第9話 思わぬ出来事

 奏ちゃんが転校してきてから、三週間ぐらいが経過した。その間に、練習試合や校内戦などがあり奏ちゃんの強さが垣間見る事になった。


 校内戦とは、俺らだけで戦って実力を確かめ合う個人戦である。八グループに分かれての総当たり戦であり、俺は一番下のHグループに所属する事になった。奏ちゃんは、成宮先輩と女子部員の安永やすながさんと同じAグループに所属していた。


 俺は、他のグループメンバーに勝ってGグループ最下位の人と対決して勝利した。ルールとしては、下のグループで一位を獲得した人と上のグループで最下位になった人との入替戦で次の所属グループが決定する事になる。


 練習試合では、同じ早良区の鷲取わしとり中学校と対戦する事になった。本番形式で行う合同練習という意味で行うのが練習試合である。


 奏ちゃんは、団体戦でメンバーに選ばれていたし、個人戦でも鷲取中学校の先輩達から勝利を掴み取っていた。


 俺は、鷲取中学校の同級生には知り合いがいる。なぜかと言うと、今年の中総体で三年生が頑張っている時に暇すぎて体育館のオフィスでゆっくりしていると、田浦たうら君率いる他のメンバー達が俺に話しかけてきた。


 それもあって、仲良くなった同期の鷲取中学校メンバーで、個人戦の時間の時に全員と戦いをした。田浦君には、ボロ負けしたが他の人とは良い試合になった。


 校内戦や鷲取中学校との練習試合は、生前でも経験している通りである。しかし、奏ちゃんがいる事で俺が経験した過去が変わっていた。


 奏ちゃんが、安永さんにボロ勝ちしている事も奏ちゃんがクラスに馴染んでいる事も、全てが様変わりしていてどうすれば分からなくなっている。


 ただ、奏ちゃんがいる事で助かっている事もある。それは、俺と一緒に昼休みで遊んだり英語の授業でタッグを組まなければいけない時に柿野と三人で組んでくれたりなど何かと助かっている。


 だが、俺が問題視してるのは十月だ。何で問題かと言うと、十月上旬に先生が来れなくなったり先輩達が一緒に卓球をやらせてくれなかったりと苦しい期間に移るからだ。しかも、クラスの雰囲気に居ずらくなってトイレに引き込もってしまう事もある。


 先生達が、受験生の事で手が離せないでいる事を良い事に先生が来るまで遊んでいる。外周と多球練習を適当にした後、タッグ練習をせずに遊びへと移るのだ。


 しかも、十月中旬には新人戦がある。この新人戦で、八人までがレギュラーに選ばれるのだが、生前では二年生と村部が選ばれていた。だが、奏ちゃんがいる事でどうなるのか分からない。村部は、奏ちゃんに一度も勝てずにいる。もちろん、嫌悪感を抱く程の器の小ささではない村部なので、普通に奏ちゃんとタッグ練習を組んで卓球を楽しんでいる。しかも、奏ちゃんが、楽しそうに俺と連んでくれるので一人で思い悩まずに部活も学校も楽しく過ごす事ができている。


「まさ君、一緒に行こうよ」


「おう」


 俺は、帰りの会で今までの事を振り返りながら柴田先生のつまらない雑談を聞いているといつの間に終わったので奏ちゃんに話しかけられた。これから、部活に行かなければならないので少しため息を吐きながら奏ちゃんについて行く事にした。


「明後日、部活休みだから遊ばない?」


「またか。まぁ、楽しいから良いけど」


 俺は、部活に向かってる途中に奏ちゃんから遊ぶ約束を持ちかけられた。今日は、金曜日で毎週日曜日は休みになっており、土曜日は午前中のみ部活があると言う仕組みだ。


 部活に着くと、いつも通りの卓球台をセッティングした後に外周をする。その後は、グループ別の練習をする。奏ちゃんは、Bグループに選ばれたので村部達と練習をしている。


 俺も、富永先輩と最近流行りの話題をしていた。それは、俺が生前の時では流行らなかった大人気ラノベ小説「アクマンスレイヤー」と言う奴だ。


 元々、ラノベ自体は俺が生まれる十年前に流行っているが俺が知ったのは二十歳の時であり、二千二十年に小説やアニメにハマってラノベの正体を知る事になったが生前の時ではまだ知らなかった。


 本来であれば、盛り上がるはずの音楽アニメ「初音色ミルク」と言うアニメは俺らの話題になっていた。生前の時に、権藤さんが盛り上がっていたのに今はアクマンスレイヤーで俺らと盛り上がっている。


