WB LIE Ⅴ

 僕は手紙を読み終えた。外で読んだ事を後悔するほど泣いてしまった。道端にうずくまり声を出して泣いた。希美に気持ちは伝わっていたんだ。僕の気持ちはしっかり希美に伝わっていた。徐々に後悔に浸食され始めた僕の心をこの手紙は救ってくれた。それが嬉しかった。言葉の真偽は関係なくそこに本当の気持ちがしっかりこもっていれば人には伝わる。そんな単純な事だったのだ。だけれどもそれが分からず右往左往してしまう人も多いだろう。僕自身がそうであったように……。


 僕は振り返り再び病院へ向かい希美の死までの経緯を確認した。知っているであろう事を聞かれた医師は怪訝そうな顔をしたが話をしてくれた。

 

希美は二十二日の急変後奇跡的に回復したが、二十五日のお昼頃に再び容体が悪化してそのまま帰らぬ人になった。医師が言うには希美の最期の表情はとても安らかであったそうだ。


 それを聞いて僕は思った。希美は人生を全うしたのではないかと。もちろんもっと長く生きていたかった事は言うまでもないが、この状況を受け入れて後悔なく過ごしていく事が出来たのではないか?


 最期の表情がそれをものがっているように感じた。おこがましいがその一端を僕も担える事が出来たのではないかと思う。そうであればいいなと思う。希美がいなくなってしまったのは悲しいが少しでも希美の気持ちが晴れやかであった事を願いたい。


 病院を出てWB LIEへ向かっていた。クリスマスも終わり街は年末へのラストスパートをかけるかのように慌ただしく動いている。その中を通り抜け僕は事務所の扉を開けた。すると中では里佳子さんが出迎えてくれた。奥の丸テーブルには所長もいてこちらを見ていた。


「あらおかえりなさい。 どうだった?」


里佳子さんはあえてであろう明るくぶっきらぼうな言い方で尋ねてきた。


「皆川君……そんな聞き方はないんじゃないかな。もうちょっと何かあるでしょ……」

「いえ、そんな事はないです。お気になさらずに。……希美はやっぱり亡くなっていました」

「そう……でも君は付き物が取れたような顔をしているように見えるけど、どうしてなの?」

「それは僕が自分自身の行動に納得しているからだと思います。希美が亡くなったのはもちろん悲しいです。先が長くない事は分かっていた事ですし、過去にいた時間はそれを受け入れて過ごす事が出来ました。……だからそういった表情に見えるかもしれませんね」


僕はそういって頭を搔きながら更に続けた。そして目からは知らずと涙が流れていた。


「でもやっぱりめちゃくちゃ辛いです。悲しいです。こういった気持ちは……この気持ちがなくなるわけじゃありませんけど……」

「そりゃそうでしょ……その気持ちは別物だよ。でも時間が経てばきっと乗り越えられると思うよ。自分の行動に納得しているんだもの。時間が経ってもグジグジしちゃいそうな前回に比べたら全然いいんじゃない?だから今は目一杯悲しんでいいんだよ! ねぇ所長?」

「そうですね。人は起こってしまった事について一時的にネガティブな気持ちになるものですよ。大切なのはその結果になるまでの過程だと私は考えます。その過程で自分が納得できているのであれば必ずネガティブな気持ちは克服できます。今回西島さんが過去で実践してきた事でも分かると思いますよ」


 僕は本当に所長や里佳子さんが言っている事が理解できているかと聞かれれば、まだそうではないと思う。ただ、過去へ戻った事でその言葉の一端を掴みかけているような気もしている。


