第3話 蘇る記憶

 知らないおじさんから、いきなり体罰を食らったかと思ったら本当に時間が戻されているのが分かった。なぜかと言うと、俺が二十歳の時に父親の都合で引っ越した家の風呂場に居たからだ。しかも、引っ越した後に家が取り壊されて新築が二件も建てられたからだ。だから、ここにいると言う事は時間が戻らない限りありえないという事だ。


 もう一つ分かるとすれば、俺の身体の事だ。生えているはずの股間の毛が、全く生えていないという事だ。それに、身長も縮んだようにも感じると言う事は中学の頃に間違いない。


「とりあえず風呂場から上がろう」


 俺は、風呂から上がったのと同時に洗面所にある鏡に目を通した。すると、驚きと共に感動の気持ちが込み上げてきた。これは、映画やアニメで見た事のあるタイムリープを俺は体験している。アニメと全く同じで、憧れていた事だからこれで苦い中学生時代をやり直せると言う期待が俺の中に膨れ上がった。


「お兄ちゃん! 早く上がってきてよ!」


 その刹那、俺の妹の声がした。俺の兄妹は、姉一人と妹二人の四人兄弟である。その中の一人である次女の友希ゆきの声がした。歳が二つ離れているおり、溝田と同じ歳である。しかし、今は関係のない話だ。とにかく、身体を拭き下着を履いてからドアを開ける事にした。


 すると、そこには懐かしくて印象深い光景が視界に広がった。洗面所は、リビングにつながっている為、リビングにいる皆んなの様子が数年ぶりに見えた。


 時が戻っても、全く変わらない姉の榛美はるみと少し若返った母親の奈央子なおこがリビングにいた。そして、リビングの横につながっている和室には、仲良しコンビの友希と芽衣香めいかの妹二人がテレビを見ていた。


「お兄ちゃんがやっと上がってきた!」


「政真、めっちゃ遅ーい!!」


「一時間も何してたのよ。男なんだから、もっと早く出てきなさいよね!」


「次は芽衣が入る―!」


 うるさい女性陣達を見て、当時芽生えていた感情を思い出した。父親は、出張だったり仕事で夜遅かったりで家に居ることは少なかったから男一人で肩身が狭かった。


 大人になって、やっとの思いで一人暮らしが出来た時は清々しかった事も思い出した。こんな家族でも、俺の中ではとても楽しかった。俺を含めて、家族全員がその時間を大切にしていた事も頭の中に蘇ってくる。


「お兄ちゃん? なんで泣いてるの?」


「あれ? なんで涙が……」


 一番下の妹である芽衣香に、言われて自分が泣いている事に気づいた。そう言えば、一人暮らしする時も高校の受験の時もみんなで送り出してもらった。


 何で、こんな時に涙が出てくるのだろう。俺の大事な家族なのに、母親には酷い事を言ってしまったり死ぬ前に家族の顔が見れなかったりで後悔の念が浮かんでくる。


 俺はその場から、自分の部屋まで逃げ出す事にした。俺は、情けなさからどうしても涙が止まらなかった。俺の部屋に戻って少しは落ち着いたが、今度は悔しさが止まらなくなった。こうしても、先に進まないから気持ちを切り替えていこうと思った。


「今日は、七月二十一日日曜日だから明日から新チームだ」


 そうカレンダーに書かれている。そう言えば、新チームになってから台に入れてもらえる事が少なくなった。今の三年生が、区大会で終わって次の日から新チームとしてレベルに見合った班が出来上がっていく。しかし、同じ班の部員と仲が少しづつ拗れていき、先輩の中で嫌われている久原先輩と仲良くなり、二人で孤立してしまった。しかも、久原先輩が二月に辞めてから一人になり台に入れなくなった。


「そう言えば、そんな事があったな。どうしようかな……」


 拗れてしまった原因は、自分にあると思っている。はっきりとは、分からないが先輩に言われたのが『卓球が弱いから』と言われた。多分、それだけでなく同じ班の女子部員との話についてこれなかったのもあると思った。それとも、久原先輩と仲良くなってしまったからなのかもしれない。そう考えると、よく辞めずに頑張ったなと思った。


 それか、トイレに引き篭もっていたからなのかと思う。授業中に、抜け出してトイレに引き篭もったり部活中でもトイレに居る事があったので、相手にドン引きされていたのかもしれない。


 だが、俺が一年生の時だけで二年生からは何かとクラスの子や部員達と仲良くなり始めてきた事から、トイレで思い詰める事が少なくなった。


 とりあえず、トイレに引き篭もるのだけはやめようと思う。クラスの雰囲気に耐えられずにいたし、家に引き篭もっていても母親の圧力に負けて居づらくなる。二学期からだから、夏休みのうちに負けない様に意識しておくといいのかもしれない。


 後は、廃部にならないための人数集めが勝敗を分けると思う。俺の同級生は、俺を含めて四人いる。俺と村部瞬むらべしゅん、高目悠希、日高翔人ひだかしょうとの四人だ。高目君は二年生の初めに辞めて、村部に関しては先輩が卒部して女子だらけの環境に耐えられずに辞めてしまう。


 そして、一つ下の後輩なのだが部員が集まりやすい大事な時期にトイレ掃除という罰を食らってしまい、そのせいで入る予定だった後輩が全員違う部活に入部してしまった。なのに、女子部員は四人も獲得したので男子部員も集まるように努力したい。


 でも、一人だけではどうしようもできないので助っ人が必要になる。しかし、誰に助けて貰おうか分からない。母親は、部活の様子ぐらいは先生から聞けると思うけど部員達に言って聞かせるのは無理だし、女子部員の誰かに頼るのは馬鹿にされる対象になる。顧問の場合は、言いづらいし何かと面倒臭い。気軽に話せて協力してくれる人と言えば久原先輩しかいないと思う。


 同級生の男子ならいいかもしれないが、高目君は事情があって来れる機会が少ないし、村部は先輩達と仲良すぎて同級生である俺らなんか相手にしてくれない。日高は、性格が合わないというか俺にだけ突っかかってくるし、他の人にはいい顔してくる奴だから、こいつだけは頼りたくない。なんにせよ、誰かに未来の事を言い当てて信じて貰うしかないと思ったが、頼れる人が思いつかないのが現実である。


 それか、辞めて違う部活に入ろうかなと思うが、どの部活も続けられる自信がない。なら、帰宅部になるが勉強を頑張って家族の皆んなに認められて楽に過ごすと言う選択肢もある。確かに、成績が良ければどの高校に行くか選択肢が増えるから不良達が多い学校には行かなくて済む。


 俺の行った男子校は、自分に合った学校で楽しかった。だが、彼女はできなかったしイキってる奴は多かった。何かを妥協すればいいのだが、とにかく卓球部を辞めずに解決できれば望ましい。


 俺の目標は、男子卓球部の廃部を阻止する事か、できなくても同級生だけで団体を組んで最後の大会に出場するかのどちらかだ。とにかく、第一目標は廃部を阻止する事だ。


 とりあえず、もう寝ようと思う。明日からは、一度経験した事のある部活の日だ。最初は、様子見で行こうと思う。後は、周りの状況によってこれからの事を決めるとしよう。俺は、そう決めてから懐かしい布団に潜って気持ち良く寝る事にした。

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