最終章
WB LIE Ⅳ-Ⅰ
僕がWB LIEで働き出して数ヶ月がたった。その間何度か依頼の現場に立ち会った。ひと月に一、二回あるかないかのペースだったので、想像していたよりは頻繁にあるのだなと思った。
仕事にも慣れて来たある日、僕は休憩時間に週刊漫画雑誌を見ていた。それはかつての依頼者である黒川さんが友人と執筆しているマンガが掲載されている雑誌だった。
「この脇役の男性の顔って僕に似ていると思いません?」
雑誌の一コマを里佳子さんに見せながら言った。黒川さんのマンガに出ている脇役のキャラクターの顔が僕に似ていたのだ。
「えー、似てるかな? どこにでもいそうな顔のキャラじゃない?」
「よく見てくださいよ。この目から鼻にかけた雰囲気似てるじゃないですか?」
「まぁ似てると言えば似てるけど……。でも黒川さんって作画じゃなくて原作の方でしょ? 作画の人は君の事知らないじゃん」
「いやいや、多分黒川さんが説明したんですよ、僕の容姿を! あぁ、嬉しいなぁ」
僕が感慨に耽っていると、どうでもいいと言わんばかりに里佳子さんがテレビを付け出した。テレビではお昼の情報番組が流れだした。
そこでは、今流行のスイーツや話題の観光スポット、街行く人のファッションチェックなどが流れていた。
「不毛だよねー。こんな情報集めても何にもならないよ。こんな田舎じゃ全く意味がない! あぁ今度の依頼では都会の方に行きたいなー」
里佳子さんは相変わらずの不満を述べていた。確かに、初めのうち僕はこの穏やかな街並みに癒されていた。しかし、その気持ちは徐々に薄れていき、里佳子さんが言う事も分かる様になってきていた。
それぞれが流しながらテレビを見ていると、ニュース報道に切り替わる。それまでの、明るい雰囲気から一転して真面目なトーンで喋る言葉が聞こえてくる。
『昨日深夜に起きた殺傷事件の犯人が逮捕されました。犯人は容疑を認めているようで、酒に酔った勢いで犯行に及んだとの事でした。なお、容疑者と被害者との間には面識はなく行き当たりばったりな犯行だった模様です』
ニュースは事件の概要と容疑者の顔写真を画面に映し出した。
「ガシャン!」
不意に背後から何かが割れる音がして振り返ると、所長がコーヒーを入れたカップを落としてしまっていた。所長はそれに気付いていないのか呆然と立ち尽くしている。
「所長! カップ落としましたよ!」
僕は慌てて駆け寄り所長の肩に手を当てた。すると所長はハッとして我に帰る。
「あぁ……、すみません。自分でやります。ご迷惑お掛けしました」
「いやいや、怪我とかしませんでした? 本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です。すみません」
そういうと床に散らばった、割れたカップを拾い始めた。
どうしたんだろうと不思議に思いながら里佳子さんに目を向けると、里佳子さんも首を傾げ不思議そうな顔をしている。
僕らの不安げな眼差しをよそに、床の掃除を終えた所長は、こちらに一礼して奥の仮眠室へと消えていった。
「今の何だったんですかね? ボーッとしてましたよね?」
「何なんだろうね。でもたまにあるんだよね。テレビ見ていて急にボーッとしちゃう事……」
「事件のニュースでしたよね? 何か関係あるんですかね?」
「さぁ……」
おそらくテレビで流れていた事件が関係しているのだろう。しかし、付き合いの長い里佳子さんも事情を知らないという事は、僕なんかが深追いする様なものではないと感じた。
事務所内に鬱蒼とした空気が漂っていた。そこにはテレビから流れてくる番組キャスターの声だけが乾いた音で響いていた。僕らはお互い喋り出す事はしなかった。
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