第50話 体験入学
あれから、大会や夏休みが終わって九月の上旬になった。今日は、奏ちゃんと二人で学校見学に来ていたが、説明会の途中でふと別の事を考えていた。
市大会では、グループ戦一位で突破して決勝トーナメントで準優勝を達成した。各学区の強豪校を倒し続けたが、決勝戦の相手である東区の
しかし、県大会に出場できるのは三校までなのでなんとか県大会に出場する事が許された。ちなみに、残りの一校は魁南中学校だった。
そして、県大会からはいきなりのトーナメント戦方式であり、一度負けたらそこで帰らなくてはいけなかった。ちなみに、次の九州大会に行くには決勝まで行かなければならなかった。
俺らは、順調に勝ち進んで【県大会ベスト4】と言う成績を残す事ができたが、次の九州大会には行けずに部活は終了する事になった。
生前では、女子卓球部が同じ成績を残していたが、今回は俺ら男子卓球部がその成績を残した。ちなみに、個人戦では俺と目崎は市大会で敗北したが奏ちゃんとアジェフは県大会まで出場する事ができた。
それから、団体戦も個人戦も終わってまた新たな福西中学校男子卓球部が出来上がった。部長に関しては、俺が決める事になったのでアジェフを指名して副部長に西田と目崎の二人を指名した。その選択には、芽依香が納得しているので今期のチームも無事に終わると思った。
「まさ君、ちゃんと聞いてる?」
「あぁ、すまない」
奏ちゃんは、説明会を真面に聞いてない俺を気にかけてひっそりと話しかけてきた。俺らが来ている学校は、広島県広島市にある
この学校は、私立の男子校ではあるが俺らの求めている条件が揃っている。それに、奏ちゃんの父親の息が完全にかかっているので、推薦で入学しやすいと思った。
俺らが求めている条件は、将来の夢に向けての教育が充実しているかどうかであった。それに関しては、奏ちゃんが詳しいので奏ちゃんに任せている。
「まさ君? 次は体験授業だから……。って、また聞いてなかったでしょ」
「すまない。気が抜けてしまった」
「気持ちは分かるよ。でも、この学校もかなり素敵な場所だよ。なんと言っても、校舎が綺麗で学食が美味しいんだから」
「それは、分かってる。だけど、県外だから親が許してくれるか分かんないんだよな」
「それを、解決する為に来たんだからしっかりしてよね」
「分かった。そうするよ」
俺は、目標が達成したからなのか脱力感が半端なく襲われている。正直言うと、この先どうなっても良いとさえ思ってしまっている。奏ちゃんは、次の目標の為に前を向いて進んでいるのに俺はなかなか気合いが入らなかった。
体験授業では、数学の因数分解について授業が行われていた。しかし、俺の意識はそれどころではなかった。最後の試合で、負けた時の脱力感と達成感が今でも残っている。
それから、体験授業も終わって個人面談の時間になった。俺は、奏ちゃんと二人で一人の担当の先生と話す事になった。
「初めまして。担当の
俺らは、面談の前に奏ちゃんの父親と仲良しの学校長が自ら出向いてくれたので俺らの事を理解してくれる人を手配してくれた。
話した内容は、部活推薦についてと寮についての二つだ。部活推薦については、良い成績をたくさん残しているので推薦入学は十分にできると言われた。
しかも、真陽高校卓球部は部活推薦で入学した人しか入部する事が許されないそうだ。なので、そうではない人は愛好会からの挑戦になるとの事だ。
次は寮の話なのだが、もし仮に入学するとして県外の人だと必ず寮に入らないと通学は難しいと言われた。この学校の寮は、一部屋に二人組と言う仕組みになっているので、入学の際は俺と奏ちゃんが二人になる様に手配するとの事になった。
「いや、待て待て! いつの間に、この学校に入学する事が決まったんだよ!?」
「え、しないの?」
「そうですよ。貴方達の安全性と健康的な学校生活は守りますよ」
「いや、まだ親に許可も取ってないのに」
「清瀬君と尾崎君は、部活推薦と言う形で入学する事ができますので学費も浮かせますよ」
「そうだよ。その事を言えば、絶対に理解してくれるよ」
生前の俺は、福岡市の男子校である
ただ、本当にこれで良いのかが分からなかった。確かに、芽依香からもここの学校なら平和に高校生活を送れると言われたがどうしても行きたい気持ちにはならなかった。しかも、この学校に通えば福谷学園で出会った親友とは出会わない事になるので少し違和感を感じている。
そんな気持ちのまま、面談も終わって諸富先生と三人で卓球部の見学に行く事になった。真陽高校卓球部は、県大会レベルの実力だと諸富先生から聞いた。部員の人数は、全学年で九人と言う少ない人数であり、卓球愛好会の人数は三十人と言うかなり多い人数だった。
「なんで、こんな風にやってるんですか?」
「確かに、愛好会も含めて卓球部にする事は可能なんですが強くなりたい人と楽しくやりたい人で分ける事で選手達の意識が変わったからですよ」
