ガーガラド・スマッシュ

タイシンエル

第1話 思い出す過去

 初めて見た走馬灯には、家族の楽しかった出来事や高校で共に過ごした親友達の記憶ではなかった。とても、見たくはなかった記憶の一部であったと認識している。


 それは、中学生の頃の出来事だった。俺は、卓球部員として三年間やってきたのだが、とても悔しい結果に終わっていたのだ。


 その悔しい結果とは、この勝負に勝つことができなくて次の大会に出場できなかったなどの熱烈で青春的な悔しさとはかけ離れた結果だ。一方的に廃部と言われ、部活の勧誘もできないし団体も組めないまま、熱い夏の物語は隣の女子卓球部の闘いを眺めて終わった。


 いきなり死ぬ程息苦しくなり、胸に手を当てながら悶絶している事を自分でも自覚しながら思い出した記憶が、心残りな中学時代の記憶だった。


 今は、病院のベッドで横になっている。昨日の夕方頃に、道端で倒れた俺を誰かが救急車を呼んでくれたらしい。お陰で、何とか一命を取り留めて懐かしい母親の顔を拝める事ができている。


「大丈夫ね? あんたは、食事の管理とか細かい事をしないからね。困ったもんだね」


 母親は、俺が倒れた事を聞いてすぐに駆けつけてくれた。息子が重い病にかかってもなお、元気で明るく声をかけ続けてくれる。酷いと思うが、それをラジオ感覚で聞き流しながら病院の窓に写る青空をずっと眺めていた。


政真せいしん! 人の話をちゃんと聞かんね! これだから、あんたは身体の管理もろくにできないんだね!」


 俺の事を、叱りながらもずっと俺の側に居てくれる。二六歳になった俺を、口うるさく応援してくれるし困った時は手助けもしてくれる。有難いけど、それが原因で駄目な息子ができ上がったのかもしれない。


「中学生の頃のあんたは、まだ可愛いかったね。あんな結果になったけど、ちゃんと最後まで部活を頑張ってきたからね」


「そういえばさ、何で俺らの部活は廃部になったんだ?」


 母親は黙り込んでしまった。俺は、ふと思い出した事を何も考えずに言った自覚はあるが、それでも聞きたかった。その時、俺が見た走馬灯に映った中学生の頃の記憶を思い出した。


 当時の男子卓球部は、俺を含めて二人で活動していた。対する女子卓球部は十四人もおり、新しい学年になって女子が六人も入部して合計二十人になった。


 それに比べて男子卓球部は、廃部を宣告されるし団体も組ませてくれなかった。校長先生に理由を聞きに行っても、『PTAの方にお願いしたんだけど、どうしても駄目でほんとに申し訳ない』と顔真っ赤にして謝られ、理由を述べてくれなかった。


「そうね。全国優勝した小学生ドッジボール選手が、中学でバトミントンをやりたいと言ってたらしいけど、バトミントン部はないし部活制限もあるから、それをきっかけに男子卓球部を廃部にしようっていう話を聞いたことがあるね」


「でも、そいつは違う部活に入ってただろ」


「テニス部だってね。私も、聞いた時はショックでね。バトミントン部も作らなかったらしいね」


 ほんとにふざけてると思うし、せめてバトミントン部を作って結果を残して欲しかったと思った。俺が、中学二年生の時にそいつは小学六年生であった。中学生になってから、ドッジボールではなくてバトミントンという新しいスポーツをしたいという事だ。


 母親はPTA役員だったので、その話をいち早く入手して当時の俺に相談してきてくれた。正直、そいつの我儘が通用するのかと疑ってはいたし、仮に本当の話でも全国レベルのバトミントン選手なら納得はいく。だが、ドッジボール選手なのに違うスポーツに手を出そうと我儘を言った結果が他人の目標を犠牲にした。


 しかも、バトミントンではなくてテニス部に入部していた事が何よりも気に食わなかった。バトミントン部を、作るために何か行動をしているわけでもなかった。そもそも、そんな理由で廃部にしてよかったのかと疑問を抱いているので、何か裏があるのではないかと同級生に相談した事がある。


