の隣に寝転がった。互いの体温を共有するように、濡れたままの身体を寄せ合う。
日葵を安心させられたのなら、大層な言葉を言ったのも間違いではなかったのだろう。
ああ、本当にきれいな星空。紗奈にも見せてあげたいな。このまま眠ってしまいそう。
「……おーい……日葵―……」
遠くから、かすかに少女を呼ぶ数人の声が聞こえた。
♯♯♯
「ああ、もう暑い。シャワー浴びたい」
うらびれたバス停で、私はバスを待っていた。
合唱コンクールのような蝉の大合唱が、村を出て、街に帰る私を見送ってくれているような気がした。いや、そんな心地良いものじゃないな。うるさい。
昨日。河原で倒れていた私と日葵は、探しに来た日葵の両親や近所の人たちに発見され、保護された。
暗くなっても帰ってこない日葵を心配した両親が、近所の大人たちに協力してもらい捜索。見知らぬよそ者と山に向かったというやましたさんの証言から、私たちを発見したらしい。
初めは日葵を誘拐した犯人にされかけたけど、日葵自身の説得でなんとか事なきを得た。
よそ者だけど一応、娘を助けてくれたからと、日葵の両親が車で祖母の家まで送ってくれた。運転席には日葵の父親、助手席には日葵の母親、後部座席に私と日葵が座った。
車中では日葵を助けたことの対して軽くお礼を言われた以外は、お互いに終始無言だった。目も合わせてくれなかった。
そんな気まずい空気から逃れるように、私は窓の外を眺めていた。光源が少なくて何処までも続くような暗闇の中に、民家の明かりだけがぽつりぽつりと人魂のように浮かんでいる景色をぼんやりと眺めていた。その隣で日葵は静かに、のんきに寝息を立てていた。幸せな子。
祖母の家に戻ると、荷物を置いていた部屋の畳に倒れ込んで、疲労から着替えもできずに泥のように眠った。もうチクチクと背中に刺さる畳のささくれも、人の顔に見える天井の木目も気にならなかった。
朝、目覚めてから持ってきていた服に着替えた。汗や川に入った汚れを落とすためにシャワーを浴びたかったけれど、祖母の家には古びた浴槽しかないし、そもそも水道もとっくに止められていたので諦めた。とりあえず、持ってきていた制汗シートで全身を拭いた。
お腹が減っているけど、ファミレスみたいな、気軽に入れそうな場所の無さそうなこの辺りのお店は、昨日、日葵に案内してもらったやましたさん所しか知らない。
地元の定食屋のようなお店は見つかるのかもしれないけど、昨日のようによそ者だ、裏切り者だと嫌な思いをするのも嫌なのでやめておいた。
朝ごはんは、持ってきていたお菓子とミネラルウォーター。それだけ。
今はシャワーやご飯を求めて、いち早く街に帰ろうとしているのだ。
古ぼけたエンジン音を立てながら、バスが到着した。錆びついたドアがぎこちない動きで開く。
バスに乗ろうとキャリーバッグを持ち上げて、ステップに足をかける。
「こんにちは。お姉さん」
背後から声をかけられて、少し驚きながら振り返った。聞き慣れた少女の声。
「日葵」
「もう大丈夫なの?」
「うん」
心配する私に、日葵は小さく頷いた。
「その服……」
昨日着ていた、純白で裾が地面に引き摺ってしまいそうな、サイズの合っていないワンピースではなく、シャツにハーフパンツという一見すると男の子のような活発な服装だ。
「あれはお姉ちゃんの。お姉ちゃんの格好をして、あの場所に行ったら、お姉ちゃんがどうして死んじゃったのかが分かる気がしたんだ。意味があったのかは分かんないけど」
「今の方が似合うよ」
「だよねえ。あたしもそう思う」
服に着られているようだったワンピース姿とは違い、今の日葵は活発な少女らしさを全面に出しているように見えた。
「もう帰っちゃうの?」
寂しげに日葵が問う。
「うん。私に田舎の空気は合わないみたい」
どうしても街に帰りたいかと問われれば、そうでもない。でも、なんとなくだが私の生きる場所はこの田舎ではなく、家族が居て、友達の居る街なのだと思う。
「寂しくなるねえ」
のんびりとした口調だが、その端々に日葵からの別れ難い気持ちが滲み出ていた。
「こればっかりは仕方がないよ。そうだっ……」
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