第三章

WB LIE Ⅲ-Ⅰ

 黒川さんの件が終わり島に戻り数日が過ぎていた。僕たちはまた島での生活が始まっていた。相変わらず島の生活に不満を口にする里佳子さんを見て、よくもまぁそんなに不満を継続できるなぁと感心していた。


 そんなに里佳子さんに聞きたくても聞けずにいた事があった。黒川さんとの電話で話していた菫さんの件だ。


 いつもの振る舞いを見ていると、過去にあのような傷を負ったとは思えないように見える。自分の中で消化出来ているからだろうか? 


 それとも傷は癒えておらず人知れず落ち込んでいる時もあるのだろうか? 


 僕は里佳子さんの本心を知ってみたいと思っていた。


 仕事が終わり、すぐ帰ってもやる事もないのでなんとなく事務所に残っていた。そんな僕を見て所長が言った。


「そうそう。実地業務も済んだ事ですし、西島さんにこの事務所――WB LIEの事をちゃんとお教えしないといけませんね」


 所長はWB LIEの成り立ちを話してくれると言った。それは確かに気にはなっていた。そもそも過去へ行けたり、事務所が急に移動したりと想像の域はとうに超えていた。おそらく説明を聞いても理解は出来ないだろうが興味はある。


「WB LIEの事を話す上でまず知っておいて頂きたい事は、これは国家プロジェクトの一部であるという事です」


 いきなり飛び出た言葉に唖然とした。国家プロジェクト? 国が関係しているのか?


「我が国では、秘密裏にタイムマシーンの研究が行われています。私はそのプロジェクトの構成メンバーの一人です。元々は大学で物理学を教えていました」


 所長の話はこうだった――。


 国家プロジェクトとして研究、開発されていたタイムマシーン。やはり時空を旅する事は人類の夢の一つであり、そこへのアプローチは国も行っていた。


 しかし、実現の可否や実現した際の与える影響の大きさ、莫大な予算など表だって動く事は出来ない状況だった。


 だからこそ、各分野の一流の研究者を集め秘密裏にプロジェクトが始動しているらしかった。


 まずは不確定要素の多い未来ではなく、これまで人類が歩んで来た過去に焦点が絞られ研究が進められていた。


 これはかなり以前から行われていたものらしく所長が加入した際にはかなりの進捗具合だったようだ。


 そして、ついに理論上では過去に行く事が出来る様な機械が完成した。プロジェクトメンバーは一様に歓喜したが、すぐに壁にぶち当たったのである。


 それは過去の到着地点の座標を入力しても全く反応しなかったからである。理論上は問題ないはずだが何かが足りない。その何かが全く分からない、研究は頓挫してしまった。


 あまり進まない研究にプロジェクトはついには縮小化されていった。所長はそれでもプロジェクトに残り研究を続けていた。


 ある日の事だった。


 所長はその日も研究室の中で一人頭を抱えていた。プロジェクト縮小に伴いメンバーも予算も削減されており苦境に立たされていた。


「その時機械からアラーム音が聞こえてきました。私は画面に飛びつきましたよ。そうすると画面にはある過去の座標が浮かび上がっていました」

「……それで過去には行けたんですか?」

「いや……。じきに時空に歪みができ、建物ごとどこかへ移動していました。私は混乱しつつも、そこがどこなのかが気になり、研究室をでて辺りを散策していると一人の少女がベンチにうなだれて腰をおろしていて……表情はとても暗いものでした」


 所長は当時を思い出しているのか目を上空に向けて一言一言を紡ぎ出すかの様に丁寧に言葉を続けた。


「少女は高校生で、話を聞いてみるとあるウソをついた事にひどく後悔しているようでした。私は直感的にこの移動と少女の存在が何か関係している。そして、この過去の座標が出現している事も……と考えました」


 所長の表情は徐々に高揚してきている。もしかしたら自分が世紀の瞬間に立ち会っているのかもしれない当時の気持ちが話をしている間に思い出されたのだろう。


「少女にその後悔のウソをいつついたのか聞いてみました。すると私が直感した通り、機械の画面に出ている座標と一致していました。私は色めきました。しかし、その時は既に夜だったのと高校生の少女をこの時間まで外に居させるのも気が引け、連絡先を交換してその日は家に返しました」


 所長は興奮を抑えるかの様に一呼吸入れるとコーヒーカップを口に運んだ。


「2,3日して少女に話を聞くべく研究室に来てもらいました。話がひと段落した時、私は直感的に過去へ行く手順を入力してみると、少女の意識は急に無くなってしまいました」

「それが初めて過去に人を送った出来事だったわけですね?」

「そうです。ただ、最初は焦りましたよ……過去に送れたのかなんて分かりませんでしたからね」


 初めて過去に人を送る。そもそもそれが出来ているかすらも分からない。それは手探り状態だったのであろう。今でこそいくつかのルールが確立されている。


 だからこそ、安心して送り出す事が出来る。当時は過去に送ったはいいが戻ってくる事が出来る保証なんてどこにもない。この時代から1人の存在を消してしまっただけかも知れない。そんな不安も当然頭にあったのだろう。


「右も左も分からない状態で所長もかなり不安でしたよね。それでその人は無事ウソの後悔を解消できたんですか?」


 僕の質問を聞いた所長は、遠くを見る様にして大きく息を吐き出した。


「……、そうですね。彼女には悪いですが君には話しておきましょうかね。WB LIEの軌跡の第一歩を……」


 遠くにやっていた目を僕の方へ向けると所長は再び言葉を続けた。


「彼女名前は……皆川里佳子さんと言いました」

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