第17話 獣は鋼鉄の枷で品定めされる


「あの開堂と一戦交えただと?……よくやるな、まだデビューすらしてないってのに無謀もいいとこだ」


 俺から話を聞き終えた汗衫は目を丸くすると、あきれたように鼻を鳴らしてみせた。


「ああ、奴と戦うってことがどれほど無謀か、身をもって教えられたよ。ただし、いつか再戦する時のために奴のスピードを体感しておくってのは無駄じゃない」


「おいおい、そいつは本気で奴を倒そうと思ってる人間の吐く台詞だぜ。普通の人間なら一発でも奴の拳を喰らったら、二度と戦おうなんてことは考えないはずだ」


 汗衫が俺をたしなめるように言い、ジムにいた他の連中も同意するように深く頷いた。


「そうかい。……でも俺はむしろ奴と拳を交えたことでますます、戦ってみたくなったぜ。いつになるかわからないが、必ず再戦してあの時の屈辱を晴らしてやるってな」


「そんなことを言う奴はよほど自分に自信があるか、ただの馬鹿かのどっちかだ」


「馬鹿の方でいいよ。少しでも開堂と戦える可能性があるんならな」


 汗衫がつき合っていられんとばかりに部屋を出て行くと、入れ替わりに端末を手にした重吉が姿を現した。


「懺、お披露目試合の日程が決まったぞ。うちのジムからは当然、お前を出す。いいな?」


「お披露目試合?聞きなれないイベントですがなんです?それ」


「各マシンファイトジムが、売り出したいデビュー前の新人を戦わせる公開ファイトだ。まあ早い話がファイターの品評会みたいなもんだ。試合を見たプロモーターがこれと目をつけた新人に出場オファーを出すと、晴れてデビュー戦が決まるってわけだ」


「なんだか家畜の品評会みたいですね。……まあ、構いませんが」


「通常の試合と違うのは、エントリーしてきた新人の誰と対戦するか当日になるまでわからないってとこだ。各ジムの新人は、何のデータもない相手といきなり戦う羽目になる」


「どうせみんな新人なんでしょう?初戦で負けるようなら俺には素質がないってことだ」


「まあ、運がすべてって点じゃ、お前さんにぴったりのイベントかもしれないがな」


 重吉はにやりと笑うと「うちはしばらく新人をエントリーさせていない。隠し玉として試合に出せば、嫌でも注目されることになるってわけだ」と付け加えた。


「なるほど、珍獣扱いってわけですか。……わかりました、せいぜい見世物になってやりますよ」


「最初から軟質ボディーの相手としかやりませんと断っておけば、金属ボディ―の相手との対戦は避けられる。デビュー戦の前に不要な怪我はしたくないだろう?」


「冗談でしょう。相手を指定するなんて弱虫だと思われちまう。それに……俺にはこいつがある」


 俺が波から貰ったアーマーとプロテクターを披露すると、重吉の目が大きく見開かれた。


「こりゃあ……『アイアンブラスト』じゃないか。どこで手に入れた?」


「なんですその『アイアンブラスト』ってのは?」


「人間とも軟質機人とも言われている伝説のファイターが使っていた防具だよ。そいつを使ったファイターは、対戦した全ての相手に穴を開けてチャンピオンになったって話だ」


「つまりこいつを装着すれば、人間である俺にも金属ボディ―の機人を倒せるってわけだ。ますます相手を選ぶのが嫌になってきたぜ」


「しょうがない奴だな。一応『制限なし』のグループにエントリーしておくから、直前になって腰が引けたらすぐ申し出るんだぞ、いいな?」


 重吉は渋い顔で俺に何度もくぎを刺した。初戦でぶっ壊れられては大損だと思っているのに違いない。


「オーケーだ。せいぜい、身体に穴を開けられないよう努力するよ」


「いいか、金属ボディ―の機人と対戦した人間の九割以上は頭を砕かれて廃人同様になっている。極力、無駄な戦いは避けろ」


「覚えとくよ。これ以上、頭が悪くなったら困るからな」


 俺が軽口を叩いてアーマーを箱に戻そうとした、その時だった。


「北原君、妹さんが到着したわよ。荷物を部屋に運ぶから手伝って」


 そう言って姿を現したのは重吉の姪、華怜だった。妹の事を思いだした瞬間、俺ははっとした。もうムショの中じゃない。自分のことだけ考えていればいい時間は終わったのだ。


「わかった、すぐ行くよ」


 俺は『アイアンブラスト』をオイル缶を模した箱にしまうと、トラックが停まっているジムの外へと足を向けた。


              〈第十八話に続く〉

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