第8話 転校生

 奏ちゃんとの楽しい夏休みが、とうとう終わってしまった。今は、九月二日月曜日で二学期が始まる始業式の日なのだが、なぜか俺の後ろに見覚えのない席が一つ増えていた。


「何で、席が一つあるんやろうね」


「分かんない」


 俺の前の席に座っている柿野曜介かきのようすけが、俺と同じ疑問を吹っかけてきた。柿野は、いずれ男子テニス部のキャプテンとなる男である。柿野は、とても優しい人で俺に率先して話しかけてくれる。


 そんな柿野と一緒に推理してると、担任の柴田しばた先生が急いで教室に入ってきた。この先生は、顧問の担当をしたがらない事で有名な先生だ。俺らが、卒業するまでは何一つ部活の顧問をせずに廊下で自分のギターを弾いている。


「みんなー! 今日から転校生が来るから早く席に着いてー!」


 柴田先生は、とても明るくて授業より雑談をするのが大好きな先生だ。そんなゆとりを持っている先生が、転校生がいるからと急いでいる雰囲気だった。周りの人達も、突然の事で混乱している様子が垣間見えた。


「入ってきてどうぞー!」


 すると、俺が着ている福西中学校の制服を着た奏ちゃんが俺の教室に笑顔で入ってきた。


「今日からお世話になります。前春中学校から来ました。尾崎奏と言います。よろしくお願いします」


 柴田先生が、奏ちゃんの自己紹介と共に名前を黒板に書き出していた。俺もそうだが、クラスメイトも転校生の存在に驚きを見せていた。しかも、奏ちゃんがこの学校に来るとは思わなかった。


「尾崎君は、清瀬君の後ろの席が空いてるからそこに座ってくれる?」


「はい。ありがとうございます」


 柴田先生の合図で、奏ちゃんは俺の隣を通り過ぎて後ろの席に座った。奏ちゃんが、席に座った所で柴田先生が朝礼を始めた。


「何でここにいるんだよ?」


「まさ君が来いって言ったから」


「だったら、何でその事を言わなかったんだよ?」


「まさ君を、驚かせたかったから」


 俺は、周りに聞こえないように小声で奏ちゃんに向けて質問した。奏ちゃんの席が、俺の後ろなので柴田先生にも注意を受けそうなのだがバレる事なく会話する事ができた。


 朝礼が終わって、休憩時間の時に殆どのクラスメイトから注目を浴びていた奏ちゃんは、俺と仲が良い事を猛アピールしてきた。理解が追いつかない俺も、生前の時には経験しなかった皆んなからの注目の的に俺はなってしまった。


「お前〜、仲良いなら知ってただろ〜?」


 柿野からの質問に、答えれる程の心の余裕はなかった。申し訳ないと思いながらも、学校が終わり部活の時間になると奏ちゃんは俺に着いてこようと先に準備を終わらせて待っていた。


「どした?」


「まさ君を待ってるの。同じ卓球部でしょ」


「そうだけど、顧問の先生も知ってるの?」


「夏休みの間に自己紹介は済んでるよ」


「そうか。早いな」


 俺は、奏ちゃんと一緒に練習場へと移行した。予想していた通り、奏ちゃんに向けられた目が凄く痛かった。奏ちゃんは、俺と腕を組んだまま転校した事を知らない人達の目線を掻い潜っていた。しかし、気になって仕方がない様子を見せた富永先輩は近くに居る俺に質問をしてきた。


「清瀬君、この人は?」


「転校生の尾崎奏です」


「よろしくお願いします」


 先輩達も、案の定の反応を見せていた。いきなり、転校生がやって来るとは思ってなかったそうだ。すると、卓球部の顧問である田尻たじり先生と岡本おかもと先生が入ってきた。先生達は、奏ちゃんの存在を知ってるので皆んなを集合させてから奏ちゃんの自己紹介をした。


 最初の外周が終わりウォーミングアップが終わった所で、奏ちゃんの実力テストが開始された。これは、前代未聞で生前ではなかった事なのでワクワクしている。


 テストと言っても、どれぐらいの実力があるのかのテストであり、集まっている男子卓球部の全員と一セットだけの試合をすると言う事だった。まず呼ばれたのは、日高だった。呼ばれてない人達が普通の練習をしている中、この試合は行われた。


 岡本先生が審判をする中で、日高は魅力が全くない下回転のサーブを連発している。その後のスマッシュに日高を圧倒させており、奏ちゃんの得意な横回転のサーブで、日高を一点も取らせる事なく試合は終わった。


 奏ちゃんの横回転サーブに驚いた先輩達は、練習してるふりをしながら観察していた。俺は、生前の時にやった奏ちゃんとの対決でこのサーブを経験している。


 次に呼ばれたのは俺だった。確かに、この時点ではまだ弱いと判定されているので、日高の次に呼ばれると言う事は予想していた。俺との試合に、奏ちゃんも緊迫した状態で始まった。こうして見ると、奏ちゃんの周りには他の部員達に注目が集まっている事が分かった。


