皆川 里佳子 Ⅶ
家に帰り夕食後自室で本を読んでいるとスマートフォンに着信が入る。
「もしもし、皆川君ですか?」
「梨田さん、何か分かったんですか?」
「いえ、こちらは何も進展がありません。こちら側にはあまりヒントがないんですよね。ただ、こちらにある皆川君の表情に変化があります。それは発見ですね。それで、結構辛そうな表情の時が多く見受けられますが……大丈夫ですか?」
現在にある私の表情はこちらの私の表情とリンクしているのだろうか? 確かにこちらへ来てからは悩まされる事が多く、梨田さんが言うような表情ばかりしているような気がする。当初は過去へ来てウソを無くせばそれで問題ないと考えていたが様々な問題が表出している。
「私の表情そんなに辛そうですか……。まぁ確かに心当たりはあります。ウソを無くしても根本的な問題は解決していないんですよね。もしかしたら現在に戻るヒントってそこにありますかね?」
「どうでしょうね。それも分からないですね……。ただ、可能性があるなら手を出してみる事は意味があると思います」
「確かにそうですよね……。やらないでいるよりは、やって駄目の方が意味は見出せますよね。……ちょっと心当たりがあるので明日実行してみます」
そう言って電話を切る。明日菫に言ってみようと思った。菫の考え方は間違っていると……。
翌日の昼休み、菫を体育館に呼び出した。私たちの高校は昼休みに体育館が開放されており、体育館二階の見学席でお昼ご飯を食べる事にした。
「里佳子からお昼に誘ってくれるなんて嬉しいな! ダイエットは止めたの?」
「ダイエットは中断する事にしたの。ご飯ちゃんと食べないとイライラしちゃうし」
「だから最近様子がおかしかったのかなぁ」
たわいもない会話から始まった。私は話をするタイミングを窺っていた。体育館では昼休みという事もあってボールで遊んでいる者やステージでダンスをしている者、隅っこで座って話している者と様々だった。なかなかタイミングが掴めずにいたが、半ば強引に話を始めた。
「私考えたんだ……」
唐突だった事もあり菫は驚いた表情をしたが、それに構わず私は続けた。
「菫の考え方は間違っていると思う。菫は今の自分が一番いい状態の自分だと思っているでしょ? 現状が全てでそれ以外のものを望まないし、受け入れない。それは菫の可能性を狭めているだけだと思うの」
「……、何が言いたいの? 急に……」
「菫は私にこだわり過ぎているんだよ。私がいればそれでいいって言ってたでしょ?」
「だって本気でそう思っているんだもん」
菫の表情は曇り出していた。
「それがおかしいと思うの。確かに私たちは仲が良いと思う。でも、そこにこだわる必要はないのよ。むしろ、こだわってはいけないと思う。私だけを見ているなんて意味ないよ。もっと広く物事をみないと……そうしないと菫はどんどん小さな人間になってしまうよ!」
「里佳子の言っている事は難しくて分からないよ……」
菫の表情は更に曇り、悲しい表情に変わっていく。今までの私ではひるんでしまっていたが、今回は違った。菫を私への依存から脱却させてあげる事が私の望みであるから、その願いが成就すれば現在に戻る事が出来るかもしれないと考えていたからである。
「だから、菫は私とばかり一緒にいるんじゃなくてもっと多くの人と交わるべきだと思うの! それが菫の人間性を上げる事につながると思う……」
「だから難し事ばかり言わないでよ! はっきり言えばいいじゃない! 私といるのが嫌なんでしょ! そう言いなよ!」
菫はそういうと広げていたお弁当箱を乱暴に閉じてカバンへ放り込む。そしてそのまま駆け出していった。
その姿を見て私は何もできなかった。声を発する事も追いかけていく事も出来なかった。
この状況はさすがにまずいと思ったが、私としてはなぜ伝わらないんだという気持ちも強かった。その気持ちが一瞬の遅れを生み出し、その遅れの後、私も駆け出そうとしたが既に菫の姿は見当たらなかった。
――あぁ、またやってしまったかもしれない。何で私たちはうまくいかないんだろう……。
教室に戻り菫の姿を探すが見当たらず、クラスメートに聞いて回るが当然誰も知らなかった。教室に戻っているとばかり思っていた為、この状況に少しずつ胸が早鐘を打ち始める。
授業が開始を告げる予鈴を鳴らしても菫は教室に姿を現さなかった。駆け出す前の菫の顔が脳裏に浮かぶ。私はいてもたてもいられなくなり、気が付くと先生に体調不良を訴え教室を後にしていた。
――菫を探さなくっちゃ!
まずは校内を探し回った、トイレや保健室、屋上や体育館。考えられる所は見て回った。しかしどこにも見当たらなかった。
――どこなの? どこにいるのよ、菫……
学校を飛び出し公園や菫のお気に入りのカフェを確認したが菫の姿はない。考えられる所は探してみた。
いや、思い当たる所はあと一か所だけあった。しかし、そこは意図的に考えないようにしていた。そこにはいて欲しくない、いるべきではないという気持ちに起因していた。
しかし、もうあの場所しか考えられない。あの横断歩道だ。菫が死んだあの横断歩道。
可能性は充分考えられる。菫は私の言葉にショックを受けていたはずだ。前回の件があったので菫の表情には注意していた。臆病になっていたと言ってもよい。
ただ、先程は違っていた。私は菫の表情に怯む事なく言葉を続けた。それは菫の為に、私の為に投げ出した言葉だった。
そう考えていた時、ふとある考えが頭をよぎった。私は駆け出していた足を止めた。
――その言葉を投げかけた時に、本当に菫の事を考えていたか? 心からそう言えるのか? 私はあの時、私が現在に戻る事を考え方の起点にしていなかったか?
私は首を左右に振り、今は菫を探す事に専念しようとした。そして、自然とあの横断歩道へと足を向けていた。
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