第8話 魔王様のピンチ

 特務魔物課に配属されて一ヶ月。

 魔王様とはちょくちょく二人で会うことが多くなった。

 他人が割って入ってきても、俺の目と耳には少女としての姿でいた。

 なぜ、俺だけ魔法を解いたのかというと、

「おれの秘密を知っている人物が欲しい。なにかあったら協力してくれ」

 と言っていた。

 魔王様が少女、というのは内緒にしている。

 牧場の魔物たちを一通り手懐けた。

 ゲコルたちには弓矢部隊、ペガサスとの騎乗部隊を育て上げた。

 ペガサスも俺を乗せられるくらいにはなった。

 だが、ケルベロスに乗った時の爽快感は素晴らしい。

「なに、ケルベロスライダーになってんのよ。馬鹿」

 ルーチェ様が愚痴ると、一匹のワイバーンと兵がこちらに向かってきた。

 ここに来る物好きはいないはずだ。

 来るとしても、魔王様のはずだが……。

「なにかあったの?」

「魔王様はこちらにいませんでしょうかッ!?」

「そんなに慌てて、一体……?」

「正門へ人間の軍が攻めて来たんですッ! 数は10万を超えていますッ!」

「そんなッ!?」

 魔王様の懸念通り、人間の軍が攻めてきた。

 しかし、気になるのは――、

――魔王様が見つからない?――

「はいッ! 長剣を持っていかれて、出ていったらしく……」

 魔王様不在で、この国を護らないといけないのか? いや――。

――ゲコルとペガサスを戦線に送りましょうッ! 俺とケルベロスで、魔王様を捜してみますッ!――

「なら、あたしも戦線にッ! 四天王で凌いでいるんでしょうッ!?」

「ルーチェ様は魔王様の捜索をお願いしますッ! それまでは、我々で凌ぎますッ!」

「わ、わかったわッ!」

――でしたら、ゲコルとペガサス部隊を預けますッ! 微力ながら力添えできると思いますッ!――

「わ、わかりましたッ! では部隊を引き連れていただきますッ!」

 ワイバーンが飛び去り、ペガサスに乗ったゲコルたちが後を追っていく。

 全員、無事だといいな……。

――俺たちは魔王様を捜しましょう――

「でも、どうやって捜すの? 手掛かりなんて――」

――実は俺、魔王様の手掛かりを預かってます――

「ホント?」

――魔王様の短剣、子供の頃からの私物だそうで――

「いやに、あんたと魔王様って仲良いわね?」

 ハハハ、と笑ってごまかす。

「おれの宝物だ、受け取ってくれ」

 と言ってもらって一週間、まだ彼女の匂いは残ってるはずだ。

 ケルベロスたちに短剣の匂いを嗅がせる。

 ケルベロスの30もの頭が同じ方角を向いた。

――国の外壁に向いています。おそらく向こうに……――

「わかったわッ! 急ぐわよッ!」

――はいッ! いくぞッ!――

 ルーチェ様は翼で、俺はケルベロスに乗って魔王様の跡を辿っていく。


 外壁を超えた先には、やはり――。

「魔王様ッ!」

 いたのは、傷だらけの魔王様と国から追い出したはずの魔族の男たちだ。

 人間が魔族の子供にナイフを突きつけているところを見ると察するに、魔王様を殺すための人質に使っている。

――魔王様、ご無事ですかッ!?――

「ザック……、そのケルベロスは……?」

――こいつのおかげで会えました――

「ああ、君、という人は……」

「男同士でなに話してやがるッ!」

 男が怒鳴って魔法を撃ってくる。

「させないッ!」

 ルーチェ様が打ち消す。

「クソッ! この堕天使がッ!」

 ルーチェ様が魔法を放つ。

「早くお逃げになってくださいッ!」

 魔王様が首を横に振った。

「いや、俺が逃げるわけにはッ!」

「そうだよなあ? 手を出したり、逃げたりすれば、このガキの命はないぞッ!」

 こいつら、魔界を裏切って人間側に付いたんだなッ!

