西島 寛太 Ⅲ

 希美を亡くした僕は失意のどん底にいた。何もする気が起きなかったが繁忙期の十二月、仕事には行かなくてはならない。仕事から帰るとじっと部屋に閉じこもっていた。特に見るとはなくテレビをつけていたり、ベッドに横たわり天井を眺めていたりした。そして時折思い出した様に時折涙を流していたりした。


 そうやって悶々とした日々を過ごしていた。


 その間には身寄りのない希美の葬儀が自治体によって執り行われたのであった。

 僕はそれには顔を出さなかった。最後に希美の顔を見る機会だったのだが、自分のついたウソが希美を死に追いやった側面もあったので希美に顔を見せる事が悪い事の様に感じていたのだ。希美の手紙も目に触れる事がない様にカバンに押し込んでしまっていた。


 まるで底なし沼にはまり手足をばたつかせるようにもがきながら過ごしていると今年のクリスマスも過ぎ去ってしまった。街並みの賑やかさも最高潮を迎え、そこにいる人々の顔は笑顔で彩られていた。本来なら僕もその一員になるはずだった。でも実際の僕は違う……。何の意味もなさない今年のクリスマスが通り過ぎていった。


 希美がいなくなり一週間が経過した日、僕はいつものように悶々とした気持ちを抱えながらカバンを肩からかけ、職場へ足を向けていた。冬の朝は空気が澄んでいて悶々としている僕には少し痛かった。駅へ向かう商店街は日中の賑やかさを隠しひっそりとしてたが、徐々に鼓動し出すかの様な息遣いがしだしていた。

 僕はそんな光景を目の端に置きながら足早に商店街を抜けていく。僕が通勤で使う駅は高架上にあった。駅に向かうには長い階段を登らなくてはならなくて、重い足を何とか振り上げ階段を登っていく。階段を登り切り、早くなる鼓動を落ち着かせる為高架上にある駅から街並みを見渡した。


 僕はこの景色をよく見る。理由の一つは階段を登った後に息切れをしてしまいそれを落ち着かせるというような物理的な理由である。もう一つの理由は何か閉塞感を感じている時――例えば仕事でありえないミスをして自分自身が嫌なった時や、好きな野球チームの体たらくな日々が続きどうやったら勝つ事が出来るのだろうと悩んでいる時など閉塞感の内容は大小様々だったがこの景色を見るとなんとなくその閉塞感が減っているように感じるのであった。


 小高い程度の高架だが、視界の先には広い空間が広がっているのだ。今回の僕は閉塞感からの動機が強い。それはもちろん希美との事で、希美を自死に導いてしまったあの時のウソに強い後悔を感じていた。


 そしてその日も、その広々とした空間を目にした時、閉塞感でいっぱいになっていたその心は、広々とした空間に引きずられるかのように容量が少し広がった気がした。階段を登る前より若干心に余裕が生まれた気がしたのだった。景色を見ながら小さく何度が深呼吸をしていると目の端にある建物が入ってきた。

――こんな建物あったかな。僕は見慣れたこの景色の中に小さな違和感を覚えた。


 田舎町の駅周辺という事もあり大きなビルやマンションはないもの一軒家や商店街などそれなりにスペースを埋めるように建ち並んでいる。


 しかしその建物は周りからは独立してぽつんと建っており、外観はここからはよくわからないが平屋建ての建物のように見える。何故だか分からないがその建物に引っかかりを覚え、僕は衝動的に高架の階段へ足を向けていた。通勤途中であったがその事は頭から抜け落ち、階段に差し掛かる。いつもは階段の下では息切れはせず降る事が出来るがその時は胸の鼓動を感じており、それは運動によるものではなく焦燥によるもののように感じた。――早くあの建物を確認したい、確認しなくてはならない。自分でもその理由は分からないがそう感じていた。


 階段を降りると僕は階段の上をみてあの建物の方角を確認し、その判断がつくと脇目もふらず歩き出した。すれ違う人々はみな一様に足早にあるいており、駅へと向かっている。その人々の流れと逆流するように歩いていった。高架から見ていた距離と実際の距離は違っているらしく目的の建物は中々姿を現さない。特に目印になるような建物無かった為もしかしたら方向を間違えたかと思ったが、ある程度歩いてきてしまっている為今さら引き返す気にもならず少しの不安を抱きつつも同じ方向へと歩を進める。そんな事を思いながらしばらく歩いているととうとう目当ての建物が姿を現した。僕はホッとしながら今姿を現した建物へと近づいていく。十二月だというのに額にはうっすらと汗が滲んでいた。

 

 建物の近くへたどり着くとそれは小さな小洒落たカフェのような外観だった。上品に年季の入った茶色の木壁に、黒く短いシェードが張られている。木壁には大きな黒いアイアンの格子が窓を形作っており、その窓にはブラインドがかけられ建物の中を窺い見る事は出来ない。建物の前にはオリーブを初めてする大きめな観葉植物が数種類無造作に置かれている。そしてその中には埋もれるように、これまたカフェによくあるメニューやオススメ料理が書いてある様な立て看板があった。

 

僕は更に建物に近づいてその看板に書いてある文字を見る。そこにはメニューなんかではなくこう書かれていた。


『あなたのついたウソ引き取ります……』


 看板にはそう書いてあった。ウソを引き取る?それはどう言った意味だろうか。僕はその看板の、その文字に興味をそそられた。怪しげな雰囲気はあるが、その興味の方がまさりドアに向けて歩を進めていた。


 ドアには表札がぶる下がっていてそこには『WB LIE』と記されていた。僕は少し戸惑いを覚えながらドアハンドルに手をかけ、引き寄せた。ドアはギィと小さな音をたてて開かれた。

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