第17話 新人戦(後編)
俺は、楽しみにしていた奏ちゃんとの昼飯休憩を取っていた。奏ちゃんの弁当のおかずに、俺の大好きなもつ焼きがあったので奏ちゃんから貰う事にした。
「口を開けて」
奏ちゃんに食べさせて貰いながら、俺は奏ちゃんの作ったもつ焼きを味わっていた。正直、どこのもつ焼きよりも美味しかった。俺の母さんも作ってくれるが、お母さんよりも美味しく感じた。
「美味しい?」
「めっちゃうめぇ」
俺は、奏ちゃんに感謝しながら自分の卵焼きを奏ちゃんに食べさせた。自分で作った訳ではないが、奏ちゃんは美味しそうに食べていたので凄く幸せだった。
「「「ラッキー!!」」」
すると、俺らの近くの観客席から勝利の雄叫びが聞こえた。俺と奏ちゃんの、楽しい昼飯休憩を邪魔する程の応援の掛け声が耳に入った。その試合は、Bグループの
三郎丸中学校は、さっきの男が所属しているチームだ。早良区の中で、毎年のように上位に組み込む程の実力者がおり、団体も個人も県大会に出場する程のチームだ。
それに対する熊田中学校は、
「せっかく、良い雰囲気だったのに」
「でも、この戦いで最終トーナメントが決まるんだからしょうがないよ」
「なら、改めて奏ちゃんにおかずを食べさせて貰おうかな」
「まさ君は、本当にしょうがないな。ほら、口開けて」
奏ちゃんに、もう一個のもつ焼きを食べさせて貰った。多分だが、奏ちゃんに食べさせて貰ってるから美味しいんだと思う。しかし、勝利の雄叫びは続いている。周りに居る先輩達もうるさくてイライラしていた。
「今日も、僕の家に来る?」
「今日は、お疲れ様会みたいな感じで食事会でもしたいな」
「そうだね。まさ君の大好きなもつ鍋でも用意しとくね」
「やった!」
「そこだったら、何も気にせずに食べれるね」
奏ちゃんは、内緒で持ってきたスマホで母親に連絡を入れていた。これで、奏ちゃんの家で俺と大会後のパーティーが予約されたのでとても楽しみになった。俺が好きな食べ物は、もつ肉が入っていれば何でも好きだ。奏ちゃんは、それを知っているのでもつ焼きやもつ鍋を用意してくれるのだ。俺は、素敵なパートナーである奏ちゃんに感謝を伝えた後、諦めて注目の試合を観る事にした。
最初から観戦していた舞谷先輩によると、今はダブルス戦と四番のシングルス戦になっている。一番のシングルス戦では、三郎丸中学校のエースが勝利したが、二番のシングルス戦では青田が勝利を収めた。
この試合でも、熊田中学校は青田を中心にチームが動いている。一つ上の先輩は、一人しかいないので青田がその先輩を援護しているように見える。
その先輩は、ユニフォームが一人だけ違うので四番で出場しているのが一目で理解した。それ以外の人は、俺らの同期であり相手を圧倒するにはまだ実力が足りない様に見えた。それでも、青田が一生懸命にダブルスメンバーのアドバイスをしていた。
かなりの接戦に圧倒してしまい、奏ちゃんとの会話は中断してしまっている。その中で、四番のシングルス戦に出場している先輩が相手に敗北してしまった。明らかに、熊田中学校の不利になった状況だがダブルスメンバーは負けじと戦いに専念している。
すると、岡本先生が俺らを呼んで次のトーナメント戦について話をした。Aグループは、順位が決まったようだ。もちろん、一位は魁中学校だった。二位は東条学院中学校であり、三位は俺らの学校であった。四位は銀竹中学校で、最下位は鷲取中学校だった。
Bグループは、熊田中学校と三郎丸中学校との試合が終われば順位が発表できる。すると、俺らが注目していた熊田中学校と三郎丸中学校の試合が終了した。熊田中学校が、三対一で敗北になった。
これで、Bグループの順位がはっきりと分かった。一位は三郎丸中学校であり、二位は
「これで、対戦相手が決まったな」
トーナメント戦一回戦の相手は、熊田中学校になった。桃池中学校と近差で敗北しており、もし三郎丸中学校に勝っていたら同率一位が三校になっていた。
「もちろん、気をつけなければいけない奴は皆んな分かっている通り青田だ。こいつが、何番で出場するかだ」
岡本先生も同じ事を考えていた。マークすべきは、青田であるとこの試合ではっきりと理解した。と言っても、俺の場合は生前で青田の事は知っている。
「まず、ダブルスでの出場はないとハッキリしている」
岡本先生は、一番か二番で青田が出場するのだと予想しているので、四番と五番で富永先輩と坂本先輩を出場させようと決めていた。
「とりあえず、ダブルスの二人は頑張ってくれ」
俺と奏ちゃんは、岡本先生の指示に気合いを入れた。正直、熊田中学校のやり方は固定ではないので岡本先生は悩んでいる。
普段は、どのチームもダブルスはメンバーを固定しているが熊田中学校だけは違った。色んな奴が、ダブルスとして出場しているので青田がダブルスで出場する事はあり得ると言う事だ。
少し時間が経つと、熊田中学校と三郎丸中学校の休憩時間を挟む為に女子の団体トーナメント戦と個人戦が始まった。生前では、俺らの女子卓球部も出場していたが今では人数が足りないので福西中学校女子卓球部は団体戦には出場できていない。
