第16話 獣は女神から鋼鉄の魂を授かる


 意識が戻った俺の目に最初に映ったのは、胡麻塩頭の小柄な年配男性だった。


「おお、もう気がついたか。さすがに若いと回復も早いようだな」


「あんたは……?」


「私は鬼島羅生おにじまらしょうという者で、人間と機械の両方を診る医者だ」


「人間と機械……」


「近頃は機人のメンテナンスの方が多くなったが、昔は人間しか診ていなかったのだ。ところが医学と機械工学の両方を齧ったせいで、人間と旧型機人の両方を扱う便利屋になっってしまったというわけだ」


「マシンファイターなんかも扱うのかい、先生」


「ああ、診るとも。特に打ち合いで動作不良を起こしたまま休止状態になった仮死機人なんかはよく診たものだ」


「俺をここに連れたのは誰なんです?」


「おおそうだ、あんたが目を覚ましたら声をかけてくれと言われていたんだった。……おおい、波!」


 鬼島が開け放しの出入り口に向かって叫ぶと、雑然とした工房のような処置室にあの、機人の少女が姿を見せた。


「――よかった。カイドウさんに本気で殴られたのを見た時は、もう駄目かと……」


「いや、あれでもかなり手加減していただろう。本気で殴られたら頭蓋骨を割られていたところだ」


 俺は施術台の上で上体を起こすと鬼島医師の傍らで不安げにたたずんでいる機人少女を見た。特別仕様なのだろうか、心細げなまなざしなど、人間のそれと寸分たがわない。


「とにかく、連れてきてくれてありがとう。俺は北原懺。人間だ」


「私は星崎波ほしざきなみ。機人だけど両親がいなくなって以来、ここで先生のお世話になっています」


「ご両親が?……機人にも色んなことがあるんだな。俺もついこの間まで、刑務所にいたんだ。お蔭でたった一人の肉親にも肩身の狭い思いをさせている。ニコって人に拾われたお蔭でマシンファイターになれたがね」


「ご苦労されているんですね。私も両親が行方不明になってから、身元引受人になってくれた先生のお荷物になってるようで時々、辛くなることがあります」


 波が目を伏せると、鬼島医師が「馬鹿なことを言うもんじゃない。私はこの機人街の外れが気に入ってるんだよ。お前さんが気に病むことなど何もない」とくぎを刺した。


「ご両親はなぜ、行方不明に?」


 俺が問うと波は「わからないんです」とと再び目を伏せ、頭を振った。


「ただ、もしかしたら私の身体に関係があるんじゃないかって気がして……」


「身体?」


「どうやら両親と開堂かいどうグループとの間に契約があって、私がある程度の経験を積んでコミュニケーション能力を高めたところで『回収』することになっていたみたいなんです」


「カイドウって……あのカイドウと関係があるのかい?」


「あります。カイドウさん……開堂現かいどうげんは開堂グループの会長から、優れた運動能力を認められて養子になった機人なんです」


「会長の養子……なるほど、あれだけ強ければ頷けなくもないな。しかし『回収』っていうのはどういうことだい」


「ある時期が来たら私は今までの記憶をリセットされて製造元……つまり『開堂メカトロニクス』に戻るよう、プログラミングされているらしいんです」


「なんだって……」


「会長さんはその前に私を養子にしたいと申し出てくれたんですが、私はどうしても先生の元に残りたくて……いずれは私も人間と機人、両方の橋渡しをする仕事ができたらって」


「先生に、そのリセットする機械を外して貰うことはできないのかい」


 俺が尋ねると、波は哀し気に頭を振った。


「それをすれば、やっぱり機能停止になってしまうよう造られているらしいんです。感情を作りだすエモーショナルリアクターが永久に停止してしまうって」


「なんてこった……」


 俺は絶句した。機人の夫婦が子供を授かる場合、夫婦自身のパーソナルメモリーを元に、マザーファクトリーに子供を『発注』するのが慣例だ。彼女の場合、その前の時点ですでに開堂と取引があったということか……


「両親は私と暮らしているうちに『回収』に耐えられなくなって開堂会長と交渉したらしいんです。そして会長からの答えは「一億ポジトラ―を支払うか、長年探している『愚者の円盤メダル』を見つけ出してくるか」というものでした」


「なんだいその『愚者の円盤メダル』っていうのは」


「機人のオイルタンクにできる『マシンクリスタル』という物質でできた円盤で、機人にまつわるとてつもない量の情報が記録されているという円盤です。どうやら私の両親はその『愚者の円盤メダル』を探していて何らかの事件に巻き込まれたようなんです」


「なるほど、その円盤メダルが見つからなければ、君は自力で一億ポジトラーを用意しなければならないってことか」


「そうです。……でも今の私では必死で働いても百万ポジトラ―がせいぜいで、一億なんて到底無理です。きっと必死で働いているうちにタイムリミットが来て、『開堂メカトロニクス』に『回収』されるんだと思います」


「その金、俺が払ってやってもいいぜ」


「えっ」


「たしかチャンピオン戦のファイトマネーがそれくらいだったはずだ。もし俺がチャンピオンに勝つことがあったら、賞金を全部君にやるよ」


「どうして……」


「さあ、どうしてかな。君を助けたことで、俺は結果的にファイターになるチャンスを手に入れた。チャンピオン級の機人と手合わせできたのも、君が車を停めてくれたお蔭だ」


「北原さん……」


 人工の涙で潤む波の瞳は、俺の胸に切なさと不思議な闘志を呼び起こす力があった。


「わかりました。私もあなたがファイトに勝ち続けられるよう、陰ながら応援します」


「応援してくれるのはありがたいけど、機人である君が大っぴらに俺なんかを応援したら、他の機人たちから疎まれやしないかい」


「いいんです。機人だろうと人間だろうといい人はいい人だし、私にまとわりついていた人のように嫌な機人もいます。あなたは……素晴らしい人間だと私は思います」


「俺が?ついこの間まで刑務所に入っていた人間だぜ?」


「だとしても私を助けてくれたことは事実です。お礼と言えるかどうかはわかりませんが、私の両親が大切にしていたある物を差し上げます。……受け取っていただけませんか?」


「ある物?」


 俺が首をかしげると、波はいったん身を翻して奥の部屋へと姿を消した。やがて戻ってきた波が手に携えていたのは、機人のオイルタンクを模した小さな箱だった。


「これは、『マシンクリスタル』でできたフィストアーマーとフィンガープロテクターです」


 波がそう言いながら開けた箱の中に入っていたのは、指の関節にはめるアーマーと、指先にはめるプロテクターだった。


「これは軟質ボディの機人が金属ボディの機人と戦うための道具です。これを人間の手にはめれば、金属ボディの機人とも対等に戦えます」


「これを俺に……なぜ?」


「あなたなら最強のマシンファイターになれると思うからです」


 波はそう言うと、まっすぐな瞳を俺に向けた。


「だが、チャンピオンになれるとは限らない。……それでも構わないかい?」


「もちろんです。あなたが全力で機人と戦う姿を見れば、私も自由になる勇気が持てる気がするんです。……身勝手なことばかり言ってごめんなさい」


「わかったよ。なんとかこいつと一緒にチャンピオンを目指してみよう。その代わり君も、自由になることを諦めるんじゃないぜ」


「はい。……約束します」


 波は目尻に溜まった人口の涙を拭うと、人間以上に人間らしい微笑みを俺に見せた。


 ――ニコや哉のためだけじゃなく、この娘のために戦うってのも悪くないかもしれない。


 俺は柄にもないことを考えながら、アーマーとプロテクターを装着した拳を撫でた。


              〈第十七回に続く〉



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