 「さて、皆川君。西島さんも戻って来たわけですし、そろそろ例の質問をして下さい」

「えー、もうですか? まだいいんじゃないですか?」

「ダメですよ。我々だっていつまでもここにいられるわけではないんですから」


 所長と里佳子さんのやりとりが聞こえきた。例の質問とはなんなんだろう……。


「なんなんですか?例の質問って」

「あー、依頼人が過去から戻った来たらしなきゃいけない質問があるんだよね。今回の依頼が終了しましたよって区切りをつける為にね。」

「我々は元々西島さんのような方の強い希望からこの世界に来ています。それが終了したらこの世界から出なくてはならないのです。そういうルールになっているんですよ」


 確かにこの力は異質のものだ。人を過去に戻すなんて通常あり得ない能力だ。なるほど、この二人は異世界の人達なのか?そうであればこの力の一応の説明がつく。


「お二人はどこから来ているんですか?」

「……それは言えないんだよ寛太君。でもこの世界から出る事で寛太君には二度と会う事は出来ない。そんな場所だよ……」


 心なしか里佳子さんは寂しそうな表情をしているように見えた。僕もそうだ……。付き合いはかなり短く、ないに等しいかもしれないが、こんな重大な局面でやりとりをしていたんだ、名残惜しい気持ちは僕にだってある。せっかく知り合えたのに……。


 それに僕は彼らが行っている行為に興味を覚えていた。僕みたいにウソによる後悔をしている人たち、そういう人が少しでも前向きになれるようにしてあげたい。僕もその手伝いをしたい、そう思い始めていた。

 

「皆川君、宜しくお願いします」

「……そうですね。」


 里佳子さんは決心したように言う。


「では、西島寛太さん。あなたはウソによる後悔を解消する事は出来ましたか?」


 僕は質問を聞き、この数日間を思い出していた。後悔は消えていた。それはあのウソがなくなった事で切り開かれた新しい心境だった。


「……はい。僕はあのウソをなくして後悔をなくす事も出来ました。ありがとうございます」

「そうか……。良かったね。これでお別れだね!」

「我々も西島さんのお力になれた事、非常に嬉しく思っています。……では我々とはこれで」


 これでお別れか……。本当にこれでいいのか?僕は彼らの仕事や彼ら自身にすごく魅力を感じている。このまま全て終わりにしていいのか?心残りがないように行動すべきなのでは……。


「あっ、あの一つ言いたい事があります」

「なんでしょうか?」

「僕は自分の行動に納得する事が後悔を生まない秘訣なんじゃないかなと思うようになりました。だから……言わせて下さい! 僕はこのWB LIEで働きたいです! 僕みたいに後悔のウソを持っている人のウソを引き取って、助けてあげたいんです!」


 僕は思いの丈を一息に言った。断られてもいい、ただ自分は最善を尽くしたい。そんな気持ちだった。二人は驚いた顔をしながら佇んでいる。やがて、所長は眉根を寄せながら言った。


「困りましたね。一緒に働きたいとおっしゃられても、先程も申し上げたように我々はこの世界の者ではないんですよ。つまり、あなたが我々と働くとなると今のあなたとこの世界との繋がりを全て無くす事になるんですよ?」

「そうだよ、寛太君。ご家族や今の仕事なんかはどうするつもりなの?」

「僕には身寄りはありませんし、今の仕事に未練はありません。それよりもお二人と一緒にこのWB LIEの仕事をしていきたいんです。いきなり無茶な事を言っているのは分かってます。でも……」


 僕は所長と里佳子さんの目を交互に見つめながら訴えかけた。その僕の目を彼らはそれぞれが真っ直ぐに見返して僕の中の何かを見定めようとしているように感じた。しばらくその状態が続き、やがて彼らはお互いの顔を向け合った。


「皆川君、君は今の業務量しっかりこなせていますか?」

「まぁしっかりはこなせていますがかなりブラックな事務所だなと感じていますよ」

「そうか……、それは良くありませんね。従業員の働く環境をちゃんと整える事も所長の仕事の一つですしね」


 彼らは悪戯っぽい表情で更に会話を進めた。


「そうですよ、所長! スタッフを増やして私に少しは休みを下さいよ!」

「そうですね。ではつい今しがた求職の応募がありましたので、面接でもしてみましょうか?」


 所長は僕の方へ向きかしこまった様子で頭を下げた。


「WB LIEの所長をしております梨田と申します。では西島さんこちらのソファーへお掛け下さい。今から採用面接を行います」


 その言葉を聞き里佳子さんはニコッと笑った。僕は受け入れてくれた事の喜びと、これから出会う人々を救う手助けが出来る事に希望を、使命感を抱いた。



 やはり後悔しない為には納得出来る行動をするといいんだなと思った。

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