 その同級生は、中学二年生の四月に辞めた元男子卓球部員の高目悠希たかめゆうきという人物だ。彼は、チック症という精神疾患を患っている。それが原因で、周りとも上手くいかず大会の日ぐらいしか参加できなかった。


 そんな彼が、二四歳の時に行われた同窓会で出会う事になり、彼と久しぶりに話をして盛り上がった。その流れで、同窓会の後に二人だけで飲みに行ってその話をした。


 彼からすると、見てくれる顧問がいなかったのではないかと推測していた。確かに、卓球に詳しい先生はいなかった。俺が、廃部を宣告された時の見てくれる顧問はバトミントンに詳しい先生とテニスに詳しい先生の二人だった。


 その他にも、女子卓球部に力を入れたくて男子卓球部の費用を女子卓球部の方に当てたかったのかもしれない事も話した。


 俺の代の女子卓球部は、【県大会ベスト4】という結果を叩き込んでいる。個人戦でも、部長が優勝成績を三回残しており、他の部員も一人一人が良い成績を残しているのだが、男子卓球部は二人とも一回戦で終わっている。


 男子より女子の方が活気があり、将来性があるという理由なら男子卓球部を廃部にする理由としてあり得るかもしれない。その事を母親に話したのだが、母親は残念そうな顔をしていた。


「あんたはアホやね。私なら、同じテニス部の子に聞くけどね」


「あ、確かに……」


 少し頭を捻れば出てくる方法だった。そいつは、女性なので女子テニス部に入部している。だから、一人だけそいつと仲良かった同級生を知っているのでその人に情報を聞き出せば、疑問は解決していたのかもしれない。どちらにしても、大人は汚いという事だけは知った。


「大人って汚ねぇよな。絶対に裏があると思うなぁ」


「まぁね。でも、その事があったから、高校ではラグビーを頑張ったやないとね。中学では、経験できなかった仲間との絆を深めれたやないね」


「その事があったから負けたくないとは思ったし、高校で見返してやりたいって思ったよ」


「なら、良いやないね! 何が駄目とね?」


「駄目に決まってんだろ! 心残りなんだよ! せめて、真実が知りたいんだよ!」


「知ってどうするとね!」


「知りてぇだけだよ!」


 母親と言い合いになってしまった。かなりの声量だと思っている。だけど、個室だから人には迷惑はかけてないと思うが、部屋中に響き渡っている事だけは確かだ。


 その刹那、扉のノック音がなったので俺らは一斉に黙り込んだ。客人かと思い、扉の方を見ると『失礼します』という声が聞こえながら扉が開いた。


「あれ? 咲奈さきなさんだ。お疲れ」


「政真さん! お疲れじゃないですよ! どうされたのですか!?」


「すまん。心配かけた」


「あら? 政真に、いつの間にか女ができてたのね。なら、私はお邪魔しようかしらね」


 母親は、突然入ってきた咲奈さんに軽く会釈をして出ていったが、俺の方は全く見てくれなかった。


「彼女と間違えられたな」


「最悪です」


 彼女の名は、清瀬咲奈きよせさきなと言って俺の会社の後輩だ。ちなみに、俺の名字も清瀬と言うからお互い下の名前で呼び合う事にしている。


 咲奈さんと仲良くなれた理由は、同じ中学校の後輩だという事だからである。前は、仕事で必要最低限の関係を保っていたのだが、二つ下の後輩だという事が分かってから二人で飲みに行く事が増えた。


「店長が驚いてましたよ。突然、母親から電話がきたと思ったら倒れたなんて言うから、休みの私に電話が掛かってきて代わりに見て来いって言われたんですからね!」


「ほんとに迷惑をかけてごめん。後で、店長にもお詫びの電話をしないと」


 俺は、『はすい銀行』という場所で働いている。そこは、福岡に支店をたくさん築いていてその一部に俺と咲奈さんは勤めている。


「あの店長の事は無視しといて良いですよ。それより、大声出してるの聞こえてましたけど、どうされたんです?」


「聞こえてたんだ……。いや、中学の卓球部の話でかなり盛り上がっただけだよ」


「あ、その話なら私も新しい情報を耳にしましたよ」


「そう言えば、咲奈さんにも言ってたな。忘れてたよ」


 咲奈さんは、俺が三年生の時に一年生だったので、廃部の元凶になったそいつと同級生である。そいつと咲奈さんは、同窓会で知り合ったらしく当時について色々と話したそうだ。


