黒川 美鈴 Ⅸ

 スマートフォンの通話終了ボタンをタップする。ドス黒い感情に支配されていた私は皆川さんの話を聞いて徐々にその感情が引いていくの感じていた。


 しかし、まだまだ割り切れない感情は頭の中に存在している。他人に諭されて、はいそうですかと切り替える事が出来る程安易なものではない。長年付き合ってきた感情なのだ。


 ただ、綾ちゃんとの新しい関係性、新しい世界へ飛び込んでいく。その事自体に対する嫌悪感は薄らいでいた。私が変わる事が出来れば……。その気持ちの芽生に新鮮ささえも感じていた。


 明くる日学校へ行った私だったが、やはり昨日の今日で行動を変える事は難しかった。まず、どうしたら良いのか分からない。ソワソワするだけで何も行動できずに1日が終わってしまった。


 私には無理なのかなと弱気になってきていた。結局私は変われないんじゃないかと考え始め、それを打ち消す前向きな自分が出来たりと右往左往していた。現在に戻る時は刻一刻と近づいている。焦った私はもう一度皆川さんと話をしてみようと思い、WB LIEに電話を掛けた。


「もしもし、黒川ですが皆川さんいらっしゃいますか?」

「私よ。どうしたの? 上手くいかない事でもあった?」

「今日一日学校にいたのですが、結局何も出来なかったんです……。自分の殻を破りたい気持ちはあるんですが何をしていいのか分からなくて……」

「なるほど、それで電話をしてきたのね。でもね黒川さん……それは私に聞くんじゃなくて、もっと適任な人がいるでしょ?」

「……綾ちゃんですか?」

「そう。分かっているじゃない」

「でも綾ちゃんに相談すると、結局頼ってしまっているような気がしてしまうんですが……」


 綾ちゃんに相談しようとはまず最初に思い付いた事だった。だけれどもそれをしてしまうと何も変わらないんじゃないかと考えていた。結局綾ちゃんがいなくては何も出来ない気がしてしまうんじゃないかと。


「それは違うと思うのよ。黒川さんが自分から前向きに綾さんを頼るのは友人として当たり前の事よ。今までみたいに縋るように頼るわけじゃないでしょ? そうでなければ友人を頼るのは良くある事だと思うし、綾さんも喜ぶと思うよ」


――そうだ。やはり綾ちゃんに言ってみよう。なんだかんだ言っても私には綾ちゃんが大切なんだ。まずは綾ちゃんに素直に相談してみよう。


 私はそう考え、WB LIEとの通話を切り、その勢いで電話帳を検索する。画面に出てきた綾ちゃんの名前をタップして電話をかける。


 ドキドキしていた、呼び出し音がとても長く感じる。出て欲しい気持ちとそれに相反する気持ちとがないまぜになり複雑な心境だ。


 呼び出し音が途切れ綾ちゃんの声が聞こえて来る。


「もしもし、美鈴?」

「うん、今ちょっと話出来るかな?」

「うん……」

「あのね、綾ちゃんに相談したい事があるの……。明日登校時間の前に少し会えない?」

「相談? 今じゃダメなの?」

「……直接会って相談したいの。ダメかな?」

「何言ってんの。いいに決まってるわ。じゃ朝あの公園で待っているね」


 約束を取り付け電話を切る。まだ、ドキドキしていた。明日朝私は自分の殻を破る一歩を踏み出す。いや、この電話をかける事が出来た時点で既に破りかけているかもしれない。自分の中に期待感が湧き上がってくる。


 いきなり全てを変えていく事は難しいだろう、時間もかかるだろうしうまくいかないかも知れない。


 でも私は一歩動く事が出来たのだ。それは自分自身に納得出来る行動に繋がる。後悔ばかりの過去から抜け出して新しい自分に生まれ変わる事が出来るかもしれない。


 そう思いながら私は眠りについた。過去での夜も今日が最後だ……。


 翌朝私はいつもより早くベッドから出た。いつもより目覚めがいいように感じる。学校へ行く準備を整え部屋を一回り眺める。


 この部屋ともこれでお別れだ、実家を出ている私には2回目のお別れだったが今回のお別れは違う感覚だった。自分自身の過去との決別を意味しているからだろう。この部屋を出る事で私の中でゆっくりと動き出した歯車は徐々にスピードを上げていくのだ。そう思いながら私は部屋を出た。


 外に出ると朝日が眩しく感じ、手で目にひさしを作る。そして目が慣れてくると公園に向かって歩き始めた。


 公園につくと、すみにあるベンチに既に綾ちゃんが座っていた。私は小走りで近付いていく。


「おはよう。朝からごめんね。待っちゃったかな?」

「おはよう! 全然大丈夫だよ。朝早くって気持ちが良くて私好きだし!」


 いつもの笑顔だった。これから自分の殻を破ろうとしている私には、その笑顔がとても頼もしく思えた。


「あのね……、私……」

「どうしたの? 焦らなくても大丈夫だよ。話せるタイミングで話してくれれば。私待ってるよ」

「……綾ちゃん! 私も綾ちゃんと――みんなと仲良くなりたいの!」


 綾ちゃんの優しさに押される形で言葉が飛び出した。


「私綾ちゃんが言ってくれた事――本当の気持ちが分かったような気がするの!」

「美鈴……」

「私自分の殻を破りたい! 自分の世界を広げたい! でも……、どうしていいのか分からないの。だから綾ちゃんに相談しようと思って……」

「……、私嬉しいよ。美鈴がそう思ってくれて。本当に嬉しい……」


 綾ちゃんの目には薄っすら涙が浮かんでいた。それを見ている私の視界も揺れている。


「どうしたらいいかって、簡単な事だよ。自分からみんなにどんどん話しかけいけばいいのよ! 私がいくらでも手助けするしね!」

「自分から話しかけるかぁ……難しそうだな。私に出来るかな……」

「大丈夫! きっと出来る! 私の親友はそんな事簡単に出来るよ。ねっ、美鈴!」


 朝の公園で2人して涙を流して笑い合っている。側から見たらそれはおかしな光景だったろう。けれども、私にはかけがえのない時間だった。


――私には出来る! 親友の綾ちゃんが言ってくれているんだもの。

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