第二章

黒川 美鈴 Ⅰ

「それでは登場していただきましょう! 黒鈴くろすずみわか先生です!」


 とある書店の一角に設営された簡易的なステージ、その背後にある壁には『黒鈴みわか サイン会』の文字がぶる下がっている。司会者に名前を呼ばれ私はその簡易的なステージに足を向けて歩いていく。人前に出ていく事が苦手なわたしは嬉しさ半分憂鬱な気持ち半分の面持ちでいた。


 そう私は物書きなのだ。それもこういったサイン会を催すとそれなりの列を作る事が出来る程には名が知られている。


 ステージ上では訪れていただいた読者にサインをしていく。書いているサインは実はペンネームで、本名である黒川美鈴くろかわみすずのアナグラムであるがそれは公表していない……。サインをした単行本を渡し握手をし、激励の言葉を頂く。読者は一様に嬉しそうにしており、私としてもありがたい事で感謝する気持ちも当然あるがどこかこの人達は本当に喜んでいるのだろうか?と穿った気持ちも持ち合わせていた。


「いやー、大好評でしたね! ご苦労様です。先生も疲れたんじゃないですか?」

「えぇ、まぁ……」

「つれない返事だなー、ハハハ。まぁ先生らしいですがねっ! お疲れ様でした。また宜しくお願いしますねー」


 控室で帰り支度をしていると私の担当者は素っ気無い私の対応をいつもの事だと言うように笑いながらその部屋から去っていった。人付き合いの苦手な私は申し訳ないなと思いつつ見送った。


 私は大学時代から本格的に小説を執筆し、コンテストなどに応募しだしていた。小説自体は中学高校の時からなんとはなしに書いていたがそれはあくまでも趣味としてであって、誰かに見せると意識して書き出したのは大学に入ってからだった。

 

 高校時代はいわゆる孤独な学生生活を送っていて、小説を読む時間は山ほどありそこでは知識を養う事が出来たのだと思う。当時はそれらの小説の真似事やちょっとした文章を書いたりしていた。思えば高校時代は孤独を意識しない為に架空の物語に没頭していた節が強くある。


 大学に入りコンテストに応募しているものの鳴かず飛ばずの期間が続いていた。そういった日々を過ごしていると、ある作品が出版社が主催するコンテストで賞を受賞する事が出来た。


 その作品は人気者だった女性が友人からつかれたあるウソによって人間不信に陥り転落人生となり最終的には犯罪を犯してしまうという内容で、その心情に力を込めて描きあげたものだった。コンテストでは心情描写の巧みさを評価されての受賞だった。


 この受賞をきっかけにいわゆる脚光を浴びる事になり、その後発表した作品もお陰様で好評で、現在ではサイン会を行う事が出来る程には人気を得る事が出来た。


 これまでの道のりを考えれば出来過ぎなお話である。一般的に見て成功を掴み取ったと言えるだろう。こんなにも順調に人生が進んでいるのだからもっと面白おかしく日々を過ごしていっても良さそうなものだ……。


 でも今現在の私はこの成功を心の底から喜べているわけではない。ずっと心に引っかかっているもがあり、それが心の澱のように積み重なっていき私の感情にストップをかけてしまっているのだ。後悔とも自責とも取れるものだった。


 私が賞をいただいた作品には実は元ネタがあった。それは私と友人――竹永綾たけながあやとの間で起こったある出来事である……。それが私の今の状況を作り上げているものとなる。


 私と綾ちゃんは中学から高校時代の友人で、中学時代は私同様に地味なキャラクターとしてクラスに存在していた。お互い垢抜けない見た目で、共に内気な性格だったので同じ匂いを感じたのかどちらからともなく言葉をかけるようになり、そのうちに二人でいる時間がどんどん増えていった。


 私達の話題といえばもっぱら創作物の話が中心だった。私は本を読んだり文章を書いたりする事が好きで、綾ちゃんは漫画の知識が豊富で絵の上手な子だった。その為小説や漫画などお互いに勧めあったり貸し借りしたりして二人だけの時間を楽しんでいた。


 お互い友達は少なく主に二人でいたが全く苦にはならなかったし、周りが羨ましいも思わなかった。二人でいる事で私は心の充足を満たしていたし、綾ちゃんもそうであろうと見てとる事が出来た。


 そして中学を卒業して綾ちゃんとは当然のように同じ高校へ入学した。本来であれば高校に入り交友関係は広がりを見せて多くの同級生と関わりを持つのであろうが私達は違っていた。根本的に内気な性格もあるのだろうが二人でいる世界だけで満足が出来ていたのだ。その為中学時代と変わらない生活を日々送っていた。それは私達には楽しい生活だった。


 そうやって高校生活を送り、夏が過ぎ秋口を迎えた時に二人の関係が微妙に変化していく出来事が起こった。その出来事は高校で行われる文化祭にまつわるものであった。

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