約三十分が経過した頃、男子もトーナメント戦を開始する事になった。最初は、鷲取中学校VS砂原中学校と桃池中学校VS東条学院中学校が開始した。その後に、俺らの戦いが開始されるので少しずつ準備をしていた。
迫力を改めて感じながら会場に向かうと、近くに権藤さんが個人戦をやっていたので皆んなで応援する事になった。本当は、安永さんと野田さんも出場するはずなのだが来てないので不戦敗となっている。
権藤さんの個人戦を観ていると、男子トーナメント戦の一戦が終了した。鷲取中学校が、三対零で砂原中学校に圧勝した。
次は、福西中学校VS熊田中学校との一戦になった。相手は、先輩を先頭に青田とその同期の奴らが並んでいた。
「「お願いします!!」」
その一声で俺らの試合が始まった。しかし、相手のオーダーを見ると俺らの予想を遥かに超えていた。
「あ、青田がダブルスだと!?」
先輩達も驚きな顔で、そのオーダーを眺めていた。一番と二番は、俺と同じ同期の奴らだった。皆んなは、完全に舐めていると思った。一番に出る富永先輩と二番の舞谷先輩は、怒りを露わにしながら出場していた。俺は、かなり激しい緊迫感に襲われた。すると、奏ちゃんが俺の手を握ってくれた。
「手が震えてるよ?」
「緊張しているだけだ」
「大丈夫だよ。僕に任せて」
「そのつもりだ。絶対に、この試合は勝ってみせる」
俺は、この気持ちを抱くのは初めてかもしれない。そもそも、青田と対戦する事も生前ではなかった事だ。青田の隣にいる人は、唯一の先輩で
青田のサーブで、俺らとの試合が始まった。俺が、慎重に返球するとすぐに名倉がスマッシュを仕掛けてきた。俺の死角を、突いたかの様な威力あるスマッシュだった。
俺は、攻撃させないように青田のサーブの後に攻撃を仕掛ける事にした。バックドライブを仕掛けたが、コートに入らなかったので相手に点が入ってしまった。
「まさ君、落ち着いて」
「分かってる。次は、俺のサーブだ」
俺は、下回転サーブで繋ごうとした。だが、青田は俺のサーブをすぐに豪快なスマッシュで返球してきた。奏ちゃんは、反応できたがボールが浮かんでしまった。
チャンスボールに反応して、名倉もスマッシュを仕掛けた。俺は、自分の方に来ると思ってラケットを構えていたが奏ちゃんが居る方へとスマッシュを展開した。俺は、反応が遅れてしまい手を伸ばしても届かなかった。
俺がサーブした後、バックドライブで返す青田に奏ちゃんはフォアドライブで返球した。それを、名倉はスマッシュで返球してきた。何とか目で追いつく速度のスマッシュに、ブロックで返そうとしたが相手のコートに入らなかった。
どんなに、俺と奏ちゃんが相性良くても相手との相性が悪い様に思える。一セット目を、青田達に取られてしまい相手に対する理解が追いつかないまま小休憩へと移った。
「まさ君、焦りすぎだよ」
「頭が真っ白で無理だ。後は、先輩達に任せるしか勝つ方法はないかもしれん」
「なんで弱気になってるの? 僕達も勝とうよ」
「俺もそうしたい。ただ、経験してない試合がこんなに続くなんて思っても見なかった」
その刹那、奏ちゃんは俺の頬を強く叩いた。周りは誰も見ていないようだが、かなりの威力に俺は圧倒された。
「いい加減にして、まさ君」
「お、おう……」
「そんなの言い訳にならないよ。もし、そんな事言ったら青田達は降参してくれるの?」
「言わない……」
「だったら、弱音を吐くのやめてよ」
奏ちゃんに言われて、周りを見渡すと富永先輩や舞谷先輩は弱音を吐く様子もなく戦っていた。確かに、先輩達からすればここが本当の世界なんだ。本当の世界ではないと言っているのは、俺だけであって皆んなはこの世界を本当の世界として生き抜こうと必死である。それを、間違いだからと言って誤魔化していてはいけないと思った。
「俺が間違ってた。本当ではない世界を、望んでいたのは俺なんだ」
「まさ君が望んでいる世界はどんなの?」
「福西中学校男子卓球部が、廃部していない世界だ」
「本当にそれだけ?」
「前はそうだった。しかし、今は福西中学校卓球部が輝けるようにしたい」
「その為にはどうしたいの?」
「その為には、この試合に正々堂々と立ち向かって人生の糧にしたい」
「うん。頑張ろうね」
俺と奏ちゃんは、気持ちを切り替えて二セット目に挑んだ。隣で富永先輩と舞谷先輩が戦っているのに、自分だけ過去にとらわれて弱気になってはいけない。
すると、奏ちゃんは得意の横回転サーブで始めた。俺に何も言わずに、仕掛けたので俺は驚いた。しかし、相手はそのサーブに対応できずに俺らに一点が入った。
「これから、本気を出すね」
「頑張ってついてきてやる」
奏ちゃんのサーブに、青田が返球するとチャンスボールになった。俺は、スマッシュを出そうと判断したが、相手はその攻撃を待っている様子だった。
「くそっ!」
俺は、青田に目掛けて攻撃を仕掛けた。すると、相手は追いつかずに返球できなかった。奏ちゃんのお陰で、完璧に流れが俺らの方に傾いた。
「この試合、絶対に負けてたまるか!」
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