第4話 魔王様からのお誘い

 俺は日々の雑務をこなしていった。

 それはワイバーンたちの世話だった。

「おい、あれ、ルーチェに使われている……」

「やめとけ、声をかけるな」

 魔王軍の人々はそんな俺を蔑んで見ていた。

 俺はそんなことは気にせず、今日もワイバーンたちの世話に明け暮れる。

 しかし、今日は違った。

 ガキ大将的な男が仲間をつるんで俺に嫌がらせを仕掛けてきた。

「おい、ルーチェの部下」

――……――

 どう答えてもケンカになるだろうから無視を決め込んだ。

 ルーチェ様、だろ?

 雑兵が彼女にそんな舐めた口を利くな。

 邪魔するんやったら帰ってー。

 どれも、ケンカに発展しそうだ。

「無視すんな、ボケッ!」

 俺は理不尽にも殴られた。

 それに追い打ちをかけるように取り巻きたちも加勢していた。

 痛い。こんなの、中学でのいじめ以来だ。

 だけどな、この程度でキレる俺じゃなくなったんだよッ!

 俺は執拗ないじめに耐えるつもりでいた。

「ほれほれ、呼んでみろよ。助けて、ルーチェ様ってさぁッ!」

 ギャーッ!

 ワイバーンたちが、鳴いてる?

 すると取り巻きの男たちがワイバーンに咥えられて空へ飛んでいった。

 ワイバーンの世話をして、一ヶ月程度しか経っていないはずなのに、どうして?

「お前ッ! 一体なにを仕込んだッ!」

――知らないッ! 俺はそんなことはッ!――

「白を切る気かッ! 殺すッ!」

 まずいな、ここは流石に躱すべきかッ!?

「いじめはそれで終わりだ」

 聞き覚えのある声がまた聞こえた。

 その男は、俺を攻撃しようとしていたガキ大将的な男の攻撃を止めた。

 その男、いえ、そのお方は――ッ!

――魔王様ッ!?――

 長い黒髪と褐色の肌に、頭の横に枝分かれした角、誰より鋭い犬歯、腰にロングロード、背中に黒のマント、黒を基調とした鎧。

 間違いない、魔王様だ。

「ま、魔王様ッ!? 違うんですッ! これは――ッ!」

「お前が、いや、お前たちがいじめをしているのは途中からだが見させてもらった」

――えッ? 途中から?――

「すまないな。どうこの男たちを罰しようかと考えていたら、ワイバーンが男たちを咥えて空へ飛んでいったからな」

――あなたという人って……――

 実際、魔王様は考え込んでから、行動に移すひとだからな。

 まぁ、ガキ大将みたいにいじめたり、すぐ感情的になるよりかはいいと思うけど。

「ま、魔王様ッ! どうか慈悲をッ!」

 魔王様は首を振った。

「ならん。お前みたいな者は我が軍の恥だ。荷物をまとめて出ていけ」

 魔王様はそう言うと、俺に近づき、治癒の魔法をかけてくれた。

――ありがとうございます。魔王様――

 俺が礼を言っている間に、ガキ大将が魔王に向かって殴りかかってきた。

「こうなったら、あんたも殺して――ッ!」

「愚かな」

 魔王様は不意打ちに動じず、背を向けたまま拳を受け止めた。

「なッ!?」

「どうやら、まとめる荷物は済んだようだな。ワイバーンを借りるぞ」

――は、はい……――

 魔王様がワイバーンを借りて行って、ガキ大将を載せて空へ飛んで行かれた。

 俺は外へ行くと、取り巻き太刀を咥えているワイバーンが、魔王様のワイバーンに連れられて、城の外へと向かって行くのが見えた。

――いつ、お戻りになられるのだろう……――

 俺は魔王様のおかげで傷が癒えているので、なんとか仕事が続けられそうだ。

 二頭が留守のうちにう○ことかの掃除とかをしよう。


 しばらくして、ワイバーンたちが戻ってきた。

 ちょうどよかった。二頭のねぐらもきれいに掃除したばかりだ。

――おかえりなさい、魔王様――

「ああ、ただいま」

 そう言えば、ガキ大将と取り巻きの姿が見えない。

 想像に難くないが、一応訊いてみた。

――あの、彼らは?――

「遠くの平原に放してやった。今頃は街を探し歩いているやもしれんな」

――結構、きつい罰っすね……――

「罰? あれは懲戒解雇だ」

――解雇?――

 そういや、そんなことを言っていたな。

「元から素行が悪い彼らの処遇に決めあぐねていたのだ。ちょうど、俺が見かけたのでな。現行犯で、解雇できる名目ができた」

――つまり、俺はそのための餌と?――

 魔王様が首を振った。

「いや、俺は君に用があったのだよ」

――俺に用とは?――

 ってことは目撃したのは偶然だったのか。

「このワイバーンの乗り心地、中々だ」

――そうなのですか?――

 乗ったことないからわかんないけど。

「このワイバーンだけじゃない。他のワイバーンの乗り心地もよいとの評判だ。きっと、世話係が丹念に世話をしていたからだろう」

――は、はい?――

 話が見えない。魔王様はなにを言いたいんだ?

