皆川 里佳子 Ⅰ
私は失意のどん底にいた。友人の菫を死に追いやってしまったからだ。菫の為を思ってついたウソは私が思いもよらない結末をもたらした。
ウソをついて菫を傷つけてしまった。その後しばらくしてからだった。菫は交通事故に遭い帰らぬ人となった。現場の状況から本人の不注意が原因となった。それは理由を知らない人が見れば、フラフラと赤信号に突入するなんて不注意以外に考えられないだろう。
ただ私は知っていた。菫がフラフラと、夢遊病かの様に街を徘徊していた理由を。それはまさに私が殺したも同然の――私が言い放ったウソによるものに他ならなかった。
菫の死の知らせを知った時、すぐに自分のせいだと思った。私は菫の為を想って、良かれと思い行動に出たのだが……。それは最善ではなく、むしろ最悪の行動だったのだ。
もっと違う言い方は無かったのだろうか? 私は深く考えて行動したのだろうか? もしかしたら、自分では気付かない心の奥底では菫の事を疎ましく思っていたのだろうか?
様々な思考が頭を駆け抜けていた。その思考は出口のない頭の中の内側で、突き進んでは打ち当たりを繰り返し痛みを伴わせていた。
自らの思考も定まらない中、私は街を彷徨っていた。菫はもっと辛い思いをしていたのだろうと思いを馳せながら歩き回っていた。
ずっと歩き回っていたものだから、足は靴ズレで皮が剥け鈍い痛みがずっと付き纏ってくる。頭の痛みと足の痛みから私は歩みを止め、空を見上げる。この空は菫のいる所まで繋がっているのだろうか、そうであれば今すぐに会いに行きたい。菫に会って謝りたい。謝って済む事ではないと分かっているけども……。
――どうしてあんなウソをついてしまったのだろう。
その想いはウソをついた事を強く後悔させた。
見上げた空の黒さからいつのまにか日が暮れて夜になっている事に気付いた。彷徨い歩いていて何処にいるのかもよく分からない。私は小さな公園を見つけ、そこのベンチに腰掛けた。
頭と足の痛みは相変わらず疼いていた。その痛みを抱えながらしばらくベンチに座っていた。すると1人の男性が私の傍に歩みよってきた。
男性は髪はボサボサで小太りであり、年齢は私の父と同年代か少し上の様に見えた。こんな夜に私に歩みよってくるなんて怪しい人間だというのが第一印象だった。
警戒しながら男性を見ていると、それを察した様に喋り出した。
「あのー、私怪しく見えるかも知れないんですが、ちょっと貴方が辛そうにしているのが見えたもので……。いや、そんな事ないのならいいんですがね……。あっ! 私、梨田と申します」
いかにも怪しい人が言うセリフを口にしていた。ただ、その雰囲気からはあまり嫌な感じはしなかった。それだけで梨田と名乗るこの男性を信用した訳ではないが、誰か知らない人に私の犯した罪を聞いてもらいたい、私の愚かさを知ってもらいたいという気持ちもあり梨田さんの話に乗る事にした。
「いや、ちょっと落ち込む事がありまして……。それでフラフラしていたら迷ってしまって……、それで今ベンチに座ってるんです」
「そうなんですか……。失礼ではなかったら、そのの落ち込んでいる理由をお聞かせ願いますか?」
梨田さんは気を遣ってか、ベンチに座る事なく立ったまま話をしている。私は菫の事を話した。そして、最終的には菫を死に追いやってしまった事を。
話している間、梨田さんは優しく頷きながら聞いてくれていた。時折空を見上げるかの様に宙を見上げたり、何か手帳の様な物を見たりしていた。
真剣に聞いてくれている事から、私は心を許していたのか涙が自然と溢れてきた。その涙をみると梨田さんはハンカチを渡してくれた。そして、おもむろに聞いてきた。
「ちなみに、そのウソをついた日というのはいつかは覚えていますか?」
明確には覚えていなかった。今が8月であるのでおそらく6月の終わりから7月の初めだったであろう。そう伝えたが妙に食い下がって聞いてくる。
「何か覚えている事ないですかね? 何か印象的なニュースがあったとかはいかがですか?」
何故こんなにも日付にこだわっているのか分からなかったが、言われた様に何かあったかと記憶をたぐっていった。
「あっ! そういえば、あの日の前日に××県に新しいテーマパークが出来たって言うニュースをみた様な気がします」
「テーマパーク? なるほど……」
すると焦った様に手帳をパラパラとめくり、あるページで手を止め、震わせた。
「そういう事か……。理由は分からないがおそらくその日に何かの力が働いているかも知れない」
梨田さんはそう呟いた。
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