WB LIE Ⅱ-Ⅰ

 希美との一件が落ち着き、仕事についても上司と相談して退職する手筈をとった。多少の引き留めもあったが希美が死んで自暴自棄になっているのではなくやりたい仕事が見つかった事、それに対する僕の気持ちを慮ってくれて上司は納得してくれたようだ。その後引き継ぎを行い、晴れて退職となった。


 仕事を退職する事、全容の分からないWB LIEを信用する事、そして所長が言っていた『この世界との繋がりが無くなってしまう』という事など、不安になる事の方が多かった。しかし、僕はWB LIEの仕事がしてみたかった。


 希美との本当の意味での理解を勝ち得た事に感謝しているし、また同じような気持ちを抱えている人を手助けしてあげる事に僕自身希望を見出している。その気持ちが僕を突き動かしていたのだ。


 WB LIEの場所が記載された地図を見ていた。


 僕の依頼が終わりWB LIEはどこか別の世界に戻っていった。その地図は会社の残務処理がある為すぐには同行できないので渡された地図だった。


 地図があるという事は自力でいく術がある事を意味している。所長達の口振りからこの事務所は違う世界にあるはずだと考えていた。でも何故地図があり、それを渡されたのだろうか? 僕はこの地図が指差す場所が別世界への入り口であると信じていた。


 ひとまずその場へ向かう事にした。地図によると、その場所は周りを海に囲まれた島で大きさはさほど大きくはない。交通手段は海路しかなく、ひっそりと存在しているような島だと感じた。

 

 島に着くとそこにはWB LIEがあった。島までの交通の便は悪いものの、島内は無人島のような壮大な大自然というような事もなく、民家がポツポツあるような人の気配は感じるような様子だった。船着場より地図を当てに島の内部へ歩いていくとそこに事務所は存在していた。


 事務所に入ると所長と里佳子さんが迎え入れてくれた。ここへ招き入れてくれた事のお礼を二人へ伝えると、それぞれが笑みを携えた表情で迎えてくれた。


「改めて、ようこそ! WB LIEへ! でもまぁ本当に来てしまったんだね、キミは……」

「えっ、そりゃ来ますよ! ここで採用していただき、仕事は辞めてきたんですから」

「本当に良かったのかぁ、こんな不安定な転職先で……。キミも見たでしょ? この島? なーんもないんだよ……」


 里佳子さんは哀れむ様な顔を僕に向けて、肩に軽く手を当てこう言った。


「まぁ、もう来ちゃったものはしょうがない! 諦めなさい、青年よ! ここでしっかり働きなさい!」

「いや、僕はあまり派手系キャラじゃないんでこういったところ好きですよ。確かに里佳子さんには退屈そうですけどね……」

「そうですよ。住んでみれば落ち着いていていい所だと思いますよ。私は居心地いいですけどね。」

「二人似てるんじゃないですか? 私はこんな所は退屈なのー!」


 里佳子さんは不満が多いようでそれを表情に浮かべて言っている。そこでふとある考えが浮かんだ。里佳子さんがこの地にこんなに不満を表しているという事は、WB LIEはこの地が拠点なのではないかという事だ。


 所長の『この世界から繋がりが無くなってしまう』という発言から僕はこの地から別の、僕の考えが及ばないような場所に存在するのかと考えていた。その答えを明らかにする為所長に問い掛けた。


「あの……、WB LIEってここから別の――いわゆるこの世界とは別の場所にあるんですよね?」

「……。あぁその事ですね。そうですね……、結論から申し上げるとWB LIEの所在地はここです」

「えっ! だって所長、この世界から繋がりが――」

「まぁまぁ、焦らないで聞いてください。確かに私はこの世界から繋がなりがなくなってしまうと申し上げました。それは半分は本当で半分はウソです」

「なっ……」


 慌てている僕をよそに所長は滔々と喋り続ける。


「つまりですね。本当の部分はこの地は中心部から遥かに離れた場所にあります。西島さんのいらした場所ともかけ離れています。物理的な面ですね。まぁ皆川くんが嫌がるのを見ても分かりますよね?」

「そうよ! こんな所別世界もいいところよ! お洒落なカフェや洋服屋さんだってないんだから!」

「まぁまぁ皆川君……。そしてウソの面は、西島さんの覚悟の確認の意味もありました。この仕事は不思議な仕事です。軽い気持ちで始めたり、辞めたり出来るようなものではありません。文字通り今の自分の世界を捨ててもいいという程の気持ちがなくてはなりません。そういう意味でああ言ったのです」


 僕はよく分かったような分からないような気がした。要するにこの仕事をするには『覚悟』が必要という事なのだろう。


「なので、全てを捨てる事が出来るとおっしゃった西島さんにはその強い気持ちがあると判断して採用したのです」

「まぁ、私はすぐに揺らいでしまいましたけどねー」


 所長の話を聞いて身の引き締まる感覚がした。最初からこの仕事を心からしたいと思い、覚悟はしていた。それでも改めて言葉にして聞くとひとしおだった。

 

 その後所長からWB LIEでの仕事や生活の説明があった。WB LIEはウソをついた人の強い後悔の念に反応して、その人の周辺に事務所ごと移動する。


 そうして、対象者と接触してウソをついた過去をやり直すきっかけを作るという事が基本的業務のようだった。依頼が完了するとこの場所に戻り報告書をまとめて提出する。それがどこへ提出して、何の為に提出するのかは時間がかかるとの事で説明をはぐらかされてしまった。


「そうですね……。大まかにはこの様な感じです。細かい所は実務をこなしていきながらの方が理解しやすいかなと思います」

「あ、あのー、依頼者からの反応があるまでは何をしていればいいんですか?」

「基本的には調べ物や報告などがあるのでそのお手伝いが中心になります。私は色々と研究する事があるのでそういった事を日々していますね」

「私は休みの日に街の方まで出て日雇いのバイトをしたりしてるよ! お金を貯めておかないと依頼で都会に行ったりした時に買い物出来ないからね。この島はホントに……」

「退屈しのぎにはいいんじゃないですかね? ただ依頼者からの反応があった場合は全員出動になりますので、もしバイトをする様なら急に帰らなくてはならない事は伝えておいた方が良いですね」


 里佳子さんの愚痴が始まってしまいそうな所、所長がうまくカットインしてくれた。愚痴が長くなるかなぁと思ったのでホッとする。


 しかし、そんな都合のいいバイトなんてあるんだろうか? それに街とはおそらくこじんまりしたものだろう。依頼の反応があるまでに一回行ったみたいなと思った。

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