第34話 特別練習合宿
大会まで残り四日となった。今日の練習も、先輩達を相手に山本君とダブルスの練習を行なっていた。
先輩達は、お互いの特徴を活かしている様に見える。だが、山本君は卓球自体が初心者なので、ダブルスがなかなか上手くできずに頭を悩ませている。
「清瀬君が、山本君をサポートする感じじゃないと厳しいよ」
芽依香から指摘されたが、それ以前に誰が見ても分かるぐらい合っていない。山本君は、理解力があるので教えて貰った事は数回の練習やミスで上手くなれる。
即戦力として素質のある山本君を、田尻先生達は見込んでいた。だから、大会の経験が無くてもダブルスとして経験を積めれば将来の団体戦も悩む事はないと判断したそうだ。
「一ヶ月半で、この戦力は見込みあるわね」
「あ、ありがとうございます」
個人の試合では、久原先輩と高目君、日高を圧倒的な点差で勝利を収めている。なので、山本君は頼もしい戦力として戦える。ただ、俺と息を合わせる為にお互い苦しんでいた。
「も、もっと練習がしたい」
苦しんでいる間に、練習の時間が終了してしまったので、片付けなどが終わって帰る準備をしていると山本君から俺にお願いしてきた。
「そうだな。コーチに頼んで残って練習できる様にお願いするか」
ただ、この体育館での居残り練習は許されていない。だけど、芽依香にその事を言うとコーチとして別の練習場を用意してくれた。
「私の家に来ると良いわ。そこなら、存分に練習できるわよ」
芽依香が言う練習場所とは、芽依香が稼いだお金で建てた新築である。しかも、そこで練習ができる程の広さを有しているので練習設備もしっかり整っている。
俺らは、芽依香の家に入れる事や豪華な家だと言う事に驚いていたが山本君は全く気にした様子では無かった。
「なんだったら、合宿感覚で練習しても良いわよ。親の許可が降りれば、明日から大会が終わるまで私が学校の練習とお泊まり練習を面倒見てあげる」
「い、良いんですか!? そ、それなら、お願いしたいです」
山本君は、親の許可を取る前に練習できる事の興奮を抑えきれず承認をした。その話を、聞いてるのは俺の他に奏ちゃんが居る。
「許可を取る前から、そんな約束して良いのかよ。しかも、俺はまだ行けるとは決まってないのによ」
「僕は大丈夫だよ。まさ君も、僕と一緒ならお母さんは許してくれるかもよ」
「だと良いんだけどよ」
「もし、清瀬君が駄目なら山本君と尾崎君だけで特訓する事になるわね」
「それだけは、回避せねばいけないな」
俺は、芽依香の挑発に少し焦りを覚えた。奏ちゃんも、俺が来れなければ行きたくないと言っていたので更に焦りを覚えた。
「げっ!? 山本君とコーチだけとは、絶対に危険な事が起きるだろ!!」
「なによ。私が、犯罪者みたいな事を言わないでくれるかしら」
「犯罪ならとっくの昔に……。いや、なんでもない」
芽依香から睨まれてしまったが、そのお陰で失言を控える事ができた。だが、俺と奏ちゃんが心配する様な事は全く起きなかった。家に帰って母さんにその事を言うと、呆気なく許可を貰ったので今度は違う焦りに襲われた。
許可を貰えるとは、本当に思っていなかったので、急いで合宿の準備をして芽依香の車に乗った。トヨタのプリウスに、親の許可が降りた山本君を助席に乗せて迎えに来てくれた。
「お世話になりまーす」
芽依香の家は、福岡市にある都会の海沿い近くに新築として建てられていた。一階は、リビングや台所といった普通に見た事ある光景である。しかし、二階ではすぐに卓球ができるように卓球台一式が数台並んでいた。
「おぉー! 凄いね、まさ君!」
それだけでなく、色んな練習用器具が何個も置いてあるので奏ちゃんが驚くのも無理はない。どこから、そんな金が湧いてくるのか不思議になった。
「さぁ、早速練習を始めようかしら」
凄く豪華な光景に見惚れている最中、芽依香は練習の準備を整え終わっていた。芽依香はダブルスの練習相手になり、奏ちゃんは個人で練習用機械を使う事になった。
練習用機械とは、球を自動で設定した場所に飛ばしてくれる機械の事だ。自分が、練習したい様に設定できるし自動で球を出してくれるのでとても便利である。
俺らダブルスは、かなり上達できたと実感している。山本君はフットワーク力が上がり、俺は判断力が上がった気がした。
ダブルスは、二人で協力する競技なのでお互いの事を理解してないと難しいのだ。俺がドライブを繰り出せば、相手がスマッシュを繰り出す。そこを、山本君がブロックで返して相手の策略を帳消しにする。相手は、戸惑ってしまいチャンスボールを出してしまう。そこを見計らって、俺がチェックメイトを決める。
これが、俺らが計画している作戦である。相手によっては上手くいかないと思っている。しかし、この一連の流れを、覚えておく事で俺らの役割がはっきりするのでこの練習も間違いないと思っている。
それから、練習を始めて四時間が経過した。夕方になったので、芽依香は練習を終了して夕飯の準備を行った。
