第5話 異動

 翌日、朝飯を食べに食堂へ向かっていると、俺への視線が熱かった。

 対抗心を燃やす者、感嘆している者、妬みを持つ者、様々だ。

 一体なんなんだ?

 日課で食堂前の看板に目を通す。

【通達:ルーチェ、ザック、以上の二名は朝食後、魔王室まで来るべし 魔王】

 マジでか……。

 ザックというのは他ではない。俺のことだ。

 どうしたものか……。

 いや、行かなきゃならんのだけど。

 に、しても心当たりなんてないぞ。心当たりなんて……。

 あるな。

 昨日、魔王様の異動を断ったからだ。

 多分、そうだろうなぁ……。

「なに浮かない顔してるのよ」

 後ろから優しく頭を叩かれると、ルーチェ様がいた。

――でも、これは俺のせいじゃないですか?――

「いいのよ。現に魔王様があたしたちを呼んでる」

――落ち着いてますね。なにが起こるかわからないってのに――

「ま、まあ。色々あったわけだし、それに……」

――それに?――

「ううん、なんでもないわ。早く朝飯食べましょ。魔王様を待たせるわけにはいかないものね」

――そうですね。あ、でも……――

「スライムたちのことは魔王様の話が終わってからよ」

――わ、わかりました……――

 スライムたち、腹を空かせてないかなぁ。

 腹があるのかはわからんけど。

 それも気になるけど、ルーチェ様と一緒にご飯を食べていくなんて初めてだな。

「ほら、とっとと行くわよッ!」

 ルーチェ様に手を引っ張られて、俺は食堂へと入った。


「い、異動……?」

 ルーチェ様と俺がここに着いて、魔王様から直に聞いた言葉がそれだ。

 ルーチェ様は動揺を隠せていなかった。

「なぜ、あたしが異動になったのですッ!? 理由をお聞かせくださいッ!」

 ルーチェ様は魔王様の机を叩かんばかりの勢いで訊いてきた

 魔王様は柔らかなソファーに座りながら、落ち着いて紅茶をお飲みになった。

「ザック、ルーチェがどこに配属されているか知っているかね?」

 俺に振ってきた。確か……、

――確か、対天界災害本部、でしたよね?――

「そうだ。それが近々なくなる予定でな、なくなる前に異動しよう、というのだ」

「えッ? あたしの職場なくなるのですかッ!? 天界が侵攻してきたらどうするのですッ!?」

「心配するな。緊急会議本部は君に委ねるよ。だから、通常勤務の間は、俺が新設した特務魔物課にいてくれ」

「特務魔物課? なんです、それ?」

 魔王様が俺に視線を送ったな。

 もしかして、昨日の異動の話って……。

「魔王様、納得できませんッ! ハッキリと申し上げてくださいッ!」

 ルーチェ様が今度は思いっきり机を叩いた。

「ハッキリ、とか……」

「はいッ! そうでないと納得できませんッ!」

 魔王様はゆっくりと立ち上がった。

「言えば納得するんだな?」

 その言葉にルーチェ様はなにも反応できなかった。

 畏怖があったからだろうか、緊張があったのかはわからない。

 事実、直面していない俺でも言葉に表せないほどのなにかを感じている。

「ザックが君の下を離れないからだ」

 ルーチェ様が目を丸くした。

「えッ? それだけ、ですか?」

「ああ。元々、あの部署は潰れる予定だったからね、ちょうどよかったのさ」

「そんな……」

 落胆して膝がくずれるルーチェ様。

 もしかしなくても、俺のせい、だよな……。

「ザック、お前が気にすることはない。どの道、就いてもらわないと困るのだよ」

――ですが、これでは俺がルーチェ様を……――

「気にするな、と言っている。お前たちにはそれ以上の大役を担ってもらわねばならん」

 気になったことを質問するか。

――大体、特務魔物課ってなんなのですか?――

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ふふん、と鼻を鳴らして魔王様は得意気に言った。

「最近、この魔界に人間が侵攻してきているだろ?」

――確か、近々戦争になるのではないか、という噂を耳にしたことがあります――

「ああ。人間の一国が増長して、こちらに侵攻しているのだ」

――急な話ですね――

「そうだろ? 俺としても、これをどうにかしたいわけだが……」

――民に徴兵するわけにもいきませんからね――

「ああ。だからこその魔物なのだよ」

――だとしたら、なぜ俺に白羽の矢が立ったのです?――

 そんなの、他の強者にでも任せた方がいいのではないのか?

 そうでなくとも、軍の教官とか――。

「君はあのワイバーンたちを懐柔しているだろ?」

――懐柔? そんな覚えはありませんよ?――

「では、お前がワイバーンにしてやったことはなんだ?」

 唐突な質問だな。

 日課でも言えばいいか。

――えー、まずはエサの肉の調達ですね。それから放牧させて、その間にねぐらの掃除を行います。あと、水の品質にも気をつけてますね。他に……――

「もういい。予想以上だな……」

――えっと、なにか問題でも……?――

「いや、魔界の中では異例なことなのだ。ワイバーンが喜んでいるように見られるのは」

――そんなにですか?――

「異常だ。俺たちが選ぶ側じゃなく、ワイバーンに選ばれる側になるのはな」

――でも、乗れなかったという報告は聞きませんでした――

「ああ。黙ってほしいと言われたからな」

――竜騎士のプライドなんですかね?――

「だろうよ。自分のワイバーンに乗れない、なんて恥だからな」

 それはお気の毒だ。

――でも、ワイバーンをただの乗り物として扱われなくなって嬉しいです――

「お前は正直だな。ま、これは良い傾向だと思っているよ」

 しかし、気になるのは――、

――ところで、特務魔物課で俺たちはどうすればいいんです?――

「それはこちらで用意した魔物をそだててくれればいい。資料を渡そう」

――ありがとうございます――

 魔王様から魔物に対しての書類を渡された。

 どれどれ。

【ケルベロス 10頭 注意:肉食につき乱暴の恐れあり】

【ペガサス 20頭】

【ゲコル 30匹 注意:カエルと同じ思考】

 うん、これはやばい。

――あの、用意された牧場は?――

「うん? 一つだけだが?」

 いや、ダメだろッ! 二種類が喰われてケルベロスだけになっちまうだろッ!

――魔王様、いくらなんでも無茶、いえ、せめてもう一つ用意できませんかね?――

 魔王様はにっこりと笑顔で、

「悪いが、それで頑張ってくれ」

 いきなり地獄かよ。

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