皆川 里佳子 Ⅱ

 私が今の状況をあらかた話し終えると、梨田さんは私の落ち着き具合を確認し一度家に帰りなさいと言った。私はここがどこだか検討がついていなかったので一緒になって分かる場所を探すのを手伝ってくれた。


 その道中では梨田さんは自身の事をポツポツ話してくれた。そこでは、自分はある研究をしている事、本来はこことは違う場所で生活している事、趣味の事など当たり障りのない程度に話していた印象があった。


 私たちはようやく見覚えのある場所にたどり着き、そこで別れる事となった。見ず知らずの人に自分の心の内を話す事ができ、多少陰鬱な気持ちも軽減されていた。


 別れ際、梨田さんはもう少し話が聞きたい事があるので連絡先を教えて交換してほしいと言った。いつもであればこれ以上怪しい事はないとスルーするところではあるが、それに応じる事にした。


 気持ちを聞いてくれた事や、軽減されていたとはいえまだまだ癒える事のない傷から弱気になっていた事もあったのだろう。なにより、公園や帰りの道中から梨田さんに対する不信感は大分薄れていた事も大きかったと思う。


 私たちは連絡先を交換してその場を離れていった。一人になり家までの帰り道をとぼとぼと歩いていく。一人になるとやはり頭の中は菫の事が浸食してくる。再び、なぜ? どうして? といった思考が渦巻き涙が流れ落ちる。


 家に着くとそのまま部屋に直行してベッドへ身をうずめる。相変わらずの頭の中や足の痛みが私を追い込める。もう何も考えたくない、でも考えなくてはいけない、揺れ動く思考の中でいつしか眠りについていた。


 その後は家族に心配させてはいけないと出来るだけいつも通り過ごすようにしていた。しかし、家族からは時折、元気のなさを心配する声を掛けらる事もあった。そうする度に自分の不甲斐なさを痛感する。何をやるにもうまくできない、自分はどれほど未熟ななんだ……と。


 これから何をしていけばよいのか? 何をしても菫は戻ってこない。全てに対して意味がないという気持ちがまとわりついてくる。


 自問自答を繰り返すだけの日を過ごしてた。そして2,3日すると梨田さんから電話がかかって来た。内容は会って話が聞きたいという事だった。会って話をしても何も変わらないと思った。


「会ってどうするんですか? 私は特に話したい事なんてないんですけど……」

「会って話すだけでも貴女の気持ちが和らぐかもしれないではないですか」


 無責任なそのセリフに少し頭にきた。


「気持ちが和らぐって! そんな事意味がないのよ! 私の気持ちが和らいだ所で現実は何も変わらない! 菫はもう二度と戻ってこないんだから!!」


 怒りに任せ言葉を投げ込んだ。梨田さんは気を遣って言ってくれているのかもしれない。ただ、一度会っただけの人間に変に気を遣われるいわれはない。ましてや、気持ちが和らぐなんて……。私の気持ちの事はどうだっていいのだ、死んだ人間は戻ってこない。


「そうですね……。では、菫さんが戻ってくるとしたらどうですか?」

「っ!」


 何を言っているんだろうと思った。それと同時に先程より強い怒りが体の底から沸き上がってきた。いい加減にも程がある。そんな荒唐無稽な話を私にして楽しいのだろうか? 私が喜ぶとでも思っているのだろうか?


「何馬鹿な事言ってるのよ! 悪趣味だわ! 意味わからない事言って私をおちょっくているの!?」

「いいえ、貴女をバカにしているわけではありません。これは可能性の話です。私自身も菫さんが戻ってくるとは断言できません……。ただ可能性は充分あると考えております」

「可能性!?」


 梨田さんのあまりにも真剣な語り口に、怒りがわずかに引いているのを感じる。理由はそれだけではなく、おそらく『戻ってくる可能性』について心が動かされつつあるのだろう。バカげた話だとは分かっている。だけれども、もしそんな事が本当に起こるとしたら? 私はその考えを捨てきる事が出来ずにいた。


「そうです。詳しく電話でお話しする事は出来ませんが、私の研究とも関連していて私としてはかなり高確率の可能性だと考えております。どうか一度こちらへお越し頂けませんか?」

「……そちらへ伺えばもっと詳しく話してもらえるんですよね? その可能性ってものを……」

「えぇ。私の研究と合わせてご説明させて頂きます」

「……分りました。完全に信じたわけじゃありませんが、可能性があるなら話聞いてみたいです……」


 そして、私たちはこの間別れた場所で待ち合わせし、梨田さんの案内で研究所に向かった。


 研究所にはよくわからない本が室内の壁を埋め尽くしていた。それに数式らしきものが殴り書きされているホワイトボード、簡易的なデスクにはパソコンが設置されていた。その中で一際目を引くものといえば傘のようなパラボラアンテナを携えた大きな機械だった。


「散らかってますが……、その辺の椅子に適当に座っていただいて結構ですよ」


 そういうとパイプ椅子を指差して、自分は簡易デスクの椅子へ腰掛けた。


「何から話せばいいですかね……。そうですね、まずは私の研究についてお話しましょう」


 にわかに信じがたい話だった。国がタイムマシンを作ろうとしているなんて……。


 梨田さんによると、タイムマシンは理論上完成しているが稼働できずにいたらしい。


 それが先日――私と梨田さんが会った日に、突如としてアラーム音と共に研究所ごとこの地に移動してきたのだそうだ。


「研究所を出て、周りの見たことのない景色に驚きました。常識的に考えて建物が瞬時に移動するなんてありえませんからね。ただし事実は事実として受け入れなければいけません。この事実を逆手にとってある考えに行き届きました。それは研究所がありえない事になっているのだから何が起きても不思議はないと……」


 その後梨田さんは研究所の周りを散策している時に私に出会ったようだ。


「貴女を見て何か引っかかりを覚えました。本当に直観的に、貴女には関連性があると思いました。そして話を聞いていくうちに、私がこの直観を正しかったのではないかと思ったのは、貴女が後悔のウソをついた日がタイムマシンに記されてる日付と同じだったからです」

「同じ日付?」

「そうです。貴女がウソをついた日は、例のテーマパークが完成した日でしたよね? その日はタイムマシンに座標として表示されていたのです。つまり、研究所が貴女の付近に出現した事、タイムマシンの座標と貴女にとって重要な日が同じである事、これらの事実はタイムマシンの稼働に貴女が関わっている事を示している。私はそう思っています」


 タイムマシンの稼働と私に関連性があると言われたが、あまりの話のスケールにピンとこない。梨田さんの力説ぶりを見るに冗談で話しているようにも感じない。おそらくその仮説は本気で考えている事なのだろう。


「ようするに、私が過去にいく事で菫を助ける事が出来ると言いたいわけですか?」

「おっしゃる通りです。私が申し上げた可能性はそこです。過去に貴女を導く事が出来れば、貴女はご友人を追い詰めるような発言をしなければいいのです。そうすれば、ご友人が亡くなる事も免れると考えています」

「……菫を助ける事が出来るかもしれない」


 私は独り言のように呟いていた。菫を助ける事が出来るとしたら今このタイミング以外ではありえない。少しでも可能性があるのならば試してみる価値はある。そう思い過去へ移動してみようと思った。

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