 俺の横下回転のサーブを普通に返されて、俺がドライブを仕掛ける。だが、生前の時と全く変わらずにカウンタースマッシュを浴びせてくる。奏ちゃんの凄さはそれだけじゃない。奏ちゃんの横回転サーブの回転力がエグすぎて、なかなかコートに入らない。


 俺も結局、日高と同じ結果で終わってしまった。その後に、高目君との試合になってたが俺と日高と同じラブゲームで終了した。俺らは、奏ちゃんの横回転サーブで手こずってしまっている。


 村部もそのサーブに手こずっていた。だが、卓球クラブの経験を活かして、奏ちゃんと同じサーブを起用した。しかし、少し角度を変えたバックスマッシュで、村部のバック方向に素早く返球した。反応が遅くなった村部は、返しきれずにネットに引っかかった。


 村部もボロボロの状態になり、ラブゲームで終了することになった。俺ら一年生は全滅になり、奏ちゃんが同学年の中で最強になった。それに警戒心を強めてきた先輩達は、どうだったのかを俺らに聞いてきた。


「めっちゃ強かったです」


「清瀬君が負けるって事だから、久原は絶対負けるやろ」


 富永先輩に聞かれた俺は、気持ち的に圧倒されており専門的な感想が言えなかった。久原先輩は、二年の中で最弱と謳われているので皆んなの予想通りに久原先輩が次に呼ばれてボロボロに負けて帰ってきた。


 富永先輩と一緒に笑い転げていた堤先輩が、今度は呼ばれてボロボロになって帰ってきた。それを見ていた富永先輩は、さらに笑い転げていた。


 舞谷先輩もラブゲームで負けてしまい、七人連続のラブゲームと言う結果を、奏ちゃんは叩き込んだ。


 流石に心配になった富永先輩が、今度は呼ばれる羽目になった。先輩のゴリ押しスマッシュが、全く効く事なくカウンターやブロックで返球されていた。


 しかし、ゴリ押しスマッシュが角にあたり、一点取る事ができた。しかし、この取り方はタブーの取り方なので喜ぶ事なく奏ちゃんに謝って次に移った。結局、タブーの取り方をした一点しか取れずに十一対一と言う結果で富永先輩の試合が終了した。


「奏ちゃんが強すぎる……」


 生前の時とは、比べ物にならないぐらい強くなっていた。生前に戦った時が、嘘のように感じた俺は奏ちゃんが別人のように見えた。


 今度は、木下先輩が呼ばれる事になった。もし、このまま行けば坂本先輩と成宮先輩が待っているし、周りにいる人達も緊張感が増してきている。


 だが、木下先輩は意外と冷静な反応を見せていた。横回転サーブに対して、粒高ラバーの面で普通に返した。本来であれば、横に飛び出てしまう程の回転力なのに、それが効かなくなるとそのサーブは意味がなくなってしまう。


 しかし、球が浮いてしまった。チャンスボールになった事で、奏ちゃんはスマッシュを仕掛けたが、木下先輩はブロックして返球した。


 奏ちゃんのスマッシュは、とても速くて反応ができない。しかし、冷静沈着な木下先輩はその攻撃に動じる事はなかった。


 だが、あまり動く事なくミスを誘うスタイルの木下先輩に奏ちゃんは端っこにスマッシュを仕掛けてきたり、ネットのギリギリでツッツキを返したりと木下先輩を動かそうと返球をていた。


 木下先輩との試合は、かなりの接戦だった。結果は、十一対九で木下先輩が勝利した。だが、勝利した木下先輩も負けるかもしれないと焦っていたらしい。


 その後の奏ちゃんは、坂本先輩に勝って成宮先輩に負けた。成宮先輩とも接戦している状態だった為、奏ちゃんは部活でも注目の的になってしまった。


 部活が終わり皆んなが帰っている中、先輩達だけ集まって奏ちゃんの実力について語っていた。『卓球初心者にしてはこの実力はやばい』と言う話になっており、生前に比べて先輩達の顔が引き締まっていた。奏ちゃんは、皆んなに初心者であると先に伝えているのでその効果は絶大だった。


 しかし、実力主義じゃなく学年主義なのでどんなに奏ちゃんが強くてもレギュラーとして試合に出れる事はない。俺も、生前の時は堤先輩と舞谷先輩に勝って実力を上げたのに試合のメンバーには選ばれなかった。


 だけど、良い効果にはなったと思う。次の日から、女子部員にも戦いを設けられる事になっていたし、先輩達からも再戦を挑まれる程の人気者に奏ちゃんはなっていた。

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