西島 寛太 Ⅸ
目覚めは悪くなかった。十二月二十二日――過去にいる事が出来る最後の日は思っていたより清々しい気持ちで迎える事が出来ていた。過去からはいなくなるけれど希美が生きていてくれている事が僕に希望をもたらせてくれている。現在に戻ればまた希美に会う事が出来る、それが僕を明るい気持ちにしてくれている。決して先が長い命ではない事は分かっているが一度無くしてしまった時間をまだ取り戻す事が喜びを強くしているような気がする。これからは後悔しないように一緒にいる事が出来る時間を噛みしめながら過ごしていこう。
いつものように朝食をすませ会社へ向かう。今日の十四時半頃に現在に戻る為時間を気にしながら仕事に取り組んでお昼休みを取り終わる。十三時、あと一時間半くらいだな、そこで突如スマートフォンが震えた。――そういえば里佳子さんが電話ををくれるって言っていたっけ。心配してくれるのはありがたいが現在に戻るだけだから問題ないと思うけどなぁ。
僕はスマートフォンの画面を確認した。その瞬間息を飲んだ。頭のてっぺんからスゥっと何かが下りてくる感覚だった。電話の主は里佳子さんではなかったのだ。それはなんと希美の病院からであった。
――なんで病院から?まさかそんな事はありうるのか?
動揺してすぐには電話に出る事が出来なかったが、ハッとなり席を離れ電話に出た。
「西島さんですか? 藤間さんの容態が急変しました。もしかしたら厳しい状況かもしれません! もしこちらへ来れるようならすぐに来ていただいた方が良いかもしれません!」
希美の容態が急変?病気が悪化したという事だった。自死は逃れたものの今度は病気か……結局希美は助からない運命なのだろうか?折角ウソを無くしたというのにこんなのあんまりじゃないか……。僕は動揺しながらも上司に事の次第を話して早退させてもらい病院へ急いだ。
――希美!どうして?どうしてなんだ?
病院へ向かう途中里佳子さんからの電話がかかってきたが対応する余裕もなく無視した。病院へ着き病室へ向かう間時計を確認するが十四時十五分……あと十五分ほどで僕は現在に戻ってしまう。病室のドアはあけはなされており医師や看護師が慌ただしくしている様子が見える。病室へ駆け込み希美のそばへ駆け寄る。
「希美! どうしたんだ? 何で急に!」
希美は呼吸器をつけているものの呼吸は荒く苦しそうに顔をゆがめている。僕の問いかけにわずかに反応したように感じた。希美に言葉を投げかけ手を握ると微かだが握り返してきた。
「の、希美!! しっかりしてくれよ! 希美!」
「……か、寛太……」
もう本当にわずかな力を振り絞ったかのように小さな声だった。意識があるのかないのかすら判別出来ない。しかしまだ糸は切れていない。
「……わ、私……もう駄目なのかな……」
何の因果かまたこのようなセリフを希美が口にした。一回目のあの時と同じようなセリフだ……。素人の僕が見てもこの状況は厳しい事が分かる。しかしこんな状況でありのままを伝える事なんて出来るわけがない。僕には迷いはなかった。それは本心から希美を励ましたい、希美を助けたい、助すかるに決まっていると強く思っているのだ。一回目のように僕自身に不安があってその場を繕う感じではなく、本心から希美を助けるんだという気持ちを言葉に乗せていった。これはウソというのだろうか……。
「希美! 大丈夫だよ!! きっと助かる! お医者さんもたいした事ないって言っている。クリスマス一緒に迎える事が出来るんだよ!」
希美の手がピクっと動いた。そう感じた次の瞬間視界が急に暗くなった。目を閉じてしまっているようだ。そして瞼の外側が急に明るくなった。その後、自分を包む空気がフワッと柔らかくなったような感覚を感じた。目を開くとそこはアンティーク調のカフェのような事務所だった。
僕は現在に戻ってきてしまった。最終的にまたウソをついて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます