第2話 更生プログラム
「……きて…」
「…おきてよ」
遠くから声が聞こえる。聞いたことあるような声の気もするが、まあいいだろう。あと5分だけ……
「こうぅ、起きてよぉ」
そこには大粒の涙で、顔がぐしゃぐしゃになった幼馴染がいた。ついでに、そいつのせいでこちらの顔もぐしゃぐしゃである。
「……起きたよ。起きたから。もう大丈夫だから。その涙と鼻水の混合物を服に擦り付けるのをやめてくれ」
「よがった~~、生きてたぁ」
全くやめようとしないルリは無視して、周りを見渡す。そこは何もない部屋であった。大きさは学校の教室よりも少し広いくらいだろうか。しかし、その部屋には本当に何もなかった。
机も、窓も、入口さえも
こういう時に一番大切なのは情報を集めることである。まずは先に起きていたルリに話を聞いてみるとしよう。
「おいルリ、お前ここが何処だか分かるか?」
「わ、わかんないわよ! そんなの!」
まだ
「ルリ、ここに来る前の最後の記憶ってなんだ?」
「えーーっと、コウの家行って、コンビニ行こうとして、アイス奢ってもらう約束をして、………そこまで」
「……そうか」
どうやらルリと同じタイミングで気絶したらしい。となると第一の目標はこの部屋からの脱出である。壁の材質は? 手で壊せるのか? 何らかの道具が必要なのか?
様々な考えが頭をよぎる。
「ねえコウ、なんとか言っ」
『はいはーい、お取込み中ちょっとすいませんね。』
気だるそうな声と共に目の前に突然現れたのは、髪がぼさぼさの30代半ばのおっさんであった。また、サングラスとスーツのようなものを身に着けており、胡散臭さ全開の男だった。
「えーっと、
「ちょ、ちょっと待て!」
「ん? 何か質問ありますか?」
「いきなり専門用語使われても全然わからないんだが。輪廻転生組合? 更生プログラム? その辺について、詳しく説明してくれよ」
するとゴトーは肩で息をしながら、小さく低い声でつぶやいた。
「……あーーーー、めんどくせぇなぁ。こっちだって残業続きで疲れてんだよ。そんぐらい分かれよ。あと説明マニュアルとかも用意しとけよ。ほんとどうなってんだよこの組合……」
ブツブツブツブツ……
男は文句を言いながらも、どこからともなく取り出した紙とペンで何かを書き始めた。
組織の一員というものはいろいろ大変らしい。顧客に対するマニュアルもできていないとなると、設立して間もない組合に違いない。恐らく福利厚生もないのだろう。
と少し同情しながら、ゴトーが何かを書き終えるのを待つ。
ちなみに現在、空気となっているルリだが、ゴトーの登場以降は俺の後ろでプルプルと震えている。おい、ツンデレ設定はどこ行ったんだ。
心の中でルリにツッコミを入れていると、
「出~~来た!!」
元気があるのかないのかよく分からない声が、何もない部屋に響き渡る。
「必要そうなことは大体この紙に書いてあるんで、まあ、いい感じに頑張ってください、はい。あと、書き直すのめんどいんで、無くさないでくださいね」
ゴトーの言い方には一抹の不安を覚えるが、ようやくこの状況がしっかりと確認できそうである。そうして、俺と後ろから覗いているルリは、恐らく適当に書かれたであろう紙に目を通した。
****
・輪廻転生組合
人間の次の転生先の決定や、そこまでの説明、サポートを主な仕事としています。アットホームで定時には必ず帰れるホワイトな職場です!
・更生プログラム
ゴミ人間は転生しても、ゴミ人間のままです。更生プログラムを受講して、輝かしい未来を手に入れましょう! このプログラムは、自分たちの手でその世界の全人口の半分を幸せにすればクリア。人々の笑顔が最大の報酬だヨ!また、追加特典としてクリアした際はなんでも願いを叶えてあげちゃうゾ!
****
最初に輪廻転生組合という言葉を聞いた時から、もしかしてとは思っていた。いや、気づかないようにしていたという方が正しいだろう。このマニュアルは所々イラっとする語尾がついているものの、抱いていた不安を確信させるには充分であった。
「俺たち……、死んでるのか?」
「はい、死んでます」
「……誰に殺されたんだ?」
「禁則事項です」
「……死因は?」
「禁則事項です」
よし、ほとんど何も分からないことが分かった。こいつではもう話にならない。上司だ。上司を呼んで来い!! 台パンからの害悪クレーマー発言で1回ビビらせよう。
そうして振り上げたその手は……
床を叩く前に消えていた。
「コウ! 手が、手がーーーー!!」
ムスカのような叫び声が聞こえた方に目を向けると、ルリの手首から先はすでに消滅してた。
「ようやく終わりか。帰って寝よ」
「おい! これはなんだ」
「だから、さっきの紙にかいてあったでしょ。君たちが幸せにする世界に転移しているんですよ。 ……あっと、これだけは言っとかなくちゃ。」
うぉっほん
「この度は更生プログラムを受講していただき誠にありがとうございます。当プログラムの担当者ゴトーは、お二人がプログラムをやり遂げると信じております。御健闘をお祈りしております」
わざとらしい咳払いの後に発せられたのは、気持ちのこもっていない定型文であった。
そして、二人の体は完全に消滅した。
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