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西田河

第1話 夜明け前の記憶

 たぶん1時間前の出来事であったと思う。


 高坂光たかさかひかるは退屈していた。


 日課の昔のアニメ鑑賞、ゲームのログインボーナスの確保を終え、時間を確認すると深夜4時。良い子は寝る時間である。


 とはいうものの、明日……ではない。日付はとうに回っており、今日は平日である。大学の登校時間までは、あと5時間に迫っていた。もう手遅れな気もするが、とりあえず電気を消し、床に就く。


(行くかどうかは5時間後の自分に任せよう)


 などと目をつぶり、悩んだふりをする。人間とは不思議なもので、悩んだ上での決断なら、自然と理由を付けて、勝手に納得してしまう生物である。


 今、悩むことにより今日は、罪悪感のない平日きゅうじつに様変わりする寸法だ。


 悩むこと5分。悩むことに疲れたのか、悩むふりをするのに飽きたのかは分からないが、唐突に睡魔が訪れた。


 そして、そのまま意識が……遠のいて……いき……



 ピンポンピンポーーン



 人間の3大欲求の使い、睡魔様を押しのけて訪れたのは、玄関の呼び鈴の音色であった。


 先に言っておくが、今の時間は4時15分。両親は田舎のばあちゃんの看病をするため、どちらも家を空けていた。ただ、両親がこの時間に突然帰ってくるとは考えずらい。となると、呼び鈴を鳴らした人物は1人に絞られる。


 無視しようとも思ったが、そうすると何度も呼び鈴を連打されそうだったので、仕方なく電気をつけ、体を起こした。


 気だるい体を必死に動かし、モニター越しに不届き者との交信を開始する。


「はい、もしもし」


『べ、べつにあんたに会いに来たわけじゃないんだからね!!』


「じゃあ寝ろ」


 ブツッ


 まったく、迷惑な宗教勧誘だ。今何時だと思っているのか。


 こんなことしている場合ではない。早く自分の部屋に戻って寝なくては。明日も一応学校がある予定な



 ピンポンピンポンピンポーーン



「はい、もしもし」


『あ、あんたがどうしてもコンビニに行きたいっていうなら、ついていってあげても いいわよ!』


 ブツッ



 明日も一応学校があ


 ピーーンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーーン



「はい、もしもし」


『……あのぉ、アイスが食べたいのでコンビニに付いて来てくれませんでしょうか』 


 グスッ


 半泣きであった。



 ****



 夜中に訪れてきた不届き者の正体は小野おのルリ。幼馴染である。見た目は金髪ツインテールであり、先ほどの言葉使いも合わせるとツンデレ成分の過剰摂取と言わんばかりの性格をしている。


 しかし、本当は少し冷たい態度をとるだけで、半泣きになるメンタルよわよわのたみであった。



 ****


「さっきは悪かったって」


「ふんっ」


 モニター越しの冷たい態度がよっぽど効いたのか、ルリの機嫌はなかなか直らなかった。


 暗い夜道を二人で歩く。街灯の下を通るたびに、彼女のきれいな金髪がキラキラと光っている様子をまじまじと見つめる。いつもなら、すぐにツンデレが発動して


『な、なにじろじろ見てんのよ』


 と言われてしまうが、今なら見放題。確変突入である。


(黙っていれば、かわいいのになぁ)


 そんなことを考えながら、ルリの顔も見るがまだ怒っているらしく、全く顔を合わせてくれない。


「なぁ、もう許してくれてもいいだろ」


ぷいっ


意地になっているのか、何度謝っても許してくれる気配がない。このまま放って置くと、1週間はすねそうなので早めにご機嫌を取っておこう。


「早く機嫌直してくれよ。アイス奢ってやるからさ」


 ニヤリ


ルリは横目で、いじわるそうに、不敵な笑みを浮かべた。


「ふんっ その言葉忘れるんじゃないわよ、コウ」


 なるほど、コンビニまでの付き添いだけでなく、アイスを奢らせることまで計算に入れていたらしい。なんてやつだ。これだからエセツンデレは嫌いなのだ。


「そのコウって呼び方はいい加減やめてくれ。ヒカルでいいだろ」


「ヒカルだと3文字になるじゃない。私の貴重なエネルギーを無駄にする気?」


 軽口をたたく様子を見てみると、何とかいつもの調子に戻ってくれたようだ。ほっと一息をつく。


 さて、何のアイスを食べようか。王道の『ゴリゴリ君』か、フルーティーな『プルンとみかん』か、クリーム系の代表格「ウルトラカップ」も捨てがたい。


 顔を上げると、空の端は黒から青へのグラデーションのようになっていた。日本の夜明けも近いぜよ。


 

ここで記憶は途切れている。



あぁ、最後に一つだけ。意識が途切れる寸前、全ての星が急に動き出したような気がした。まぁ、これから起こることに比べたら、大したことではないだろう

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