 俺も、家族を巻き込んでアクマンスレイヤーの原作やアニメを見て富永先輩達の話題に入ろうとしている。すると、女性陣全員がハマってしまったので、アニメや原作などが自由に見れている。


 生前の時にはなかった、俺らの流行りに家族も一緒に楽しめている。しかも、俺は率先して家事を手伝ったりテストの点数が生前の時より伸びたので少し我儘が通っている。


「権藤さんは、初音色ミルクの音楽とか興味ないの?」


「あぁ、どうだろうね。それより、アクマンスレイヤーのアツくんがかっこよすぎて堪らないんだよ!」


「そうか……。良かったね……」


 権藤さんは、すっかりアクマンスレイヤーに出てくるイケメンキャラの『アツダイロ』にメロメロである。


 実は、権藤さんはラノベ小説にハマっており「ブラックイズラッパー」や「ブレイブスターズ」と言う作品にもハマっている。


 ブレイブスターズと言う作品は、高校ラグビーの話である。俺も、高校の時にラグビーをしていたので、部員の一人がその作品を知っていた。そいつは、その作品の影響でラグビー部に入部していた。俺は、興味もなかったのに死ぬ程聞かされた。なので、俺も知っていると言う事を持ちかけると権藤さんは目を光らせて話してくれた。


 そうしながら、部活はあっという間に終了した。片付けに入って、帰りの準備をしながらでも権藤さんや富永先輩との盛り上がりは終わらなかった。


「清瀬君さ、お願いがあるんだけど」


「何ですか?」


 その頼み事とは、俺と富永先輩は親密な関係になった事が証明される物だった。それは、帰りの会の時に班で一列に並ぶのだが、いつも日高が富永先輩の後ろに座ろうとしてくるのだ。


 班のリーダーは、絶対に先頭で座らなければいけないから避ける事ができないのだ。なので、後ろに座ろうとしてくる日高が鬱陶しかった。


「全然いいですよ」


 俺は、承諾をして富永先輩の後ろに座ろうと男子更衣室を富永先輩と一緒に出た。だが、先に日高が前の方へと座っており、譲りたくないオーラが漂ってくる。


「日高、もうちょっと後ろに行け」


 しかし、俺が入れるスペースではなかった。


「富永先輩、入れないよ」


「だけんね、そこに清瀬君が座るけんもう少し後ろに下がれやって!」


 富永先輩に言われたので、日高は不貞腐れた態度で俺が入れるスペースを作ったが、俺が入ると俺の腰を蹴ってくる。


「日高、やめてくれ」


 俺は、後ろを向いて日高に注意をした。俺を睨んだような目つきで、引き離したが俺が前を向くとまた蹴ってくる。


「お前、いい加減にしてくれ」


 富永先輩は、日高と久原先輩を人一倍に嫌っているので、日高が後ろに座るのを嫌がっている。だからこそ、俺にお願いをしてきた。俺もその事は理解の上で、承諾を得たので日高の嫌がらせには少し予想はしていた。


 日高自身は、俺が楽しそうにしているのを羨ましそうに眺めてくる。それに対して、俺は生前の時と同じ気持ちが心の底から湧いてくる。


 すると、村部の班である奏ちゃんが俺の隣に来てくれた。村部は、班長なので奏ちゃんの前に座って楽しそうに話題を振ってくれるので、俺もそれに機して気を紛らわそうとしてるが日高の猛攻撃は止まらない。


「お前、いい加減に……」


 その刹那、奏ちゃんが日高の顔を殴った。俺の代わりに、奏ちゃんが拳で気持ちを伝えてくれた。周りの人は、何で奏ちゃんみたいな温厚そうな人が、日高を殴ったのかが訳分からずに止めの言葉を入れるしかなかった。


「いぶぉっ!?」


「尾崎君!?」


「奏ちゃん!?」


 先生がいる中で、奏ちゃんは俺に嫌がらせをしている日高の顔面を殴って黙らせた。しかも、音が聞こえる程の威力なので日高は泣きそうな顔をしていた。案の定、先生が駆け寄って注意してから奏ちゃんと日高を別の所へと呼び出した。


 いきなりの事で、沈黙状態が続きながら今日の帰りの会は終了した。その後に、急いで先生に報告をしようとしたが、富永先輩も訳分からずに俺に質問してきたので、俺は一連の流れを説明した。


「馬鹿やねぇ〜、あいつは。清瀬君みたいな優しい人にしか嫌がらせができないから、こう言う事になるんだよな」


「全くその通りです」


 俺は、富永先輩に話した事を先生にも教える為に先生の元へと移動した。すると、先生から残りなさいと言われたので、先輩達に笑顔で『あいつの泣き顔を拝んできますわ!』と一言残して問題の場所へと移動した。