「察しが悪いようだな。はっきり言おうか。君を俺直属の竜専門の世話係に任命しに来た」

――えッ? 俺が、魔王様直属の?――

「ああ、そうだ。悪い話ではないだと思うのだが、どうかね?」

――それって、俺に拒否権があるってことですか?――

「断るのか?」

――はい――

「理由を訊かせてくれるかな?」

――それは……――


 仕事終わり、俺は遅めに晩御飯を済ませ、食堂へ向かい、残飯を貰いに行った。

――すみません、食べ残しありますか?――

「はいよ、待っててくれ」

 いつも通り、残飯が入った袋を持って来てくれた。

――ありがとうございます――

「いやいや。こっちも処理に手間取ってたから」

 そう言ってもらえて幸いだ。

 実際、スライムたちが残さず食べてくれるので部屋を掃除する手間が省けるのだ。

 さて、スライムたちのいる部屋に行くか。

 俺は食堂に一礼し、薄暗い地下室へと階段を下っていった。

 しかし、地下室が半開きになっていた。

 俺は、注意しながら扉を開けると、中にはスライムたちと――、

「こらッ! 変に触れないでッ!」

 スライムたちと戯れるルーチェ様がいた。

「あッ、やっと来たわね」

――あれ? ルーチェ様がここにおられるなんて――

「そんなことより、どうして?」

 ルーチェ様が俺に食いかかる。

「あなた、魔王様に目を付けられたんでしょ? 折角の昇進をどうして断ったの?」

――もしかして、それを訊くために待っていたのですか?――

「そうよッ! 答えてもらうわッ!」

 あの言葉をルーチェ様の前で言うのか、恥じらいを感じてしまうなぁ。

「なんで、だんまり決めてんのよッ! さっさと答えなさいッ!」

 近いッ! ルーチェ様の可愛い顔が目の前にッ!

 言いたくなかったけど、もうしょうがないッ!

――……俺が魔王様直属の部下になったら、ルーチェ様が一人になるから――

「えッ?」

 ルーチェ様がキョトンとした顔になった。

 だから言いたくなかったんだよッ! 恥ずかしいからッ!

「もっかい、言って」

 そんな可愛いこと言わないでくださいよッ!

 目がクリっとして可愛すぎるんですってッ!

 反則でしょッ! そんな顔されるなんてッ!

――だから、俺はルーチェ様の部下でいたいんですッ! 転生してくれた恩も、上司への裏切りよりも、その立場がいいと言ったんですッ!――

 さっきよりも恥ずかしいことを口走ってしまったッ!

 魔王様から断った時よりも、痛い発言しちまったッ!

 どうしよう、顔を向けられないよぉッ!

「本当に、そう断ったの?」

 ルーチェ様の顔が赤く火照っている。

 言った俺も相当熱いけどなッ!

――すみませんッ! 今のは痛い発言でしたッ! ですが、そう断ったのは本当です――

「そう、なんだ……」

 顔を赤くしたまま目を合わせようとしないルーチェ様。

 しばらくして俺から顔を離していく。

「そっか、そうなんだ……」

 いつものルーチェ様らしくない。

 幼げな少女のような言動をしている。

 普段は凛々しい姿を見せるのに……。

――あの、ルーチェ様? 様子が変ですよ?――

「……誰のせいよ……」

――えッ?――

「なんでもないッ! また明日ッ! おやすみッ! 早く寝ろッ!」

 そう言って部屋から出ていきバタンと乱暴にドアを閉めた。

 ま、あのままいられたら俺も色々危なかったかも……。

 いかんいかんッ! あの人は上司で、俺は部下ッ! それ以上でもそれ以下でもないッ!

 そう心で引き締めていると、スライムたちが俺に群がっていった。

 あ、いけない。ご飯を与えに来たんだった。

 しかし、今日のルーチェ様は可愛らしかったなぁ……。

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