第15話 第一ラウンドは宿命の火花と共に


「カイドウさんとやら、悪いがあんたの方からしかけてくれないか。まだファイトの要領を呑みこめてないんでね」


「そいつは気が回らなかった。配慮させてもらうよ」


 カイドウが言い放った次の瞬間、左の頬を唸りを上げて何かが掠めた。カイドウはほとんど動いていない。俺は戦慄した。


 ――速い。しかし確かにストレートだった。


 慌てて身構えた途端、今度は右の頬を風がなぶっていった。俺はカイドウの動きに全神経を集中させた。足も動いていない。上体をひねった形跡もない。……いや、そう見えているだけかもしれない。


 ――こうなったら目視に頼らず、気配のみで――左か!


 何かの気配を感じた俺が反射的に上体をそらした瞬間、フックの残像が視界をよぎった。


「わざと速度を落としたな、カイドウさんよ。さっきのストレートと同じ速さで打てば俺をふっとばせたはずだ」


「気を遣ったと言ってほしいな。デビュー前の新人を不用意に壊すわけにはいかないからね」


「なるほど。気を遣ってくれたついでに聞きたいんだが、あんた見たところ軟質ボディに見えるが、まさか伸縮性のメタルボディじゃないだろうな」


「その二つの中間かな。最高の強度と衝撃吸収性を誇る、最新型の軟質金属だよ」


「軟式金属……」


「つまり好きな部位を自分の意思で硬化できるということだ。――もちろん、今は固い箇所は一つもない。人間と変わりないと思ってくれて、一向に構わない」


 俺はふたたび身構えた。これまでの攻撃で、奴の速度が俺の想像をはるかに上回ることはわかった。まともに打ち合っても、おそらく勝ち目はない。見たところハッチらしきものもないし、こうなったら身体の『継ぎ目』を露出させる以外、互角に戦う方法はない。


「さて、今度は少しレベルを上げるぞ。果たしてかわせるかな、新人君」


 カイドウがそう言い放った直後、今度は左から強烈な蹴りが俺の胴を襲った。丸太で殴られたような衝撃と共に吹っ飛んだ俺は、近くに積まれていたタイヤの山に激突した。


 ――今度は蹴りか。畜生、また見えなかった。


 マシンファイターはボクサー系か格闘技系、そのどちらかだと聞いたことがあるが、どうやらこの男はその両方のようだ。とにかく懐に飛び込んでがむしゃらに連打を浴びせる以外、『継ぎ目』を露出させる方法はなさそうだ。


 だが、と俺は思った。カウンター覚悟で飛びこむにせよ、相手がしかけてくるタイミングがわからなければ話にならない。身体のどこかががら空きになる、その一瞬しかこの男と対等に渡り合うチャンスはないのだ。


「どうした、新人君」


 かろうじて立ちあがった俺に、カイドウはあからさまな蔑みの目を寄越した。


「――ぐふっ!」


 やけ気味に飛び込んだ俺のボディをまたしても見えない拳が襲い、苦しさのあまり俺はその場で身体を二つに折った。必死で前を見ようと顔を上げかけた途端、今度は下からの一撃が俺の顎を砕いた。脳震盪を起こした俺はそのまま仰向けに倒れ、動けなくなった。


「終わりかな、新人君。……現場監督を黙らせた割には呆気ないじゃないか」


 闇の中でカイドウの嘲笑を聞きながら、俺は今までの攻防を思い返した。


 ――間違いない。奴は俺を潰す可能性のあるストレートを躊躇っている。だとすればまだ、やりようはある。ようは奴のパフォーマンスを誘えばいいのだ。


 俺は上体をむくりと起こすと、すでに背を向けかけているカイドウを睨み付けた。


「……むっ?」


 俺はふらつきながら立ちあがると、地面に唾を吐いてファイティングポーズを取った。


「まだやる気か。……しかたない、多少の怪我は授業料だと思ってもらうしかないな」


 振り向いて再び拳を構えたカイドウを見た俺は、悟られぬよう奴の出方を探った。


 おそらくストレートの構えで俺が飛びこんで来るのを誘い、フックかボディで終わらせるつもりだろう。脳震盪を起こした直後の俺なら、蹴りでも何でも簡単にダウンを奪える。


 ――行くぜ、先輩。


 俺がストレートを放つふりをすると、それに応じるかのように奴も右を引いた。

 二人が同時に『クロスのふり』をした瞬間、俺の目に奴の身体の空いた部分が見えた。


「――そこだ!」


 俺は身体を捩りながら奴の胸元を狙った。よもや不自然な体勢から打ってくるとは思わなかったのだろう、奴が身を引くより一瞬早く、俺の左拳が左腕の付け根にヒットした。


「――何っ?」


 俺が反撃をかわそうとバックステップした瞬間、ぱんと音がして奴の左肩が蓋のように開くのが見えた。


「そこだっ!」


 俺は奴の反撃をかわしながら、残った力のすべてを開いた左肩へと叩きこんだ。腕が身体にめりこんだ瞬間、指の皮膚が裂け機械の部品が拳に突き刺さった。


「うおおおっ」


 俺は拳を開き、指先が触れたケーブルを肩から引き抜こうとした。だがその直後、膝と思われる衝撃が俺のボディを襲い、俺はせっかく掴みかけたケーブルをあっけなく放した。


「なめるなよ、新人」


 霞む視界の中で奴が拳を引くのが見えた次の瞬間、俺の顔面を今までに味わったことのない衝撃が襲った。俺はきりもみしながら後方へ吹っ飛び、スクラップの山に派手な音を立てて突っ込んだ。


「借りを返したければマシンファイトのリングに上がって来い。いつでも相手をしてやる」


 去ってゆくカイドウの足音を聞いた直後、俺の意識は闇の中へと吸い込まれていった。


               〈第十六話に続く〉

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