「清瀬君に嫌がらせをしていたのは、日高君です」


「だけど、お前が殴る事はなかったぞ」


「清瀬君は、何度も注意してたのにそれでも辞めなかったので助けたまでです」


 田尻先生と奏ちゃん、日高の三人が話している所に岡本先生と俺が集合した。田尻先生は、それを見て俺に確認してきた。


「そうです。日高の嫌がらせを我慢していた時に助けてくれました」


 それを、聞いた田尻先生は日高に向けて『人の嫌がる事をしてるのに嘘までついたお前に泣く権利はない』と強く言ってくれた。


 まさか、泣きながら嘘までついていたとは思わなかったので、日高の性格が先生に知れ渡った所を見るととても清々しく感じた。俺は、生前でも日高の嫌がらせを受けてきた事を知ってので、奏ちゃんを巻き込んだ事は申し訳なく感じた。


 田尻先生から、二人にこれからの事を語られた。まず、日高は人の嫌がる事をしないと言う当たり前な事を丁寧に教育された。そして、奏ちゃんは人を殴ってはいけないと言う極普通な教育を受けた。


 俺からすると、精神年齢は二十六歳なので子供染みた事件だなとしか思えず、日高を見て心の中でたくさん笑った。


 お互い謝って解決した所で、俺らは解散する事になった。なぜ、そこまでしてくれたのか奏ちゃんに質問すると俺を傷つける奴は見過ごせないと言ってくれた。


 俺は、別に手を出さなくても皆んなが聞こえる声で先生に報告しても良いのにと言ったが奏ちゃんはその方法は頭になかったらしい。しかし、完全に日高が悪者になると言う事は前代未聞なので感謝している。


 しかも、奏ちゃんが関わる事で過去の経験が全く変わってしまっている。それは、俺が望んだ事でもあるが、奏ちゃんがこんな事で悪者になってほしくないと告げた。


「分かったよ、ありがとう」


 俺も、奏ちゃんに感謝の気持ちを伝えた。もし仮に、奏ちゃんが手を出してくれなければ明日も日高は舐め腐った目で俺を見ていだろうと思った。


 次の日、日高の姿は無かった。奏ちゃんは、昨日の出来事に対して先輩達から褒められていた。日高の行動に対して、昨日だけで無くずっと前から先輩達は不快に思っていたので、奏ちゃんが手を下した事に皆んなが喜んでいた。


「日高君って、嫌われてるの?」


「ずっと前からだよ。ちなみに、俺も大嫌いなんだ」


 本当であれば、俺は日高を親友として思っておくべきなのだが、あいつのしてきた事は俺にとって許された事ではない。


 たまたま、日高しか同じ部活生が居なかったので廃部になるまで仲良くしていた。確かに、楽しかった一面もあったがそれは日高に対してかなり気を遣ったからだ。


 正直言うと、喧嘩していた数が多くて、俺にだけ突っかかってくる程憎たらしい存在だとも思っていた。しかし、一緒に居たからこそ救われた事もあった。


 だけど、もう一度経験したいかと言うと二度としたくない。だから、俺はあいつの不満を全て奏ちゃんにぶつけた。俺は、陰口を言うのは間違っているが、それでも日高とは関わりたくないとまで思っている。


「そーなんだ。まさ君も大変だね」


「そうだろ? 俺はさ、舐められやすい体質だから大変なんだよ」


 奏ちゃんは、笑いながら俺の相談相手をしてくれた。気持ちがスッキリしたし、日高が居ないから今日の休日練習も楽しくて仕方がなかった。


 しかし、次の日は奏ちゃんと遊ぶ日なのだが、奏ちゃんは具合が悪いとの事で遊びは無くなった。


「まさ君、おはよー」


「お! 具合は大丈夫か?」


「もう平気だよ」


 それから、学校の日になったので俺は奏ちゃんと教室で他愛いも無い話をした。実は、奏ちゃんもアクマンスレイヤーにハマっているのでその最新話が昨日放送された事を奏ちゃんに話した。


「確かに、面白かったよね」


「みんなー! 大事な話があるー! 早く席に着いてー!」


 俺らが楽しく話している時に、柴田先生は慌てた様子で皆んなの前に駆け寄った。


「今朝に報告があったんだが、日高君が交通事故で亡くなったんだ!」


え……


 皆んなは、唖然としていた。まさか、日高が交通事故で死んだとはありえない。何かの間違いだと思う。だって、生前の時の日高は自分の店を出していたぐらいだから、日高が交通事故で死ぬ事はあり得ないと思っている。


 しかし、本当の事だと言う事が判明しているので、他の人達は驚いて何も言えない状況になっていた。

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