「うわぁ! とても美味しそうだね、まさ君」
「めっちゃ、豪華な料理だな。どうやったら、こんな贅沢な生活ができるんだよ」
芽依香の作った料理は、洋風が漂う料理ばかりである。イタリアンステーキの他に、カルボナーラやビーフシチューなど、たくさんの料理が無差別に並んでるので俺らは食べ切れるか心配になった。
「若いんだから、たくさん食べないといけないわよ」
「これが、『食事トレーニング』って奴か」
芽依香は、まさに吐くまで食べろと言わんばかりにお代わりを注いでくる。早々に、俺と山本君がリタイア寸前であった。しかし、意外と奏ちゃんが限界を感じずに食べ続けている。
「奏ちゃん、まだ食えるのか?」
「うん! とても美味しいね、まさ君」
「も、もう無理です」
奏ちゃんの、清々しい笑顔に山本君はリタイアを宣言してしまった。俺も、荷が重くなりリタイアしようと思ったが芽依香は認めようとしてこなかった。
「吐くまで食べなさい。お兄ちゃん♡」
「ドS女め……」
そんな感じで、地獄の夕飯が終了した。奏ちゃんのお陰で、全部食べ切る事ができた。と言っても、殆ど奏ちゃんが食べていたので素直に喜べない。
お風呂に入って、リビングの横にある和室で三人まとめて寝る事になった。芽依香は、自分の部屋で寝るとの事なので、如何わしい心配はしなくて済んだ。
しかし、俺は眠れなかった。山本君や奏ちゃんは、静かに寝ているのに俺だけ眠気が来ないので少し気分転換に二階へ上がった。
先程まで、皆んなと一緒に練習していたので騒がしいイメージの部屋だったが今では静けさが漂っていた。
「何してるの?」
突然、背後から芽依香が声をかけてきた。俺は、少し鳥肌が立ってしまったが叫ぶ事なく芽依香の質問に答える事ができた。
「いや、楽しいなって思ってな。その余韻に浸ってるだけさ」
「普段なら、あり得ないんでしょ?」
「そうだな。中学生の時から、こんなに楽しい思いができるなんて思っても見なかった」
俺は、芽依香には失礼な事をしている感じている。自分の身勝手な判断によって、残酷な出来事を経験させてしまっているからだ。
「私は、兄貴の事を恨んではいないわ」
「え?」
「私が、恨んでいるのは兄貴を陥れた奴よ。私の大切な家族を、陥れる奴が一番許せない」
芽依香は、涙目でこちらを眺めていた。確かに、俺は嫌いだった中学生時代を明るい時代に変えるという純粋な夢の為に過去に戻った。俺が明るく楽しくなれば、母親も家族も幸せに感じてくれる。だから、俺はタイムスリップを志した。
「でも、ごめんな。しょうもない理由で、過去に戻っちまってよ」
「そんな事ないわ。でも、なんで兄貴はわざわざ戻る事になったのかしら?」
「あぁ、それはだな……」
俺は、二六歳の時に一度倒れてしまった。その際に見た走馬灯が、中学生の時に経験した暗黒時代だった。しかも、その話を母親に持ち出すと喧嘩してしまい、仲直りできずにそのまま死んでしまった。
「俺も、家族の為にやってんだろうな」
「やってるでしょうね」
芽依香は、俺に対して偏見を持っており自分の過去より幸せだと言うのにそれぐらいの経験に囚われているとは情けないと思っていたそうだ。
「間違ってはいないかもな。俺だって、納得いかない事だってたくさんあるのに、いちいち気にしてたらキリがないからな」
「どちらにしても、私は貴方が家族の平和を守ろうと必死なのは分かってるの」
「でも、お前の世界ではできなかった」
俺は、芽依香の世界では事件に巻き込まれてしまった。その事により、芽依香が自分の心を犠牲にしてまでやり直さなくてはならなくなった。
「そうね。せめて、この世界だけは幸せになりたいわね」
芽依香は、俺の事を許したかの様な眼差しでこちらを眺めていた。芽依香が、このような姿にならない様に俺が全力で頑張らなければならない。
「そう言えば、芽依香っていつ頃からタイムスリップしてきたんだ?」
「確か、二千二六年八月十五日だったわね」
「えっ!? 俺が死んだ日にちと一緒じゃねぇかよ!!」
俺は、少し気になったので質問したが驚きの答えが届いてきた。俺が死んだ日は、二六歳になってから数日が経過した頃だ。芽依香は、俺と六歳も離れているので今は二十歳という事になると気づいた。
「意外と若いんだな」
「どう言う意味かしら?」
「いや、もうちょっと歳がいってると思っていたから、ビックリしたんだ」
「明日から、もっと厳しい練習にしようかしらね」
「げっ! ごめんなさい。どうか、ご勘弁を」
俺と芽依香は、クスクスと笑いながら自分の寝床に戻った。それから、次の日になって部活が終わると、昨日みたいに芽依香の家で練習をした。宣言通りに、練習を厳しくした芽依香を恨みながらも、俺らはこの数日間の合宿を乗り越える事ができた。
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