黒川 美鈴 Ⅵ

 私は今過去にいる。信じられないが事実である。200××年11月12日 7時18分と部屋にあるデジタル時計が表示しており、私は高校の制服を着ていた……。


 古びたカフェの様な建物の扉を開くと、そこは過去についた後悔のウソを引き取ってくれるという俄かには信じられない場所だった。


 半信半疑のまま話を聞いていたが、私はその話にすごく惹かれた。綾ちゃんがあんな事件を起こしてしまう程深い闇に落ちてしまったのは私のあのウソのせいのはずだ。そのウソをなくす事が出来るなんて……。


 しかしあまりにも荒唐無稽な話なので、信じて良いのか決めかねていた。そこで、事務所の青年が話す言葉を聞いて決心がついた。一歩踏み出す勇気すら持てないのでは、何も変える事が出来ない。私は綾ちゃんを救ってあげたい……。


 過去に行く意思を伝えると、梨田さんが具体的なルールを説明してくれた。


・ウソを無くす為にその過去へタイムリープする

・ウソは消滅するまでに75時間かかる

・75時間は過去にいる事が出来る

・過去にいる間の行動で現在が変化する

・75時間経過後は現在に戻ってくる

・75時間後から現在までの記憶は保っていない


 ウソを無くすだけなので75時間もあると時間をもてあそびそうだが、そういうルールならしょうがない。久々に会える綾ちゃんとの時間を楽しもう、私はどこか軽く考えていた面もあった。


 梨田さんはソファーに座っている私に目を瞑るようにいい、それに従って目を瞑る。瞑っている目蓋の裏側が白みを帯びて、その白みの拡がりを感じる。


 やがて、それが視覚を飲み込んで真っ白いだけの光景を感じる。その後浮遊感が体を心地よくさせている。暖かい液体の中を揺らめいている様だった。真っ白が徐々に色味を帯び、やがて真っ黒になる。


 そうすると静寂の中から徐々に音を感じられるようになる。その音は鳥の鳴き声、食器の重なる音やバタバタとする足音、朝の日常の生活音だと気付いた。

 

 目を開くとそこは私の部屋、高校時代の私の部屋だった。そして私自身は高校生の体になっている。WB LIEは本当に私を過去に導いてくれていたのだ。信じられない気持ちもあるが目の前にある光景に疑う余地もない。


 当時の部屋を懐かしみながらあれこれ触っているとスマートフォンが震えた。事務所とは連絡が取れると言っていたのを思い出し、通話ボタンをタップする。


「もしもし! 西島です。黒川さん聞こえますか?」

「えぇ、聞こえます。本当に過去に来てしまったようです……。今は自分の部屋にいます」

「そうですか! 良かった。びっくりしますよね。僕も経験者なんで分かります! ちなみに今何時か分かりますか?」


 部屋のデジタル時計に目をやり、時刻を確認する。この部屋に来た時から十分程経過していた。自分が思っていた以上に時間が経過していたみたいだ。


「えっと……、今は7時28分です。これから約75時間後までは過去で生活するって事ですよね?」

「そうです、3日後の10時過ぎくらいですかね? その位に黒川さんは現在に戻る事になります。後悔のウソを無くして、自分自身に納得出来るように過ごして下さいね! 何かあれば連絡下さい!」


 西島さんはそういうと電話を切った。そうなんだ、私は綾ちゃんを救う為に私のウソをなくしにここへ来たんだ。自分を鼓舞する為軽く両頬を叩いた。そして、当時の記憶を糸を手繰り寄せるかのように思い浮かべた。


 あの日――今日は私の誕生日だった。綾ちゃんが誕生日の事をすっかり忘れてしまっていて、その事が私に最終決断をさせたのだった。


 私の望みは綾ちゃんと昔みたいに二人で楽しく過ごしていく事なのだ。例えウソをつかないで、綾ちゃんを現在の状況から救えたとしても、私の望みが叶わなくては成功とは言えない。私の最大の望みはあの当時と変わらない。綾ちゃんの気持ちを取り戻す事だった。


 まずは誕生日を一緒に過ごす事で、二人で過ごしていた楽しかった時期を思い出してもらえば良いと考えた。それをきっかけに75時間の間で昔のような関係性に戻せばいい。


 そうして綾ちゃんとの待ち合わせ場所に向かった。

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