 そいつの名は、溝田美優紀みぞたみゆきと言う名前だ。咲奈さんとは、クラスが三年間一緒だったが当時はあまり話してなかった。同窓会で、久しぶりに会った事でお互いに興味を持ち、中学の思い出と共に俺が知りたかった情報を聞いていたそうだ。


 溝田は、小学生ドッジボールチーム【アスパラモンキーズ】の主力選手だった。溝田のお陰で、たくさんの試合に勝ち周りからも頼られる存在であった。


 しかし、溝田は全国優勝して数ヵ月が経過した頃にTVでとあるニュースを見ていた。それは、バトミントン選手がオリンピックで金メダルを獲得した時の話だ。その選手は、過酷な環境下でも己の気持ちを裏切る事なくバトミントンをやる事で、結果が実って初出場で金メダルを獲得したのだ。溝田は、そのバトミントン選手を見てバトミントンをやりたい気持ちになったそうだ。


 しかし、溝田の家族は男尊女卑が激しく溝田にとっても厳しい環境だった。兄弟は、兄一人と弟一人の三人兄弟である。特に母親から厳しくされており、テストで高得点取らないと駄目だとかスポーツで結果を残さないとご飯抜きなどの虐待を溝田は受けている。だが、他の兄弟は母親に甘やかされている。


 母親からの虐待に耐えている中、ドッジボールの全国優勝が決まった時に父親から中学校でやりたい事はないかと言われた。その時に、バトミントン選手のニュースを思い出してバトミントンがやりたいと答えた。


 本当は、私立の女子中学校に通いたいと思っていた。沢山の友達を作って、女子だらけの環境に入り浸りたいと思っていた。しかし、母親からの罵声を父親と共に浴びた。父親は、母親に恐れているので歯向かう事は出来なかった。


 そんな父親に気を遣いながら、中学校でバトミントン部を作りたいという事を母親に打ち明け、これだけは譲れないという事も打ち明けた。すると、自分で作ってみなさいと母親からマウントを取られた。


 それを聞いた溝田は、母親に内緒で父親にお願いして部活を作る手助けをしてほしいとお願いした。父親からは、ばれないようにしようと言われており、親として父親は動き出した。しかし、中学校に入学した後に父親からある事を言われた。


「中学校では部活制限があって、七月に男子卓球部が廃部になるから一枠空くんだよ。そこで、バドミントン部を作りなさい」


 そう言われたが、母親からは今のうちに部活に入りなさいとか帰宅部はあり得ないなどと酷く怒られた。それを父親に言うと、違う部活に入って時が来たら辞めると良いとアドバイスを貰ったのでそうする事にした。


 それから、テニス部に入って一時的に過ごすつもりだったが、時が来ても辞める事はできなかった。母親から、辞めるなと言われた。部活を辞めようとすると、父親から貰った携帯を取り上げて解約すると脅された。解約されると、友達との連絡ができなくなると思ったので辞めれなかった。


 時が過ぎて三年生になった頃、スポーツ推薦で熊本にある女子テニス部の柳谷女子高校に行く事を母親に相談したが許して貰えなかった。しかし、溝田の兄が転職で熊本に行く事が決まった。しかも、溝田が行きたい高校に近かったので、家では全く会話しなかった兄が溝田に少しでも自由を与えるようにと母親を説得した。