「よくそんなことできるわねッ! 裏切者ッ!」

「天界から堕ちた女がよく言うぜッ!」

 ルーチェ様と男が戦っている中、俺はボロボロの魔王様の下へ駆けつけた。

――魔王様、まだお姿を……?――

「……ああ」

 やはりか。男に見せる魔法で力が弱まっているからな。

――あの子供は俺たちでなんとかします。魔王様はその間に治療を――

「……子供の命が懸かってる。おれは逃げ出せないよ」

 頑固だよ、魔王様……。

 ならば――、

――一つ、酷な提案をしてもよろしいでしょうか?――

「許す。話せ」

――魔王様の力は魔界中への魔法で削がれています。だから――

「おれを、女として戦陣に立て、というのか」

――そうじゃないと、あなたが死んでしまいます。魔法を解いて、本当の自分で戦ってください――

 魔王様は苦悶の末、考え抜いた。

「……そう言うなら、わかった。解除する。だから、こっちに来てくれ」

――はい? 一体なにを?――

 その瞬間、俺の口は閉ざされた。

 目の前の少女の唇で閉ざされたのだ。

「なッ!?」

 ルーチェ様たちも驚く。

 俺の、ファーストキスだった。

 少女の唇から出てきた舌が俺の口の中を犯していく。

 他人には男同士のキスに見えるのだろう。

 しかし、魔王様が俺を掴む力が強くなることを感じ取ると、俺はルーチェ様たちが漏らした言葉を聞く。

「えッ? 魔王? 様、その、お姿は?」

「馬鹿なッ!? 魔王が、女だとッ!?」

 俺から唇を離した魔王様は舌なめずりし、マントを上へ放ち、黒い鎧を、服を破くように脱ぎ捨てた。

 すると、上半身はブラどころか、布も糸も纏っていない。

「「なッ!?」」

 全員が絶句した。無理もない。

――魔王様ッ!? なんでなにも付けてないんですかッ!?――

「だって、蒸せるんだよ。こっちの方がいい」

 魔王様が俺に上半身を向けてきた。

 魔王様の生乳を見るの、これで二度目だな……。

「ちょっと、片付けてくるよ」

 俺にウィンクしてきた。

 クソッ、可愛い上に頼もし過ぎるッ!

「な、なに、言ってやがるッ! こっちには人質が――ッ!」

 男の次の言葉はなかった。

 魔王様がロングソードで、男の首と、人質を抱えた人間の首を切断したのだ。

 そして、取り巻きたちの首が転がっていった。

「えッ?」

 ルーチェ様が絶句する。

 嘘だろ……?

 魔法のせいで力が削がれたと聞いたけど……。

 本当に10倍くらい強くなってないッ!?

 人質の子供も解放できたし、よかった――。

「……」

 子供が鼻血出してるッ!

「うん? どうした? ああ、坊主か」

――当たり前でしょうがッ! 少年の教育によくないですよッ!――

 宙をまったマントを、それを拾いがてら羽織っていく。

 これで胸は隠れ――きれてない。

 隙間から胸が見えます。

「これでよし。坊主、貴重な経験をしたな」

 いやなに、いいもの見たね、みたいな感想なの?

「そ、そういう問題ではありませんよッ! あなたは、本当に……」

「ルーチェ、隠して悪かったな。これが魔王の、おれの本当の姿だ」

 俺は急いで子供を回収する。

 鼻血を止めるために鼻にティッシュを詰め込んだ。

「ザック、敵の軍勢は?」

――正門へ人間の軍勢が押し込んできています。おそらく、魔王様を殺した算段で来ているんだと――

「なるほどな。男の俺、だったらそれで通ったかもしれなかったな。だが、おれが柔肌をさらけ出したんだ。奴らはとんだ計算違いだったな」

――魔王様、マントだけでは胸が見えてしまいますよ。せめて、俺の服を――

「いい。おれの乳は多少隠れている。乳首さえ見られなければ問題ない」

――いえいえッ!? 女の子がその発言はどうかと思いますがッ!?――

 じゃあ、ブラを付けてなかったのって、そういう性癖だったからか?

「なんなら、見るか?」

――怒りますよッ!?――

「おれは気にせんぞ。お前に見せてから行った方がむしろ清々しいかもな」

――俺が困りますってッ!――

「ま、そこのところは気にするな」

――魔王様――

「いってらっしゃいのキスは欲しいかな」

――冗談が盛り過ぎですって――

「冗談じゃないよ」

 今度は頬にキスしてきた。

――魔王様ッ!――

「それじゃ、戦陣に行ってくるッ!」

 魔王様は身の丈以上のバスターソードを召喚し、ワイバーンに乗って戦場へと飛んでいった。

 文句を言う暇もなかった。

「あんた、魔王様のこと、知ってたの?」

 ルーチェ様がお怒りだ……。

――は、はい……――

「へえー。あたしの知らない間に、仲がいいわねえー?」

 すごく冷たい視線で睨んでくる。

 誰か、助けて……。


 その後の戦況はあっという間に一変した。

 少女、魔王様がたった一人、大剣一振りで攻め入る人間の軍団を壊滅させた。

 防戦一方だった四天王の三人を含めた魔王軍はそれを見ることしかできなかったという。

 10万を超えた人間の軍勢が、肉塊と血の雨を降らせる材料になっていた。

 それを見た指揮官たちは逃亡。

 だが、魔王様はそれらを一人も逃さず斬り捨てた。

 戦意喪失した人間の捕虜を1万人手にし、防衛戦は終わりを告げたのだった。

 俺はその間、魔王様との件について問い詰められ続けた。

 でも、ゲコルとペガサスたちが全員無事で帰ってきてくれたのは嬉しかった。

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