WB LIE Ⅳ

「お疲れ様! 寛太君。大丈夫? 今すごい顔しているけど……」

目の前には里佳子さんがいて心配そうに僕を見ている。僕が前日話していた過去での雰囲気との差に戸惑いを覚えているようにも見えた。


「実は現在に戻る直前に希美の容態が急変したんです……それで励ましている間に時間切れになってしまって……」

「えっ……、それは……。希美さんはどうなったの?」

「……わかりません。僕は希美がどうなったか分からない内に帰ってきてしまったのです……」

「…………」


 里佳子さんは黙ってうつ向いている。


「それに……僕は最後に希美にまたウソをついて来てしまいました。希美は大丈夫、絶対助かるよって……」

「そっか……、それで君はそれを後悔しているの?」

「いえ、今回は後悔していません。僕は本心で、何の気負いもなくウソをつきました。でもそれは希美を助ける為に必要なものだと思っています」


 僕は本当に後悔していなかった。もしこのウソで希美の生きる気持ちを少なくしてしまったらなんて思う事もなく決心して言葉にした。助かる事は現実には難しかったかもしれないが絶対に助かって欲しいと願った。そんな気持ちが言わせたウソだった。


「じゃいいんじゃない? 希美さんがどうなったか今は分からないけど、君がとった行動に君自身納得していればいいんだと思うよ。どんな結果になろうと君は後悔なんてしないと思う」


 ――そうだ。僕は後悔なんてしない。僕は僕の行動に納得している。例えそれがウソだとしても……。


「ちょっと僕病院に行って確かめてきます。今希美はどうなっているのか……」

「そうね、早く確認してきた方がいいわね。気を付けてね……」


 里佳子さんにそう見送られると僕は事務所を飛び出して病院へ向かった。過去へ行き希美の自死を防いだが新たな展開が待ち受けていた。希美と死との関係は断ち切る事が出来ない……前後へ交差する足は次第にその速度をあげていつしか駆け出していた。


 病院へ着くとあの医師がロビーにいたので駆け出した勢いそのままに近づいていく。医師は僕に気付くと一瞬ハッとしたような顔をした。


「西島さん……先日はどうも……」


 医師は目を逸らし足元に目を向けながらそう言った。医師が纏っている空気感は一つの事実を雄弁に語っていた。僕は分かってしまう……。

――希美は死んだんだ……助けられなかったんだ……。


「あ、いや……お世話になった先生にご挨拶をと……」


 僕はなるべく動揺を悟られないように取り繕いながら言った。本来であれば僕はこの数日の経緯を知っているはずなんだ。――希美の死の経緯を……。


「そうでしたか。お辛い中、わざわざありがとうございます。なんのお力にもなれず……申し訳ございませんでした」

「いえ、そんな……先生には感謝しています。希美は……」

「はい?」

「いや、先生もお忙しいと思いますのでこれで失礼致します。お世話になりました」


 僕は希美の結末を聞こうとしていた。僕が最後に言った言葉がどれくらい希美の生死に影響を与えたのか?それを確認しようとしたのだ。しかし、その事実を知る事にどれくらい意味があるのだろうか、僕は自分が放った言葉に後悔はない。ましてや話を聞いた所で希美は死んでしまっているのだ……。僕は医師に会釈をして病院を後にする。


 病院を出る道すがら僕は希美との過去での数日を思い出していた。一回目の数日と比べて幸せな数日を過ごす事が出来た。WB LIEの助けにより過去に行って良かった、ウソを無くす事が出来て良かった。それは紛れもない本心だった。――しかし、希美がいなくなった事実が僕を徐々に悲しみへといざなっていく。後悔していないはずだった。だが、この気持ちはなんだ?その気持ちは悲しみの量が増えていくと同時に増えていった。


――後悔しているのか?


 僕は歩くのをやめ空を見上げた。十二月の澄んだ空気がどこまでも高い上空を鮮明にさせている。その果てのない景色に吸い込まれそうになる。その先に希美はいるのだろうか……。


 しばらくして僕は事務所に一度戻らなくては思い時間を確認する。


――っ!


 時間を確認する為目を移した僕の左手首にあったものに目を奪われる。それは過去に戻っていた時に…店員さんと相談しながら購入した――僕と希美の時を共有する為のクリスマスプレゼントだった。


 クリスマスプレゼントであるペアウォッチを僕は手首に巻いている。という事は希美とプレゼントのやり取りが存在していたという事になるのではないか?そう思った。過去で希美の容態が急変したのは二十二日の13時前後……クリスマスには約二日ほどある。どういう事だろう?しかし希美は現在はいない……今日は二十八日だ。頭がこんがらがってしまい思考が整理出来ない。


 カバンからメモを取り出し頭の中で散らかっている思考を整理しようとした。その時カバンから一通の封筒が出てきた。――これは一回目で自死した希美が僕に宛てたものだった。カバンにしまい込んでいたのであった。しかしよく見ると封は切られていない……僕は息を飲んだ。つまり先日見た封筒ではなく過去が塗り替えられた後に新たに希美が僕に宛てた封筒だろうと察しがついた。


 僕は手がわずかに震えだした。これにはこの数日間の経緯が記載されているんではないか?そして封筒に手をかけ封を切った。


『 寛太へ


 突然のお手紙びっくりするよね? 

 この間体調が急変したけど今は落ち着いて

 きているよ。


 だけど……自分の体だから何となくわかる

 んだ。もう長くはないかなって……

 だから今の気持ちを手紙にしておくことに

 したの。だからちゃんと読んでよね!


 病室でクリスマスプレゼントの話をしよう

 とした時寛太は私の容態について

 包み隠さず教えてくれたよね? 

 もうあまり長くないだろうって。


 私はあの時嬉しかったよ。

 私たちが病気の事をごまかさずにちゃんと

 受け入れる事でお互いの気遣いの負担が

 減って本当に純粋に、病気なんてないみた

 いに接する事が出来たと思う。

   

 ありがとね。


 そして二十二日の急変の時、私は全部を

 はっきりと覚えている訳ではないけど……


 寛太がすごく本気で励ましてくれているの

 が伝わった……大丈夫、大した事ないって

 言ってくれていた。


 今思えばあれってウソだと思うの……

 あからさまに危ない状況だったと思うし。

 でもその優しく心強いウソが私に力をくれ

 たの、だから私は寛太の手を握り返す事が

 出来たんだよ。 

 本当に頼もしかったし、嬉しかったよ。


 それともう一つ私を奮起させてくれた

 ものがあるの。

 それはあの靴下の中のクリスマス

 プレゼントだよ。

 あのプレゼントの中身が気になって死んで

 いる場合じゃなーい!って思ったんだ。


 さっき二人でプレゼントを開けてみたら

 ペアウォッチだったね。

 なんでペアウォッチにしたのか聞いたけど

 寛太は恥ずかしがって言わなかったね。


 私が思った理由と同じだったら

 嬉しいな……。

 私はこの時計は私たちの残された時間を

 共有していく事が出来るように、

 一緒に同じ時間を過ごす事が出来るよう

 にって思ったよ。


 へへへ……どうかな? 合っているかな?


 長くなっちゃったから最後に!


 寛太、私と真摯に向き合ってくれてありが

 とう。


 愛してくれてありがとう。


 私も寛太と同じくらい愛していたよ。

 出来る事なら永遠に一緒にいたいと思う。

 

 それが本当になるといいな……


 ではまたね!

                            20××年12月24日 希美 』

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