「だけど、本気でやりたい人が居ても部活推薦じゃないなら愛好会からになるんですよね?」
「実は、今の部長が愛好会出身なんですよ。本気で卓球をしたくて、愛好会と卓球クラブを両立して練習していたから私が顧問として引っ張ったのです」
「そう言う事なんですね。って、顧問だったんですか!?」
「面談の時に言いましたよ。やはり、聞いてなかったんですね」
「ご、ごめんなさい」
俺は、面談の時でも違う事を考えていたので殆ど聞いてなかった。なので、諸富先生に指摘されてしまい、それを見ていた奏ちゃんは苦笑いしていた。
「何か悩んでいたら相談して下さいね。いつでも相談に乗りますからね」
「本当にごめんなさい。部活の先輩達が、こんなに頑張ってるのに俺が怠けてたらいけませんよね。なので、次回も来て良いですか?」
「もちろんです。次の体験入学もお待ちしてます」
俺は、こんなに失礼な事をしてしまったと反省した。しっかりと、学校見学を受けてもないのに行きたいと感じなかったと偉そうに思ってしまったので、今度はしっかりと集中して受けたいと決意した。
それから、一ヶ月が経過して二回目の体験入学に参加した。今回は、奏ちゃんに加えて芽依香も参加する事になった。
今回は、この学校のカリキュラムや主な活動が手に取るように理解できた。一番は、普通科の中に新設した社会工学コースがあり、そのコースにある特別なカリキュラムに魅力を感じていた。
しかし、そのコースを見た俺は奏ちゃんの父親が仕組んだのだろうと思った。俺達が、計画していた事と一致する所がたくさんあったからだ。だが、仮に本当だとしても俺の最終目標には関係ないと思っている。
俺の最終目標は、二十六歳の頃に病で亡くなってしまう出来事の阻止と両親よりも長生きする事の二つなので気にする事は全く無かった。
そんな感じで、前回の失敗を取り戻す事ができた。この学校の方が、生前に通った事のある福谷学園よりも充実できると思った。ちなみに、芽依香からは福谷学園は辞めた方が良いと言われた。どんな手を使おうが、奏ちゃんの闇が強くなるので芽依香は俺に忠告した。
それから、真陽高校の受験対策に明け暮れる日々だった。俺は、お母さんの伝で奏ちゃんと二人で塾に通いながら部活にも参加していた。
部活では、男子卓球部が一生懸命に励んでいる中で女子卓球部は誰も来なくなり自然消滅していた。部長のアジェフからすると、男子卓球部の人数が多いのでやりづらくなってしまったとの事だった。
俺は、生前より逆になってしまっただけで特に気にする事は無かった。そんな調子で、月日が経って志願書提出最終日の前夜になった。
父親からは、私立の学校は大反対だった。しかし、俺は学費の免除や部活推薦の話を利用して気持ちを訴えた。それでも、父親は何か譲れない気持ちがある様だった。
「学費の事もだが、それ以外にもお金はかかるんだ。それが心配で仕方が無いんだ」
「お父さんは、『お金と息子』どっちが大事なんだ?」
「もちろん息子が大事なんだが、それとは別に全く違う心配があるんだ」
父親は、成人したのと同時に友人と二人で開業した。だが、全く上手くいかずにそのまま会社を閉じてしまった。母親と結婚する前には、なんとか多大な借金を返済したがその出来事のせいでトラウマとなっている。
「俺の様になってしまうのではないかと思うと、どうしてもお金がかかってしまうのが怖いんだ」
「お父さんの気持ちは理解したよ。だけどな、それがどうしたって話なんだよ。俺はお父さんではないし、奏ちゃんはその友人でもない。それでも、駄目と言うのなら俺が失敗してからたくさん喚けば良いではないか。自分の感性を他人に押し付けないでくれ」
父親は、観念したかの様に無言で俺の顔を眺めていた。俺の言葉には、母親も賛成してくれているので、父親は陰ながら応援すると言ってくれた。
父親が受け入れたお陰で、期限内に提出する事ができた。これで、真陽高校の専願入試に挑戦する事が許された。
それから、月日が経過してクリスマスの時期になった。俺らは、試験の大詰め期間に差し掛かっているので塾で一日中勉強する事になっている。
「奏ちゃん、もうすぐ試験だな。俺、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。お父さんにお願いして、今年の試験内容を貰ってきたから」
奏ちゃんは、そう言ってテストの内容が記された紙を堂々と渡してきたが、俺は受け取る事を拒否した。
「そう言うと思ったよ」
「あぁ、すまない。気持ちだけ受けておくよ」
「ううん。僕が悪かったから謝らないで」
そんな感じで、緊張感を漂わせながら勉強していた。奏ちゃんは、少しでも俺の緊張を解そうとしていたので、その気持ちを受け入れて程よく断る事にした。俺らは、受かりたい気持ちを忘れる事なく受験に向けて日々を過ごす事にした。
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