自販機彼女と夜

俺は森川さんを連れて遊園地を飛び出してから、一目散に走り電車に乗り込んだ。


自宅への帰路の途中、近くで祭りがあったのか打ち上げ花火が数十分間に渡りドンドン、と打ち上がっていた。


あたりが薄暗くなったころ、俺と森川さんはいつもの自宅へと辿り着いた。

普段綺麗に整えてある森川さんのスーツは皺がよっていて、顔にも明らかに疲れが見えていた。


「……森川さん、俺のせいで、本当にごめんなさい」


「いえいえ! ……上原さんが悪いわけじゃないですよ! 断ることの出来なかった私自身のせいですので」


森川さんはいつもと変わらぬ笑顔で「でも折角なら上原さんと一緒に回れたら、きっと楽しかったんだろうなあ」と笑った。


森川さんには決して触れてはいけない。

そんなルールがあった。けれど今の俺の頭にはそんなことを考える余裕はなかった。


「…………上原さんっ!?」


気がついた時には、俺は森川さんを抱きしめていた。

接触してはいけないというルールに対しては、遊園地から逃げる時にずっと森川さんの手を取って走っていたため、今更もう守り切る事はできそうになかった。


そのまま俺と森川さんは部屋でどれくらいだったか、分からなかったが長い時間抱擁を続けた。そしてこれは初めてのことだったが森川さん自身についての話を聞くことができた。


「私、記憶が殆ど無いんです」


「記憶?」


「はい、気が付いたらスーツを着ていて、派遣で仕事ができるように様々なことを勉強する日々でした」


彼女は過去の記憶が殆どなく、ご両親の顔も、そしていたのかどうかすら覚えていないようだった。

ただ何となく花火の光景を浴衣で見ていることをおぼろげに覚えているそうだった。


彼女は一体どこから来たのか。

どうして彼女はこんな仕事をしているのか。

俺は彼女についてもっと知りたいと思った。


「……私、他の方に自身の身の上話をしたのは初めてです。 ……いきなりこんな話、迷惑ですよね」


「いや、……俺もっと森川さんのことについて知りたいんだ。これまでのこと、色々と教えて欲しい」


「うふふ、上原さんって本当に物好きですね」


彼女と俺は初めて、夜に語りあった。

22時以降に森川さんと共にいたことも初めてだったし、よほど疲れたのか少しシャワーを浴びた森川さんは俺のベッドで横になり、すうすうと寝息を立てていた。

整った顔立ちの頬に少しだけ触れる。

今の俺にとっては彼女がいるだけで、世界はずいぶんと違ったものになりそうな気がしていた。

きっと俺は森川さんに好意を抱いている。

早く就職して森川さんをもっと別の仕事に就かせて、好きな服を着れるようにしてあげたい。

とにかくもっと自分が頑張らなければ。


そして森川さんが大事に持っていたカメラをいつも置いている戸棚の上に置き直そうとしたとき、一枚のSDカードが置いてあるのが見えた。

例の彼女がやってきた自販機から出てきた一枚のSD。


まさかなと思いつつ、これはなんとなくだが、彼女がもしかしたらあの公園の男と何か関係があるのではないかと俺は考えていた。

彼女には記憶がない。

確かあの男は警察官だったはずだ。

もしかしたらあの自販機について何か調べたら彼女の過去に繋がることがあるかもしれない。

そう考えた俺は、彼女との出会いのこと、そしてあの時のSDの中に入っていたZIPファイルを男にメールで送っておいた。


俺は彼女の綺麗で可愛い寝顔を見ながら、どんどんと深い眠りに落ちて行く。

そして気がついた時には既に朝日があがっていたのだった。

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