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同じ家に住んでいるのに、一言も話さない。たまに目が合っても、互いに意地を張って目を逸らしてしまう。そして、自分の部屋に逃げ込んでから、意地を張る紗奈と、謝れない自分への怒りで布団にうずくまる。
「お姉さんって、妹さんのことが嫌いなの?」
「え、ううん。違う。嫌いじゃないよ。嫌いじゃないんだけどね……」
上目遣いに覗き込む日葵の問いに、私は慌てて否定した。これだけ妹に対する妬みを話せば、日葵が疑問に思うのもおかしくない。
「ちょっと、今は喧嘩中。かな」
「なあんだ」
日葵は明るい声で言い、軽快に手を叩いた。
「喧嘩してるなら、謝れば良いんだよ。あたしもよくお姉ちゃんと喧嘩するんだけどね、最後にはどっちかが『ごめんなさい』って言って仲直りするんだ。……でも、また違うことで喧嘩しちゃうんだけど」
言って、日葵は照れくさそうに笑った。
「……そうだよねえ。謝ればいいだけ、なんだけどねえ」
今更、どう声をかければ良いかもわからない。もし話しかけられたとして、紗奈との関係が更にこじれてしまったら。そう考えると何も出来ないでいる。
幼い頃はすぐに「ごめんなさい」と謝って仲直りできたはずなのに、そんな簡単な事が大きくなった今はどうして出来ないんだろうか?
「……お姉ちゃん?」
心配そうに尋ねる日葵の声に、はっと我に返った。
「大丈夫? 熱中症?」
「ううん。大丈夫」
頑張って口角を上げて、笑ってみせながら「大丈夫」ともう一度呟いた。
そう、大丈夫だ。
「ね、お姉さん。一つ聞いていい?」
日葵は先程からの明るい表情ではなく神妙な面持ちで、こちらを見ること無く尋ねる。
何を問われるのか検討もつかないので、黙ってその顔を見ていた。
「あのね」
沈黙を了承だと受け取った日葵が口を開いた。
「ウラギリモノで生きてくのって大変?」
「は?」
ウラギリモノという聞き慣れない単語に、私の口からは高く変な声が出ていた。
「裏切り者って……意味分かってる?」
私は機嫌を損ねたのを隠して問い返した。
子供とはいえ今日あったばかりの日葵に、裏切り者なんて不名誉なレッテルを貼られて、気分の良いものではない。
「バカにしないでよ。裏切り者っていうのは約束を破ったり、仲間を見捨てて敵になる人のことでしょ。テレビで見たよ」
「まあ、そうだね」
同意すると、日葵は得意げに鼻を鳴らした。
「神様がよく言ってたよ。あの子たちは私を捨てた裏切り者だから。私が生きている内は、きっとここに帰ってくることはないだろう。って。だから、神様が死んじゃったから戻って来たんでしょ?」
どうやら、カミサマ――私の祖母は家を近道にしていた日葵やその友達を引き止め、寂しさを紛らわすためなのか、話し相手にしていたのだろう。その中には身内話も含まれていて、娘が自分を捨てて村から出ていった裏切り者だと吹き込んでいたんだ。
少しでも、孤独に暮らしていたのかもしれないと、同情した私が馬鹿だった。
「別に裏切ったつもりはないよ。それに、決めたのはお母さんだからね、小さかった私に決定権なんてあるはずもないし」
今の私は何かを決める決定権を、持っているんだろうか?
お母さんは若い頃に田舎の窮屈さと、祖母に嫌気が差して村を出たらしい。そして、お父さんと結婚をして、娘――私が生まれてからまた実家である祖母の家に同居することになった。
でも、二年くらいで我慢が限界になって、癇癪を起こして村を出ていったとお母さんに聞いた。
どうして、一度家出した実家に戻ろうと思ったのか、理由を尋ねると、
『お父さんのせいよ。お父さんの家はねちゃんとした家なのよ。ちゃんとした両親が居て、ちゃんと育ててもらって。ちゃんとした家に育ったから、私の母がどんなヒドイ人間か、話だけでは理解できなかったの。だから、お母さんと同居するべきだ。なんて言えたのよね』
と棘のある言い方で、お父さんを嫌味に睨んでいた。
「ふうん。じゃあ、お姉さんは裏切り者の娘なんだ。裏切り者って大変?」
「別に」
私は即答した。
「裏切り者だなんて、この村に来て初めて言われたから」
村の外で私を裏切り者なんて呼ぶ人間は居ない。私の家庭の事情を深く知っている人間も居ない。
その単語自体、先程の日葵が言った通りにドラマや物語の中でしか聞かない、私にとって現実感のない言葉だ。
「やっぱり、裏切り者でも生きていていいんだよねえ」
顔を伏せて言う日葵の表情は憂いを帯びていて、大人びて見えた。その表情の意味が分からず首を傾げて見つめていると、日葵はパッと明るい表情に切り替えた。
「そろそろ、行こ。遅くなっちゃうよ」
地面を蹴って飛び跳ね、日葵は立ち上がった。
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