梨田 泰造 Ⅰ
一か八かだった。こんな事が可能かどうか確証はなかった。しかし、結果として思惑通りにことが運び私は過去に来ていた。
ずっとこの機会を待ち望んでいた。可能性は限りなく無に等しかったが諦められないでいた。
今回タイムマシーンが浮かび上がらせた座標が妻の命日と一緒だと分かった時は心躍った。長年待ち焦がれていた瞬間に立ち会った、報われた気がした。万感ここに極めれりとはこの事だろう。
妻が亡くなって以来、通り魔事件を見聞きする度に当時の記憶が蘇り胸を痛ませていた。私と同じような思いをしている被害者遺族の気持ちを考えると更に痛みが増した。
今回の依頼者が妻の事件に関わっている可能性は五分五分だと思っていた。同じ日付に後悔のウソをついているだけという可能性も捨てきれなかった。
しかし、北野さんの話を聞くに間違い無いと確信に至る。北野さんは私の事や妻との関係性は気付いていたと思われた。ただ、話の中では故意的にそれを匂わせなかった。私が自分の存在に気付いてないと思ったのだろう。
事実、話を聞くまでは北野さんがあの学生だったとは私も気付かなかった。
しかし当時、私がよく妻と行っていたコンビニに私の講義を受けている学生がいたのは気付いていた。
仕事とプライベートを一緒くたにする必要はないと考えていたので、あえて私の方から喋りかける事は無かった。その事が北野さんに自身の認知について勘違いさせたのであろう。
どちらにせよ、北野さんに恨みの気持ちは持っていない。彼がどうこうしようと妻は助からなかっただろう。憎むべきはあの男だ。
「北野さん、大丈夫ですか?」
「梨田さん? どうしてあなたがここに?」
「私もやらなくてはならない事があってついてきてしまいました」
私たちが辿り着いた過去は夜だった。おそらく北野さんがバイトに入る前なのだろう。20年前という事もあり彼は随分若い容姿に変わっている。その顔を見るに、講義中によく寝ていた学生時代そのままだった。
「私は若返ってますけど、梨田さんは現在の姿のままなんですね?」
「えぇ。北野さんは意識だけがタイムスリップしていますが、私はおまけのようなものなのでそのままなんだと思います。この時代の私は別個に存在しているのでしょう」
私はすっかり丸くなった顔を撫でながらそう説明した。
「北野さん、あなたに話しておきたい事があります。まず、私は貴方の事を覚えていますし、当時から、私の講義を受けていた学生があのコンビニでアルバイトをしていた事も気付いていました」
「えっ! そうだったんですか!?」
やはり本人は気付かれていないと思っていたらしく目を大きく見開いて驚いていた。
「すみませんでした! 教授の奥様を助ける事が出来ずに、更にはあの男を見逃してしまう様なウソをついて……」
「いえいえ、妻の件に関しては貴方が謝る事ではありませんよ。私は貴方を恨んだりはしていません」
「教授……」
北野さんは複雑な表情をしていた。長年自分の中にあったわだかまりがなくなった事で安堵している反面、現在に起こったもう一つの殺人事件に対しての後ろめたさが残っているのであろう。とても真面目な人間なのだろうと感じられた。
「もう一つの話しておきたい事は、これからについての事です」
「これから?」
「そう。北野さんはウソを無くしに過去に来たのですよね?」
「えぇ。教授の奥様をあんな目に合わせ、更にもう一人の被害者を出したあの男を逮捕してもらう為に」
使命感に燃えるような、真っ直ぐな眼差しでそう答えた。
「ただ、そうすると私の妻は再びあの男に殺されてしまいます。私は妻を救う為に過去へ来たので、そうなると意味がない」
「――!? 確かにそうですね。すみません。冷静に考えられていませんでした」
「いえいえ。そこでです。北野さんにお願いしたい事があるんです」
「お願い?」
「そうです。あの事件が起こった時間が何時頃だったか覚えていますか?」
記憶を手繰っているのであろう。彼は上方を仰ぎ目を閉じている。何しろ20年前の事なのでそうやすやすとは思い出せないかなと思っていた時だった。目を開き私を見て言った。
「あぁ、思い出しましたよ! あれは出勤して1時間程経った頃だったから……23時頃だったと思います
」
「23時頃ですね。それではそのいくらか前に警察に電話をして下さい。店の前で男が女性に因縁をつけていると」
「えっ? でも23時前はまだ男は口論していませんよ?」
北野さんは不思議そうな顔で私をみる。まだ口論もしていない状態で通報しても意味はないとでもいいたそうだった。
「北野さん、貴方は一度この過去を経験していますよね? そこでは男が因縁をつけていましたよね? という事は今日も因縁をつける可能性は極めて高いのです」
「あっ!」
「だからそれを先回りして通報しておくのです。そうすれば女性が逃げる事もなく、妻とぶつかって男に殺される事もなくなると思います」
「そうか! 因縁をつけている最中に警察が来れば、そこでその流れが中断されるって事ですね!」
「それと、念には念を入れて私の方でも妻と接触してコンビニに近付かないように仕向けます」
北野さんは理解したのか嬉々として手を一つ叩いた。
「それに、これが成功すればそもそも北野さんは目撃者にならなくて済むわけです。なので普通に75時間を過去で過ごして、現在に戻ればいいだけなのです」
「なるほど! これで私と教授のどちらも万々歳という事ですね!」
そうやって北野さんとの算段をつけてひとまず別れた。これから1時間以上は時間が空いている。何をして時間を潰そうか考えていた所へ、ポケットのスマートフォンが震えた。
WB LIEからの着信だった。
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