 高校になってから、長男の兄と二人暮らしになった。高校に入学して三ヶ月後、テニス部を辞めてからバトミントン部に入部した。


 長男の兄は、笑いながらも溝田の行動を肯定した。溝田が、バトミントン選手に憧れていた事も諦めずにこっそりとバトミントンの勉強と練習をしていた事も兄は見ていた。


 母親からは『調子に乗りなさんなよ! 女性のくせに!』と言われたが『あんたもだろ。ばーか!』と一蹴することができた。


 それは、長男の兄とこっそり父親の支援がついているからであった。少しでも羽が伸ばせる事で母親に見返してやりたいと思っていた。バトミントンで成り上がってみせると誓い、卒業してからは社会人のバトミントン選手として大活躍しているそうだ。


「長くなりましたが、元凶は溝田さんの母親のようですね」


「怒りの矛先が変わったな」


 聞いてると、溝田は大人達に利用された様に思える。実際、母親の虐待さえなければ私立の女子中学校に通う事ができていたのかもしれない。バトミントンをやりたい理由は、不思議ではないし誰かの影響を受けてやりたい事が決まるのは素敵な事だと思った。


 ただ、長男の兄に救われなければ母親の言いなりとして苦しんだままだった。俺は、女子校に行けた喜びとバトミントンをやれた喜びを聞いて溝田に対する嫌悪感はなくなった。


 ただ、問題は溝田の母親の様だ。俺は、溝田の母親の言葉一つ一つが裏がある様な言い方が納得できない。しかも、父親も八方美人で俺はムカついている。色んな人にいい顔をしているから、妻に反論しないしこっそり溝田の味方をしている。本気で見方をしているなら、溝田の気持ちにしっかりと応えるべきだと思った。


「なんか、すみません」


「全然いいよ。ただ、もう少し早めに聞いておけば、母親と喧嘩する事なく済んだのかもな」


 正直な所、聞かない方が良かったかもしれないと後悔している。今まで、溝田を恨んだ気持ちでいたがそれは間違っていた。


 そう言えば、俺ら男子卓球部が廃部にされて当然な事をしていたのかもしれない。俺が一年の時に顧問が三年の受験で忙しくて、部活に来れない時間はみんなしてサボっていた事を思い出した。


 バレル度に、トイレ掃除や学校の周りを走らされていた。それでも、また居ない時に皆んなしてサボっていた。だが、ごく一部の人はさぼっている間に卓球をして力をつけていたが、それでも連帯責任で罰を受けた。なので、それが原因で辞めた部員もいる。


 二年になって、先輩も最後の年になり顧問も時間ができるようになってきたので、真面目にやる人たちが増えたのだ。特に、しっかりとしなければいけない男子卓球部の先輩達はふざけてばかりで何も考えていない様だった。


 女子卓球部には、一つ上の先輩は一人もいないからこそ、尚更しっかりしなければならないが最後までふざけていた。なので、顧問は見限って廃部計画を立てたのかもしれない。


「先輩? 大丈夫ですか?」


「ごめん。考え事をしてた」


 咲奈さんの声を聞いて、俺は自分の世界から帰ってきた。周りを見ると、もう夕方になっていた。咲奈さんと話をしていると、いつも時間が過ぎるのが早く感じる。その後は、咲奈さんと別の話をして楽しく盛り上がった。


 そして、もう帰る時間が来たので咲奈さんとは別れて一人の時間がやってきた。一人になると、母親になんて事を言ってんだと思い返してしまった。母親も、何か言えない事があったのかもしれない。その気持ちを、汲み取っていれば喧嘩にならなかった。お互いが、言い過ぎる程の譲れない気持ちがあった。


 俺は、机に置いてある水を飲むと急に胸から激痛が走ってきた。それと同時に、申し訳ない気持ちが襲ってくる。母親には、数えきれない程の感謝の気持ちがあるのに、あんな言い方しかできないとは情けなくなる。


 部活の苦い思い出さえなければ、母親と喧嘩する事はなかったと思い始めてきた。何度も母親に感謝の気持ちを言ってきたのに、最後がそれだと今までの気持ちが台無しになってしまう。


 それでも、胸に激痛が走りながら意識が遠のいていくのが分かった。俺は、駄目だと思いナースコールを押したがそれでも無理だ。そう感じながら、俺の目の前が真っ暗になった。

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