西島 寛太 Ⅷ

 二十一日の朝となり仕事へ向かった。今日は仕事が終わった後、商店街の中にあるお店でクリスマスプレゼントを購入する予定だ。クリスマスプレゼントはあれこれ考えた結果腕時計に決めた。希美はペアで身に着けるものというリクエストをしていた。ペアでとなると指輪が真っ先に頭に浮かんだが、クリスマスに指輪……あまりにもありきたりだと感じた。安易に決めたんじゃないだろうかと思われる事もなんだか嫌だ。腕時計であれば同じ時間を刻んでいく事が出来る。残り期間がどれくらいあるかは分からないが、ペアの腕時計が同時に一秒毎に秒針を進めていく様を見ると同じ時間を共有している感覚をより得る事が出来るのではないかという思惑もある。そして、カバンの中にはあの大きな靴下を忍ばせてある。


 仕事が終わり時計店へと向かった。ペアウォッチを買うなんて今まで経験がないので店員さんと相談しながら決めた時計はシンプルなデザインで男女で大きさこそ違うがそれ以外は基本的に同じデザインのものだった。


 明日二十二日の十四時半頃には現在に戻ってしまう。明日も仕事がある為、過去で希美に会う事が出来るのも今日が最後になる。その為今の僕が希美にプレゼントの話をする事が出来るのは今日しかない。過去の自分に託すのは少し嫌だった。同じ自分であるもののどこか他人めいたものを感じていた。


 プレゼントを買い終え病院へ急ぎ、希美の病室に着いたのは七時半程になっていた。八時までの面会時間はあとわずか、プレゼントを選ぶ時間が少し長くなってしまった。


「遅くなってごめん。体調はどうかな?」

「可もなく不可もなしかなぁ。今日はもう来ないかと思ったよ」

「ごめんごめん。実は買い物をしていて遅くなっちゃったんだ」

「買い物? そうなんだ。それなら無理して来なくても良かったのに。」


 希美は気遣うように言った。会話をしながら僕はカバンから大きな靴下を取り出した。


「じゃーん! これなんだか分かる?」

「えっ、大きな靴下……あっ、もしかしてクリスマスプレゼントを入れるやつ?」

「正解! これ大きいでしょ? 実はサンタさんからプレゼントを預かってこの靴下にいれてあります!」

「……!」


 希美は初めは訝しげな顔をしていたが、プレゼントが入っている事を聞くと驚きの表情を作りその後顔をくしゃっとして喜んだ。


「クリスマスプレゼント! 嬉しい……ありがとう。昨日のツリーといい今年のクリスマスはいいね! 病気だって事も忘れちゃいそうだよ!」

「でしょー、今年のクリスマスにはきっといい事があるよ!」

「ねぇねぇ、ちなみにプレゼントは何なの? まだ内緒なの? 教えちゃいなよー」


 希美はいたずらをする子供のような顔で僕に問いかけてくる。僕はそれを制して、プレゼントはお楽しみだよと話をまとめた。


「まぁその方が楽しいしね。ただその分ハードル上がっちゃうけど大丈夫かね、貫太くん?」

「う……、でもきっと希美お嬢様のご期待に添えるものと確信しております!」

「へー、楽しみだな……」


 そこで楽しそうな顔をしていた希美の顔が不意に曇った。――どうしたんだろう?


「寛太……ありがとう。こんなにしてくれて……すごく嬉しいよ。でも、わたしは何もしてあげられてないよね……ごめんね」

「何言っているんだよ! 別に希美の為だけにやっているんじゃないよ。僕がそうしたいからやってるんだ。希美と一緒に楽しみたいから……だから気を遣ってやってる事じゃない。僕ら二人の為にやってるんだ。」


 希美はうつむいたまま黙っている。僕は希美が変に負い目を感じてしまう事を嫌った。


「希美……そんなに気を遣わなくていいんだよ。二人で楽しめればそれでいいじゃないか?」

「……うん。そうだね。なんかしんみりしちゃってごめんね。寛太が色々考えてくれているのが幸せで……ありがとね」

「二人で一緒に生きて行こう!」


 希美はうつむいていた顔を上げると再び笑顔になっていた。僕はその顔を見て安心したし、嬉しくもあった。やはり希美はこの顔が一番かわいいな。


 時計の針は二十時を指そうとしていた。僕はプレゼントが入った大きな靴下をコートハンガーにぶら下げた。その際希美にはクリスマスまでは勝手に中を見てはダメだよ。そう念をおすと希美は本当に分かっているのかと疑いたくなるほど軽い返事をよこして来た。


 僕は過去でこの病室に来るのが最後だと思うとなかなか病室を後に出来なかった。希美の顔をしっかりと目に焼き付けながら、心の中でまたすぐ会えるさと呟いた。自分が思っているより長く希美の顔を見ていたようで希美は不審がり、早くしないと病院の人に怒られちゃうよと言ってきた。それをきっかけに僕は病室を出た。ドアを閉めると『またね』と小声で言った。


 病院を出ると外は冷え切った空気が漂っている。僕は肩をすぼませコートの襟を立てる。体を包み込む空気は冷たいがこの数日間を思い出し若干高揚している僕には心地よさもあった。白い息を吐きながら、その息を追い越すように歩いているとポケットの中でスマートフォンが震えた。画面を見ると『WB LIE』とあり僕は通話ボタンをタップした。


「もしもし、寛太君? お疲れ様。今話しても大丈夫?」

「あっ、はい。なんでしょう?」

「明日には現在に戻って来なきゃならないから一応ね。どう? ウソは無くす事が出来たみたいだし、何か思い残す事はない?」

「そうですね……ウソを無くしたあと、生きている希美と短い時間ですが過ごす事が出来て良かったです。心残りと言えばクリスマスプレゼントを直接渡す事が出来なかった事ですが……」


 ただその心残りも『靴下作戦』で和らいではいる。


「そうそう、現在に戻る時の事を話しとかなきゃね。時間がくると急に意識が飛ばされる感じでこっちに戻るよ。過去に戻った時みたいにかな。」


 そういうと里佳子さんは補足として僕が現在に戻った後の僕――過去の僕について話してくれた。


 僕が現在に戻った瞬間に意識は過去の自分に切り替わる、過去の僕は今の僕がこの数日行っていた行動自体は記憶しているらしい。但し僕が、未来から来ている事にまつわる記憶は無くなるようだった。つまり、過去の僕自身が考えて行動していたという様に記憶に補修が入るらしかった。


「そうしておかないといきなり別人格が入ってしまったようになって、過去の君が混乱しちゃうんだよ。ちょっと難しい話だったかな?」

「なかなか難しくて……ようは過去の僕には今の僕が過去に来てあれこれ動いていた事は記憶にないって事ですかね?」

「ざっくり言うとそんな感じかな。あと明日現在に戻る前くらいにもう一回電話するね。一応不安だろうからね。じゃまた明日ね」


 電話を切って再び冷たい空気の中を歩き出した。

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