第32話 年上の妹コーチ

 田浦の脅威が完全に冷めてから、一ヶ月ぐらいが経過した。十二月の中旬になり、冬休みになるまで残り一週間になっていた。今日は、俺らの男子卓球部に新しいコーチが所属する事になった。


「初めまして。今日から、男子卓球部のコーチになった政倉真奈美と申します」


 俺からすれば、全く初めましてではない。心の中で、そうやってツッコミながら芽依香の意気込みを聞いた。ちなみに、女子卓球部のコーチは谷口コーチである。


 それから、朝の集会が終わって学校の周りを走った。そして、走り終わって俺と奏ちゃんが休憩している時に芽依香が話しかけてきた。


「二人共、お疲れ様」


「なんで、お前がコーチになってんだよ」


「だって、もうすぐ大会でしょ。今回は、二軍の貴方も参加できる大会だから、応援してあげようかなって思ったのよ」


「そうだけどよ、だからってコーチになってまで監視しなくても良いじゃないか」


「仕方ないでしょ。兄貴は危なっかしいんだから」


 芽依香がコーチとして監視するという事は、また何か起こるのだろうと思った。とにかく、芽依香が居れば心強いと感じている。


 芽依香が言う大会とは、福岡県全体で行われる「福岡県中学生部活ガンバレ大会」の事である。この大会は、レギュラーではない俺らも二軍として出場できる。もちろん、他の学校も複数のチームを結成して出場する事が可能だ。


「まさ君、なんでコーチにタメ口なの? ちゃんと、敬語を使いなよ」


「ふふ。そうよ、使いなさい」


「やだね。こいつは、タイムスリップしてきた俺の妹なんだからよ。絶対に使ってたまるか」


 奏ちゃんは、芽依香の正体を知って食いついてきた。俺が、タイムリープした事を知っているので情報の飲み込みが早い。もちろん、芽依香も奏ちゃんがそう言う存在である事は理解している。


「そういう事だから、尾崎君も一緒に困難を乗り越えましょうね」


「良いですよ。妹さんなら、許します」


「え? 奏ちゃん、どういう事?」


「だって、馴れ馴れしく関わってるから少し不愉快に思ったの。だけど、妹さんとなれば安心して協力できるよ」


「そ、そうか。なら、良かった」


 俺と芽依香は、奏ちゃんの嫉妬した一面に少しゾッとした。しかし、そんな所もある事は理解しているので俺はあまり気にしていない。


「僕しか見て欲しくないと思うけど、今は部活だし仕方ないよね?」


「あぁ、嫌でも視界に入るんだ。だから、高校卒業したら二人だけでやれる仕事探そうな」


「うん。大賛成!」


 俺と奏ちゃんは、将来の夢が決まったかの様に話した。しかし、芽依香は深いため息を吐いて俺らに忠告をした。


「せめて、殺し屋以外にしてくれるかしら?」


「当たり前だろ。殺し屋だって、他の奴が視界に入るんだから溜まったもんじゃねぇよ」


「そうだよ。まさ君の為だったら良いけど、そうでもない奴の言う事まで聞かなきゃいけないから嫌だよ」


「はぁ……。頼んだわよ、ヤンデレカップルさん」


 俺は、奏ちゃんの事が大好きなので誰にも取られたくない気持ちはある。ただ、ヤンデレの一面は奏ちゃんに合わせている為、本心とは少しかけ離れている。


 芽依香は、俺が事件に巻き込まれる事で起きる家族崩壊の出来事を避ける事しか頭に入っていない。しかし、俺も家族が幸せになってほしいと思っているので芽依香の行動にはあまり咎めない様にしている。


 この後は、夏休みから決まっている班で多球練習が開始されるが、その前に少しだけ班の変更が行われた。奏ちゃんがBグループからAグループになり、俺がCグループからBグループに変更された。そして、新しく入った山本君は戦術の関係でDグループに入る事になった。


 俺が入ったBグループには、班長の村部と副班長の寄能よりのうさんと言う女子部員がいる。他には、立川たちかわさんとりゅうさんの女子部員二人に、今は来てないが高目君も所属している。


「皆さん、よろしく」


「清瀬君なら、もっと楽しくなりそうやな」


 班のメンバーは、かなり嬉しそうに俺を迎えてくれた。生前では、あり得ない反応なので嬉し泣きしてしまいそうだった。


 確かに、俺は他の皆んなと楽しく会話ができているので勉強や部活もかなり順調である。同じ学年の男子部員も増えたので、先輩が卒部した後に辞めてしまう村部の事を考えると安心して次の計画に移る事ができる。


 生前では、女子部員が多くて男子部員が少ないと言う気まずい雰囲気であるが、今では殆ど同じ人数なので村部の事は気にしなくて良さそうだ。


 しかし、問題は女子部員の方であると今更ながら感じている。生前でも辞めている人は、変わりなく辞めているのだが生前の時に貢献してきた女子部員までもが辞めている。


 原江さんは、芽依香が父親の未来を変えてしまい引っ越す事になったので今はいない。その他にも、武富たけとみさん・中野なかのさん・鳥越とりごえさん・津谷つやさんの四人が部活を辞めていた。


 この四人は、女子卓球部に貢献してきたレギュラーメンバーである。だが、なんでこのメンバーが辞めたかまでは分からない。原因不明な現状の中ではあるが、他の人達は気にしている様子ではなかった。いつもの様に、他愛いもない話を班のメンバーと交わしている。


 奏ちゃんも、今のグループの人達と笑顔で楽しんでいるし、山本君も先輩二人に優しく教えてもらっているので安心した。


 そして、今日も楽しく部活が終わったので俺と奏ちゃんは二人で帰る事になったが、校門前で芽依香に呼び止められたので三人で話し合う事になった。


「兄貴は、もしかして女子部員の少なさに呆気に取られてたんじゃない?」


「そうだけど、なんで分かった?」


「兄貴を、見てたらすぐ分かるわよ。ねぇ、尾崎君もそう思でしょ?」


「なにか問題があったのでしょう。僕には、関係ありませんが」


「そうやってしらけるのね」


 芽依香は、奏ちゃんを睨みつけていたので咄嗟に奏ちゃんを庇ったが二人は自分達の世界に入っていた。


「兄貴は、この人が何をしているのか分かってるのかしら?」


「芽依香の様子を見たら、何をしているのか予想できる。ただ、そう言う奏ちゃんも俺は受け入れてる」


「兄貴は、自分の為なら相手を犠牲にしても良いと思ってる側なのね」


「自分の為だけではない。自分達の為だ」


「だからと言って、人の人生を滅茶苦茶にして良いと思ってるの!?」


「それは、お前も同じだと思うがな。原江さんの歴史を変えたのは誰の為なんだ?」


 芽依香は、俺の返しに何も言えなかった。しかし、辞める筈のなかった四人のうち三人が不登校になっている。武富さんと鳥越さん、津谷さんの三人だ。


 だからこそ、裏で奏ちゃんが何かをしている事は薄々気付いていた。だけど、俺は奏ちゃんの事を受け入れているので俺から文句を言う事はない。


「尾崎君も、何か言ったらどうなのよ?」


「僕は、まさ君の為なら何でもするって思ってますけど?」


「私は、貴方達の未来が分かるの。だから、コーチとして監視する事を決めたのよ」


「なら、良いじゃないか。女子部員と奏ちゃんが、何か揉めて事件でも起きるとでも言いたいのか?」


「起きるから言ってるのよ。少なからず、部活中は守れるけど部活前は中野って言う人に気をつけなさい」


 芽依香は、そう言って俺らに踵を返した。芽依香が言っていた中野とは、辞める筈のなかった女子部員である。生前では、副部長として女子卓球部を支えてきたレギュラーの一人だった。しかし、今では中野さんに加えて四人も居なくなった。


「まさ君、黙っててごめんね」


「あぁ、全く本当だよ。今日は、俺の家で夕飯でも食べていったらどうだ?」


「うん。そうしてもらうよ」


「そこで、ゆっくり聞かせてもらうからな」


 俺と奏ちゃんは、今回の件について俺の部屋に入ってからゆっくりと話を聞かせてもらう事にした。

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