WB LIE Ⅱ-Ⅱ
初日を終え新生活の拠点となるアパートへ向かう。WB LIE名義で借りているアパートで事務員の寮みたいなものらしい。ただ所長は別の所で済んでいる様なので、今は僕と里佳子さんだけが使用している二階建て四戸程のアパートだった。昔ながらのアパートとう印象よりはマンションの雰囲気もあり悪くはなさそうな印象だ。
アパートは街と事務所の中間にある為、事務所からの帰りがてら街の方まで足を伸ばす事にした。島自体がさほど大きくないので、距離もそこまで遠くはないが歩くとなるとそれなりに大変である。だが、散策も含め歩いて行く事にした。
歩きながら考える。所長は様々な事の核心には触れたがらない。職務内容やWB LIEの事など……、僕にはまだ早いという事なのだろうか? 若干のモヤモヤを抱いていた。
考えながら歩いていた為、さほど時間の経過は感じられなかった。気付くと街へたどり着いており、目の前に現れた街は里佳子さんが言う程寂れてはいないがお世辞にも賑わっているとは言えなかった。
メイン道路に面する形で数店舗の店がある。食料品店や本屋、薬局、お弁当屋、定食屋、郵便局など田舎町にある商店街の思わせる。お弁当屋で夕飯を調達し、本屋に立ち寄る。本屋では平積みの文庫本を数冊購入して帰路に着いた。
――一応生活して行くには問題なさそうだなと僕は思った。
それから数日間は特に依頼者からの反応はなく、WB LIEでの雑務をこなしていた。所長は何の研究かは分からないが調べ物をしている。手伝う内容からタイムリープに関する事だとは分かるが、時折り医療関係や法律関係の調べ物もある。
詳しく内容を聞くタイミングを逸してしまいよく分からず言われた仕事を行う。里佳子さんも何やら事務仕事をしており、こちらも詳しくは分からない。そのうち分かるようになるだろうとのほほんと捉えていた。
そしてとうとう依頼者からの反応が来たのだった。その日、お昼を取り終わり休憩時間中に文庫本を読んでいた。すると所長の丸テーブルにあるノートパソコンから聞き覚えのないアラート音がした。
共に休憩をとっていた所長と里佳子さんは、ハッとした表情と共にノートパソコンへと小走りで駆け寄っていた。僕はいつもと違う雰囲気に戸惑いを覚えながらも二人の後に続いた。
ノートパソコンに所長がタッチするとアラート音は消え、静寂が訪れた。遠巻きに画面をみるとある日付が映し出されており、それが何を意図するかは何となく分かった。
――20××年11月12日――
「あ、あの! これは依頼者からの反応なんですよね?」
「そうだよ。このアラート音が鳴ると反応を受信したって事になるの。それで、この画面にある数字が依頼者が後悔のウソをついた日って事なのよ」
「やはり……、じゃこれから過去にタイムリープするって事ですか?」
「いや、西島さんも経験した事があるかと思いますが、まずは現在の依頼者の付近へこの事務所がワープします。そして、依頼者との接触を待つのです」
二人の視線は画面に釘付けになっていたが、早口で状況の説明をしてくれた。
――ついに来た。僕にとっての初めての本格的な仕事だ。
あまりにも突然の事で動揺はしていたが、それを抑えるかの様に腹の底に力を入れて気を引き締める。
「どんな感じでワープするんですか? 結構揺れたりします?」
「もー! 君はうるさいな! 少しは落ち着いてじっとしてなさい!」
里佳子さんに怒られてしまった。
――動揺するに決まってるじゃないか。初めての事なんだから……。
少し不満を覚えたが、それを口にすると倍以上の言葉が降りかかってくると分かっていたので気持ちを飲み込んだ。
「そんなに、構えなくても大丈夫ですよ。ワープといっても荒々しいものじゃなくて、スッとしたものですから」
するとこの建物の内観にノイズが走る。そのノイズはしだいに大きなノイズとなっていく。次の瞬間カメラのフラッシュが焚かれたかのようにピカッ光が放たれ、僕は手で顔を隠すようにして目を閉じる。体が浮きがるような感覚に陥りフワッとした。その感覚が徐々に収まってくると僕は目を開けた。
先程まで浮かんでいたノイズはなくなり、そこには平穏な景色があった。今まで見てきた事務所の風景には何ら変化は感じられずありふれた空気感がそこにはあった。別段何かおどろおどろしいものが発生していたり光り輝く異世界といったものになるのかとも思っていたがそんな事は無かった。
若干拍子抜けした感のある僕は何か変わったものはないかと辺りを見回していると所長と里佳子さんと目があった。
「ねっ! 騒ぎ立てる程じゃ無かったでしょ」
「えぇ……まぁ」
ウソだった。正直言うとびっくりしていた。怖かったといっても遜色ない。だが、里佳子さんには言わなかった……。
「さてと、無事ワープも済みましたし依頼者を待つとしますか」
「待つってどれくらい待つんですか? 僕の時はどうでした?」
「待つ時間はその時々で変わりますので何とも言えませんね。西島さんの時は一週間位でしたかね」
「そうそう、君はなかなか現れなかったよ。だからカフェと間違えて何人も入ってきて……全くもう」
里佳子さんは僕の事になるとすぐに不満そうになる。僕も慣れてきたので聞き流す事にしている。
「待っている間は島にいる時と同じ様な感じですか?」
「そうですね。基本的には同じ感じです。ただある程度の状況把握の為周りを散策したりと、そういう業務も入ってきますね」
「そうなの! 私はその業務が好きなんだ。その場所が都会だとテンション上がるしね。お洒落な洋服屋さんないかなーとか」
「そういう事を私の前で言うんじゃありません」
「すいませーん」
二人のやりとりはいつもこの様な感じで所長は注意はするがそこまで本気ではない様だ。僕はこのやり取りが何気に好きだった。
「では、西島さん。初の実地業務ですね。まずは周りの状況を確認してきて下さい」
そう言われて僕は事務所を出る。初めてのワープで感じた動揺も二人のやりとりを聞いて落ち着いて来ていた。事務所のドアハンドルに手を掛け外に出る。
すると辺りは暗くなっており、雨もポツポツと降り始めていた。ワープする前は昼過ぎだったので時間の経過にもなんらかの影響があるのだろうと思った。外の暗さに目が馴染むとそこは街と住宅が入り混じる様な街の外れのようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます