皆川 里佳子 Ⅳ
リビングでは朝食の準備がされていた。ウソをついた日からはそこまで日にちが経っていたわけではないが、朝食のメニューまでは覚えていない。
「お母さん、おはよー」
「ん、おはようってさっきもあんた言ってたわよね?」
「あっ、そうだっけ?」
その記憶がない……。やはり過去へくる事が出来ているのだろうか? そこで、テレビの音声が耳に入ってくる。
ニュースではテーマパークが本日オープンする事を知らせていた。
――このニュースは……、梨田さんに話したものだ。つまりは、私は過去にくる事が出来たって事よね?
朝食を済まし部屋に戻る。本当に過去にくる事が出来ている状況に舞い上がっており、何を食べたか覚えていない。
まずは考えを整理する必要がある。私は過去に来ており、それは私が菫にウソをつく日の朝だ。
私は菫を呼び出して、もう私には付き纏わないで欲しいと告げる。もちろんこれは本心ではなく、菫の私への依存からの脱却を意識して言ったウソだった。
しかし、菫はその言葉を額面通り受け取り、失意のあまり事故に遭い亡くなってしまう。
そうなのだ、私は今日菫にウソをつかなければ良いのだ。そうすれば、あの様な悲劇は起こらない。
――簡単な事だわ。
私は単純にそう思っていた。その日登校して教室にいると菫が教室に入って来た。過去に来たのだから菫が存在している事は頭では理解していた。しかし、実際その姿を見るとこみ上げてくるものがあった。
――あぁ、菫が生きている。この世界ではまだ菫は生きているのだ……。
菫は私を発見すると小走りで近寄り話しかけてきた。
「おはよう!」
「……おはよう、菫。」
「なんか元気ないね? 大丈夫?」
「うんん、大丈夫だよ。菫も元気かな?」
菫を一度は殺してしまった事に対する後ろめたさからかうまく話す事が出来ない。態度がよそよそしくなってしまう。
「里佳子、今日の放課後空いてる?」
「今日? 今日はどうだったかなぁ」
菫から放課後の予定を聞かれて思わず言葉を濁してしまった。菫と一緒にいると、菫を何とか私への依存から抜け出させようとしていたあの頃の感情が蘇り、不用意な事を言ってしまうかもしれないと思った。ひとまず今日を何事もなく終わらせる事で未来が変わるのではないかと思っていた事もあり、この日は菫と極力関わりたくなかった。
「そうだ! 今日はお母さんに用事を頼まれていたんだった。だから学校が終わったら急いで帰らなくちゃならなかったんだ!」
私はとってつけたようなウソをついていた。でも、これも菫を救う為にしょうがない事だと思うようにした。
「……そっか、残念だな。でも、家の用事じゃしょうがないよね」
菫は悲しそうな表情を浮かべ、最後には笑顔でそう言った。私はその表情を見てドキッとした。
――この表情!? 大丈夫だろうか? 菫にこんな顔をさせてしまって変な気を起こさないだろうか?
「あっ、いや。でも何とかなるかも……。一度お母さんに確認すれば大丈夫かもしれないよ」
私はとっさに最初のウソを引っ込めようとした。少し過剰になっているのかもしれないが、この表情には反応してしまう。一度目の今日のウソによって菫を失望させてしまった事が私の頭の中にこすっても消えない汚れのようにこびりついている。
「えっ、でも家の用事なんでしょ? 別に今度でも私は平気だから、気にしないで」
「……。ごめんね、菫」
菫はそういうと自分の席へ戻っていった。私はふぅと息を吐き出す。ちょっと意識しすぎかもしれないなとは感じていたが用心するに越した事はない。そう思い自分自身を落ち着けていた。
――とにかく、今日を乗り切るんだ。
学校が終わり私は一目散に下校した。菫に家の用事があるといった手前、それを本当の事に見えるようにそうしたのだった。家について部屋に閉じこもる。このまま今日は大人しくしておこう。今日さえ終われば全て解決する。私は根拠もなくそう思い込んでいた。
やがて時計は12時を回る。私が一度目に菫を傷つけたウソを付いたその日が終わった。何か変化があったのかは実感が湧かなかった。しかし、確かに例のウソを付かずに済んだ。これで菫は死ぬ事はなくなるだろう。
そう一安心した時にふとある問題に気付いた。正確に言うとその問題には初めから懸念を持っていたが、菫を救う事が第一目標だった為失念していたといった方が近い。
――ウソを無くす事は出来たけど、私どうやって現在に戻るんだろう……。
当たり前と言えば当たり前だが、戻る方法は知らされていない。そもそも、梨田さんも過去へ人を送ったのも初めてであるし、もしかしたら梨田さんは梨田さんで私を過去に送り出せた事さえも分かっていない可能性もある。
一つの重要な問題が解決した為、この問題が私の中に重くのしかかる。何をどうすれば良いのか? このまま二度目のこの人生を過ごしていかなくてはならないのか? 考えても答えが出ない。ベッドに倒れこみ天井を見上げながら考え込む。
そんな時、机の上に置いていたスマートフォンが震えた。ビクッとし手に取り発信者の名前を確認する。そこに表示されていた名前は梨田さんのものであった。
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