第7話 魔王の秘め事

 まさか、着任一時間で報告をしなければならんとは……。

 俺は魔王室のドアをノックして開ける。

――すいません。例のゲコルの件でご相談が……――

 魔王室のドアを開けると、そこに魔王様はいなかった。

 魔王様は。

 白銀の長髪、褐色の美少女がほぼ半裸、上半身はブラ一つ付けていない状態でいたのだ。

「なッ! なななななッ!」

 美少女の顔が真っ赤になる。

――すみませんッ! 部屋を間違えましたッ!――

 急いでドアを閉めたッ!

 部屋を間違えて――いないッ!?

 どういうことだ?

 もしかして、魔王様の婚約者? 許嫁? 隠れ妻? それとも娼婦?

 いずれにせよ、魔王様のプライベートに踏み入ったのはまずいッ!

 消される……ッ!

「俺だ。入れ」

――えッ? 魔王様?――

「いいから入れ」

 ……おかしい。

 魔王室にはここ以外ドアがなかったはずだ。

 窓があったはずだが、外で人々が往来する広場から侵入するか?

 やはりおかしい。

 あの少女しかいないはずだ。

 まさか、魔王様を狙っている暗殺者かッ!?

「お願い。入って」

 今度は少女の声だ。

 俺は爪を尖らせてドアを乱暴に開けた。

 そこにいるのはやはり先ほどの美少女だ。

 さっきと違って、魔王様のマントを羽織って肌の露出を抑えている。

 俺は爪を彼女に向けている。

 前世で観た映画で例えれば、彼女に拳銃を向ける場面だろうな。

 俺は一切油断しない。

「俺だよ。ザック」

 えッ? 美少女から魔王様の声が……。まさかッ!?

――魔王様、なのか?――

 美少女は頷きながら、

「ああ。驚かせてすまないな。これが本来のおれだ」

 魔王様……のようだ。

 俺の知る魔王様の声から徐々に少女の声に変わっていた。

 身体が一回り小さく、身体が少女になっても、俺を見る目つきは完全に魔王様のものだ。

「信じてくれたか。なら結構だ」

――どうして?――

 俺は疑問を口にした。

「先代の魔王のことは知っているか?」

――ええ。確か、魔王様の御父上だと……――

「そうだ。おれの父様は偉大な方だった。おれでは手が届かないほどな」

――それがなぜ男装をする理由になるのです?――

「転生してまだ日が浅いお前は知らなかったな。父様は人間からの侵攻を喰い止めるため、病の身体に鞭打って戦線に出たんだ。だが、人間より永い命の魔族、それが魔王だとしても、病には勝てなかったのさ」

 病気か……。辛かっただろうな……。

「それで、娘であるおれが継ぐことになったのさ。でもな、女の魔王に従って喜ぶ者がいるか? もしかしたら、それが原因で魔界に混乱をもたらすかもしれない。幸い、魔王に子供がいる程度しか民には伝わっていなかった」

――その姿を知る者は?――

「屋敷の使用人、執事はおれのこの姿を知っている」

――ずっと、男として振る舞うのですか?――

「それだけで魔界が平和なら、おれは男として生きていくつもりだ」

 魔王様の覚悟は本物だ。

 でも、だからこそ心配なことがある。

――魔王様は辛くないのですか?――

「ああ。流石に魔界中の全員の目と耳を騙す魔法で、おれは本来の力の10分の1しか使えない」

――そうではありませんッ! 女の子として辛くないのですかッ!?――

 つい、声を荒げてしまった。

 魔王様の前なのに、無礼すぎる。

 殺されるかもしれないが、土下座をしなければッ!

――も、申し訳ありませんッ! 失言でしたッ!――

 殺されてもしょうがない。文句は言えない。

「やめて。顔を上げて」

 魔王様から優しい声がかかる。

 魔王様の命令、いやお願いするような感じだった。

 床から顔を上げると、魔王様が涙目で俺を見つめていた。

 これ、顔を上げていい場面なのか?

――魔王様……――

「いいよ。怒ってもいないから。おれ、初めてだった」

――えッ?――

 魔王様が涙を拭うと、今度は笑って俺に手を差し伸ばした。

「初めてだよ。おれをそんな風に心配する人は」

 俺は魔王様に起こされ、また目線を下げる。

 こんな力強い少女が、魔王というラスボス的な大役を担っているのだ。

「ありがとう。ザック」

 フフッ、と魔王様が可愛らしい笑顔を見せる。

 俺はつい照れてそっぽを向いてしまう。

「そうやって、おれからそうやって目線を逸らす者もだよ、ザック」

――からかわないでくださいよ……――

 魔王様は意地悪だ。

 悔しいが可愛いのも事実だ。

「ところで用件はなんだね? おれに用があったんだろ?」

 落ち着いたところで、俺は用件を伝えた。


「それで? どうだったの?」

 牧場へ戻ると、眠っているケルベロスを背もたれにして待っていたルーチェ様に報告する。

――泉の件は明日には改善してくれるそうです――

「そ。カエルの件はどうにかなるわね」

――ええ、あとは地道に彼らを育てましょう――

「どれくらいの見積もりで言ってるのよ?」

――三ヶ月くらい、ですかね――

 俺の発言を聞いたルーチェ様は落胆した。

「そ、そんなにかかるの?」

――ただのカエルの魔物を戦士に鍛錬させていくんですよ? それに、ペガサスとケルベロスも躾しないと、実戦でケンカしますよ、また――

「うへぇ。結構損な役回りじゃない?」

――今更なに言ってんですか。ルーチェ様も協力してください――

「わかったわよ……」

 これからルーチェ様とこの魔物たちを育てていくんだ。

――じゃあ、またケンカしないか見張っててくださいね――

「は? あんたは?」

――実は、引き続きワイバーンの世話もするように、と魔王様が……――

「はい?」

――そういうことで、お願いしますね――

 俺はルーチェ様を牧場に残し、ワイバーンの竜舎へと歩いていった。

「ちょっとー」

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