皆川 里佳子 Ⅴ
「もしもし! 通じていますか? もしもし!」
スマートフォンの通話ボタンをタップすると梨田さんの声が聞こえた。ここは確かに過去で、梨田さんがいるのは現在である。こんな事があるのかと、しばらく何も声に出せないでいた。
「もしもーし! 皆川君聞こえますかー?」
「は、はい! 梨田さん! 聞こえています。そちらにも私の声は届いていますか?」
「おぉ……。聞こえます。本当につながっていますね。まさかこんな事が出来るなんて……」
梨田さんの声を聞いてホッとした。私は今、本当の私の事を誰も知らない世界にいる。更には、ここから抜け出す事が出来るのかも分からず不安な状況にいて、その中で現在の私を知っている人との繋がりはとても心強かった。
どうやら梨田さんは私と電話番号を交換している事を思いだし、ダメもとで電話をしてみたらしい。すると呼び出し音がしたので、もしかした通じるかもしれないと思ったようだった。
電話で私が過去に行った後の事を聞くに、私は突然意識を失ったようにぐったりしだしたようで、呼吸はしいているので気を失っている状態に近いものだろうと考えていたようだった。
しかし、気を失ってしまっているだけで過去に行く事が出来たかどうかの確証は無く、あまりにも長時間気を失った状態が続くので心配になり右往左往している時にスマートフォンの存在を思い出したようだった。
「しかし、まさか本当につながるとは思いませんでしたよ! それで、今は実際に過去にいるんですか? 今はどこですか? 過去にいるご自身とは鉢合わせになったりしないんですか?」
梨田さんは興奮を抑えきれないかのように矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。それもそうだ、自分が長年時間を費やしてきた研究が実を結ぼうとしてるのだから、興奮するのもしょうがない。
「ちょ、ちょっと待って下さい! そんなに質問されても困りますよ。今過去にいるのは間違いありません」
「す、すみません……。つい気持ちが先走ってしまって。そうですか、本当に過去にいるんですね、本当に……」
「それに、おかげさまで後悔していたウソもつかずに済みました。これで菫も死なずに済むと思います」
「えっ! もう既に後悔のウソをついたタイミングは過ぎたんですか!?」
梨田さんはびっくりしたように言った。私もその声の調子に驚いてしまった。
「はい……。そのタイミングは超えましたよ。何か問題でもありました?」
「いや、全て仮定の話なんで断定は出来ませんが、皆川君が過去に行く事が出来た原動力は、過去についたウソに対する強い後悔の念だと考えていました。つまり、それが原動力となって過去へ行くきっかけが生まれた、そういう事です」
「はぁ……。結局何が言いたいんですか?」
「あぁ、すみません。要するに私はその原動力さえ解消されて無くなれば、自然と皆川君は現在へ戻ってくるんだと思い込んでいました」
梨田さんのいう事を前提にすると私は既に後悔のウソを付かずに一日を終えた。つまり、私が過去に行く事になったきっかけは無くなった。今まだ過去にいるという事はその前提が崩れてしまったという事だった。
「つまり、梨田さんの考えでは私はもう現在に戻っているはずだったと?」
「その通りです。なので、皆川君がまだ過去にいるという事は、まだウソの解消をを行ってないのだと思っていました」
「じゃ、じゃ私はどうしたら現在に戻る事が出来るのでしょうか?」
「それはですね……」
その後の言葉が続かなかった。その事が私の不安感を思い出させる。梨田さんもこれからどうなっていくのか? どうしたら良いのか分からない状況なのだろう。それを理解させるには充分な沈黙だった。
「……。ひとまずこちらも全力でどうすれば皆川君がこちらへ戻ってこられるかを調べてみます。何か解決策が見つかるかもしれませんし……。それまではそちらで通常通り生活していて下さい」
「……。まぁそれしかないですよね。こちらも分かった事があれば連絡します」
そういって現在との電話は終了した。これでまた、この世界で一人ボッチになってしまった事や、現在への帰還に対する不安から頭の働きが鈍くなる。鈍くなった頭は働く事を拒絶するようにして、私を睡眠へといざなった。
翌朝目を覚ます。まずはスマートフォンを確認してしまう。梨田さんからの連絡は無かった。このままこの世界で過ごしていかなくてはならないのだろうか? 出口のない疑問ばかり考えてしまう。
登校しようとすると玄関の前に菫の姿が見えた。菫がいつも通りのかわいげのある表情で挨拶をしてくる。菫が生きていること自体は望ましい事なのだが、現在へ戻るすべがなくなっている事実が気持ちを晴れやかにする事を阻む。
「おはよう! 今日もいい天気だねー」
「おはよう。いい天気だね。わざわざ家の前で待っていてくれたの?」
「うん! そうだよ! 里佳子と一緒に学校行きたかったから!」
「悪いわね、菫の家通り道じゃないでしょ? 無理しなくていいのに……」
「いいの、いいの!」
菫は嬉しそうにそう言った。ウソをつかず、菫を死から救えたものの、初めからある私への依存の問題は何も解決していない。私と二人の時は明るく話しているが、登校中、一人また一人と私の友人が合流する度に菫は言葉を無くしていく。ついには横に並んで歩いていたはずが、私たちの大分後をとぼとぼと歩いているようになる。この光景もおなじみのものだった。
――はぁ……この問題は解決できるんだろうか?
私はそう思い一人ため息をつく。
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