第2話 死後の世界
激痛から解放されたと思ったら、知らない場所で俺は立ち尽くしていた。周りは、白い霧に囲まれているが近くの背景はくっきりと見える。自分の足元には、雑草がたくさん生えているが数歩先に進むと浅い川が流れている。
「これが三途の川か」
見た事ない光景でも、死後の世界と三途の川はすぐに理解できた。つい先程まで、覚悟を迫られる程の激痛に襲われていたから、それが無くなったという事は死んだという事だと感じていた。
しかし、それでも理解できない事が一つだけあった。それは、知らない人物が川の中に入って俺の方を見つめているという事だ。薄汚いフードを被ったおじさんで、垂れ目で元気がなさそうな雰囲気が漂っている。こちらと目が合った途端、こちらに来てほしいという合図をしてきた。
「はじめまして。清瀬といいます」
「ふん。そんな事は知っとるわい」
俺は、初めて見る人物なので相手より先に挨拶をしたのだが、おじさんに一蹴された。おじさんは、俺に対して強い口調で当たってくるのだが心当たりがない。
「お主は、この世界がどこなのか分かっておるのか?」
「死後の世界ですよね?」
「そうじゃ。わしは、お主に用事があるからここにいるのじゃよ」
「要するに自己紹介はいらないと?」
「当り前じゃ! こんな最後はわしにとっても納得がいくわけなかろう!」
「すみません」
俺は、おじさんが言っている事はなんとなくわかった。確かに、母親に情けない姿を見せた挙句、最後にふさわしい死に方では無かったと自分でも思う。だからと言って、自己紹介せずに怒るのは良くないと思った。でも、おじさんは俺の事を知っている雰囲気だった。それにしても、相手の三途の川の中に当たり前のように入っている理由が全く分からない。
「実は、お主に聞きたい事があってのう」
「何でしょうか?」
「おぬしが死ぬ前に、女性と話しておったじゃろう。その子と盛り上がった話題にタイムリープのアニメの話になっておったな……。それで、その……」
「そこまで知っているのですか!」
「そうじゃよ。じゃが、そんな事より過去に戻る気はないかね?」
「え!?」
俺は、それでも訳が分からなかった。おじさんは、何かを躊躇っている様子だったが用件はタイムスリップしてほしいと言って来た。
確かに、咲奈さんとの盛り上がった話題でアニメの話題が出ていたが、本当にできるかも分からないのにそんな事を言われてもすぐには理解できない。
「確かに、私は悔いがあります。心残りがあるとはいえ、大事な人に八つ当たりをした挙句、死に方も納得がいきません。しかし、そういう事はいきなりなってしまう事で、したくてもなるものでは無いかと?」
「何を焦っとるんじゃ。理由は、ちゃんとあるではないか。しかし、きっかけは何でもよかろう。死んだ瞬間に時間が戻ったり、機械を作って時間を戻したり、はたまた知らないやつに話しかけられて時間を戻されたりなど、さまざまじゃろ」
「それはそうですが、いきなり言われても困ります」
確かに、俺はSF系のアニメが好きで咲奈さんもこういう話は好きだと言っていた。それで、咲奈さんと距離が縮まったと言ってもおかしくない。しかし、話の中だから盛り上がるのであって、実際にタイムリープするのは少し心の準備が必要かもしれない。それでも、したくない訳ではない。できるのなら、過去に戻って病気で倒れない様に毎日を心がける事と家族を大事にする事、後は中学生の頃の願いを叶える事の三つだと思った。
「なら、そのまま三途の川を渡りきるか?」
「いいえ。ぜひ、やり直させてください」
「どうしたんじゃ? 急に心変わりなど早すぎるじゃろう」
「どうしても、やり直したいんです。お願いします。貴方が、どんな力を使えるか分かりませんが、それでも時間が巻き戻るなら本気でやり直したいです」
「そうか。それじゃあ、心の準備はできておるのか?」
「お願いします」
できているというか、やるしかないと思っている。自分の我儘だとは思っているし、誰かの命を救うわけでもない。しかし、あんな終わらせ方をされたら黙ってはいられない。だから、せめて納得のいくまで抗ってみせる。
その刹那、俺はおじさんに後頭部を思いっきり掴まれて川の中に顔を沈ませられた。いきなり過ぎて反応が遅くなり、体制がそのまま崩れてしまった。
「ぐばっ!!」
「もっとこらえろ! お主の決意はこんなもんか!」
これは一種の体罰だと思った。鼻の中に水が入ってくる。とても息苦しいし、おじさんの腕の力が強すぎて体や首の筋肉をフル活用して息をしようともがいてもちっとも上がらない。さらに、抑え込まれてしまい土の中に顔が入ってしまった。川の中が微妙に浅くて地面に顔がくっついている。鼻が痛いし息苦しいし、マジで意識が遠のいていくのがわかる。
「ぷはっ!!」
我慢の限界と思った刹那、いきなり顔を上げる事ができた。久しぶりに見た事がある場所に行きついていた。そこは、引っ越しする前に住んでいたお風呂場の光景が視界に入った。
「ほんとに時間が戻ってる」
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